向けられた刃-5
「貴女にこの気持ちぶつけたって無駄だって分かっている、そもそもぶつけること自体が間違っているだって知っているよ。それでも」
“ぶつけずにはいられないんだ”
やっと、年相応の姿を見せたと思った。涙を堪え、拳を震わせる姿は先ほどよりも幼く映る。
私を恨んでしまう気持ち、決して理解出来ない気持ちではない。むしろ共感を抱く。お門違いな恨み、逆恨み。私だって過去に抱いたモノだ。そして、それは成長した今ですらたまに心に浮かび上がってきてしまう。地上のヒトと限りなく近い構築を持つ私たちでこれだ、本物のヒトはもっと薄汚れたものと戦っているのだろう。
「……とにかく、もう僕は貴女たちとあまり関わりたくないんです。貴女の毒はもう大丈夫ですから、さっさとここから去ってください」
この子に少なからずの共感が生まれてしまって、多少心残りは残るがもうここにいる必要も……、いや。残る必要は十分にある。そう、なんのために私はここまで来ているのか。確かに、まだ幼い子供ではある。だが、あのメディラの血筋の者で、さらにかつて顧問薬剤師としての名を馳せたあの夫妻の孫だ。今の力で納まる器でないのはほぼ確実だ。
―…単刀直入に言うわ、一般天上人からでもいいからいい人材を見つけてほしいの
ルキ、いい人材見つけたよ。ただ、この逸材をあんたの元に連れていくのは私の腕次第ってことになってしまうな。未だ去ろうとしない私をヤオンは怪訝そうな顔で私を窺う。さて、ようやく今回の任務の要の始まりだ。中途半端に返していた踵を元に戻し、再びヤオンと対面する。先ほど巻きつけた布を再び身から外し、“第五師団団長”として彼を見据える。オルガには大人げないと言われそうが、オルガだって私の立場なら同じことをするだろう。彼は軍に、国にトラウマを抱えている。たとえ、威圧の結果になってしまっても正式な形で臨まなければならない。今と昔、今の国はあの時と違うことを示さない限り彼の賛同はもらえない。
「まだ何か用があるんですか」
「メディラご夫妻の御孫、ヤオン=メディラ」
「……それがどうしたって言うのさ」
「貴方のその力、我々にお貸し下さることを願います」
信じられない、その表情。まだ、想定範囲内だ。
「……貴女が無能だとは思っていませんが、今までの僕の話聞いてましたか?」
「ええ、全て把握した上で言っているのです」
「っ…じゃあ、僕の答えなんて分かっているだろ!!」
「否定される覚悟で聞いたのです。貴方は我々を快く思っていない。でも、それは過去に囚われすぎている」
「……何が言いたい」
「今と過去は違う、いつまでも過去を引きずっていては前に進めない」
「それは……」
俯いて少し顏に影をかけたヤオンは口籠る。その表情は分かっている証拠。ならば、あと少し。ここからが私の腕の見せ所といったところか。幼い子にこんな形で接してしまうのは正直なところ心が痛む。でも、過去に囚われすぎていてはいずれ道を外す、それはどんなに聡明であっても、だ。この子は賢い、だから分かっている、自分が未だ過去から解放されていないことに。そして、それが危険だってことにも。
「仮に貴女の言う通りだとしても、僕が国に力を貸すこととは関係ないだろっ」
「ええ、確かにそうです。でも」
よく考えれば、不可解な点がいくつかあった。泥で覆われ、崖がむき出しなこんな辺境に何故幼い子供が、一人で、いるのか。そして、先ほど年相応の姿を見せた時に見つけたコートの下に潜んでいた小瓶。中身は透明ではあるが、真っ黒の結晶がいくつも漂っている紫の液体。それは私でも知っている劇物。今となっては作り方を知っている者はほとんどいない、簡易ではあるがそれなりの力を持った毒。私も幼い頃に作ったことがあった、無論服用する勇気がなかったから今こうして生きているのだが。私の時ですら、作り方を探すのに苦労したというのに、作ってしまっているのは幼いながらも流石と言ったところか。
「セチリヨ草に、トロエの未熟な実、あとは静脈となんでしたっけ」
しかめ面が崩れる。それの材料を口にしたのが意外だったのだろう、当然だ。この毒はもう存在しているか分からないものから成されるものだから。国でもその材料を知っている者はおそらく私ぐらいだろう。
「……ビゴコミの葉」
「そうビゴコミの葉、そして硬水。簡単ですよね、毒なのに。だからこそ、絶滅しかけ、我々の記憶から消えた道を辿っているのです」
「……一体何者なんだよ」
「言ったでしょう。本国第二〇三国カッシュ=グレーブ現国王直属部隊、黒隊第五師団団長アリネ=カトリット、と」
「違う、なんで一介の国の軍人が毒の作り方なんて知っているんだよって聞いてるんだよ!」
「私にも経験があるからですよ」
強く握っていた拳が力なく落ちる、開いていた口は勢いを失い閉じる。哀れみの目を向けられたのは、きっと私の思い込みだろう。そう思ってしまうあたり、私こそまだ過去に囚われているのかもしれない。かわいそう、そう思われることを未だ私は望んでいるのか。ああ、なさけない。
「何故、子供がこんなところに一人でいるのでしょうね。せっかく、祖父母とご両親が残したその命、無駄にするのですか」
口は一向に開く気配を見せない、ならばこちらのペースに乗せるまで。このまま任務を遂行する。
「おそらく、その毒はご両親からなんらかの形で知ったのでしょう。……愛したご両親から授かった知恵で死んだって、彼らはちっとも浮かばれませんよ」
「うるさい」
「彼らはそんなこと望んでない」
「うるさいって言ってるんだ!お前に何が分かる!?全て失い、一人残ってしまった僕の気持ちなんて誰も分かりはしない!お門違いな怒りを向けるしかできなくて、母さんたちを殺したやつらは既に捕まっているっていて僕に出来ることなんてなにもない、そんな自分に嫌気がさすもやっぱり何も出来ない僕の気持ちが、悠々と生きる国のお偉い軍人に分かってたまるものか!」