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向けられた刃‐4

先ほどまでの強い視線が嘘と思ってしまうぐらい、ヤオンは呆然としている。……当たり前だ、目の前に王国の紋章を掲げた師団団長の私がいるのだから。いくら私が女と雖も、幼い子供と比べたらその体格差は一目瞭然。立ち上がってしまえば自然と見下してしまう。深緑の短い髪、海の色の眼、まだ幼い稚児だというのに恐れている様子はない。大した子供だ。それとも、私に対して何の感情も抱いていないからなのかは分からない。自惚れているわけではないが、辺境の地域の子供でも黒隊の、それも師団の団長の名前ぐらいは知っているはずだ。


「かつて城で特殊薬剤師を務めていたアラーン=メディラ、リタナ=メディラのご子息様とお見受けしてよいでしょうか」


ヤオンは口を閉じ、目を地面に伏せ、小さく首を横に振った。


「違う、僕は、二人の、孫」


伏せているため分かりにくいが、ヤオンは苦い顔でそう答えた。

ヤオンの祖父母、アラーンとリタナはどちらも城で特殊薬剤師を務めていた。所属は特に決まってはいなかったが、主に白隊の一部として扱われていた。成仏の腕は高いと称されているこの国だが、医療の技術は正直あまり高いとは言えない現実。そんな国で二人が重宝されるようになるまで然程時間はかからなかった。“特殊”の名が付く通り、彼らが扱うのは一般的な薬ではない。死神でないにも関わらず私たちと似たような術を操り、独自の薬を創り出す。もちろん、効果は抜群。この効き目は国王様の耳にも入り、あっという間に国お抱えの薬剤師として名を馳せた。だが、それも私が子供の頃の束の間の話。やはり、いつの時代も現実はそう甘くない。


「……お二人は一体何故」

「っ、黙れ!!」


一体何故突如姿を消したのか、そう尋ねる前に声を荒げたヤオンによって掻き消される。ヤオンは以後も黙れ、黙れと、まるで自分自身に言い聞かせるかのように反芻させる。少し間を置き、ようやく落ち着いてきたところでヤオン、と声をかけてみる。ヤオンは開いていた唇を閉じ、静かにこちらを真っ直ぐ見つめた。彼の海色の眼に己自身の姿が小さく映る。そして、再びヤオンは小さく唇を開く。


「……爺様と婆様は貴女方、軍人が殺した」


それはあまりにも不確定で、まるで雲を掴むような言葉。いまいち、言葉を飲み込めない私に、ヤオンは詳しく事を話す。


「爺様と婆様は貴女のご存じの通り、優れた漢方の腕を持っておられた。だけど、それが仇になったんだ。……僕はあの日のことを絶対忘れない、忘れるもんか」


* * *


爺様と婆様は漢方と呼ばれる薬を“魔法”でさらにすごい薬にする達人だった。二人が作る薬はどんな病気は怪我にも効いて、おかげで僕はずっと健康でいられた。僕はそんな爺様と婆様が大好きだった。家から少し離れたところに生える薬草を摘みによく一緒に行ったし、珍しい薬草のために雪山の中を歩いたりもした。僕は本当に二人が大好きだったんだ。そして、爺様と婆様の肩書き“特殊薬剤師”、それは僕の憧れだった。いつか爺様や婆様みたいな国に認められる漢方の使い手になることが夢だった。だけど、そんな夢、抱くだけ無駄さ。夢は壊されるのがお約束。


いつも何一つと変わらないで、薬草を一緒に摘みに出かけたある日。お母さんたちに摘んだばかりの薬草を見せようと、意気揚々に帰宅した僕の目に映ったのは無残にも床に転がった、血で全てを汚した紛れもない“お母さんとお父さん”だった。爺様と婆様は僕を愛してくれた、だけどそれと同じぐらい娘のお母さんを愛していた。爺様と婆様にこんな状況見せたくない、幼いながらにも頭はそう働いた。―お母さんは留守だったことにしよう、それを告げようと後ろを振り返った。その瞬間、爺様と婆様と目が合った。嗚呼、間に合わなかった。爺様の血行の良い顏は一気に青くなっていき、婆様は足が震えて床に座り込んでしまった。僕は二人の元に駆け寄ったけど、まともに言葉を話せる状況ではないと、まだまだ幼い僕にも理解出来た。パニックになる頭を必死に落ち着かせようとするけど、必死になればなるほど頭の中は混乱していき、数分後ようやく緊急の電話をかけることが出来たのだった。


* * *


「僕の両親を殺害したのは無名の医療の連中だって聞いた。大方、爺様と婆様を妬んでいた連中だろう。その連中は無事検挙されたけど」


けど、と続けるヤオンの姿から年相応とはかけ離れた痛々しさをひしひしと感じてしまう。きっとこの記憶はヤオンにとって思い出したくもない、でも忘れたくもない酷く苦しい記憶なのだろう。苦しむその姿に昔の自分の姿が自然と重なってしまう。


「……爺様と婆様はあまりのショックに倒れてしまった。そして、再びその目が開くことなく、亡くなってしまった」


顏を曇らせることも涙を流すこともなく、淡々と告げるヤオンのその姿を見て、何故この子がこんなにも子供らしくないのか、その理由をようやく知ることが出来た。


「貴女が……いや、この国がしっかりしてれば爺様と婆様が狙われることなんてなかった。お母さんとお父さんが殺されることもなかったんだ!!」


子供という器を超えてしまう程の強い憎しみ、それがヤオンの子供らしさを殺してしまった。声を荒げてもなお、涙一つ見せない。だが一瞬、口角が下がった。蚊の鳴く程の声量ではあったが、不気味なぐらい静けさに包まれているこの地では難なく私耳にも届いた。


「……本当は、的外れだなんて知ってるよ」


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