向けられた刃-2
「実は」
オルガが言い始めようとしたと同時にそれほど遠くはないと予測される距離から足音が一つ。それに伴いオルガが口を閉じる。段々と近づいてくる足音に何故かお互い息を殺していく。話せばいいものをオルガは口を閉じたままで、私もオルガの話を促す気には不思議となれなかった。そして、ぴたりと足音が止み、すぐそこの角からある人物がひょいと顔を出した。
「お、いたいた。しかも二人同時に発見!」
「ルキ?」
角から顔を出したのは白隊の最高責任者のルキ=ラリアンだった。彼女は二人の間まで歩み寄り、一つの頼みごとを頼む。
「黒の団長さんなら知っているとは思うけど、最近悪霊の数が増え出しているでしょ」
「ああ、その件に関してはこちらも原因を捜索している最中だ」
「で、その件と何か関係があるの?」
「うん、うちの白もそうだけど今の時期はどこの隊も新人が多い。それなのにこの悪霊の数、慣れてない新人に扱えることの出来る数じゃないわ」
「それはこちらも同意見だ」
「でしょ?それで当然慣れていない新人たちは怪我してくる、だけど周知の通りこの国の医療班は他に比べて配属人数が少ない」
「つまり」
「黒の団員を白隊の医療班に分けろ、と?」
そんなこと流石に言わないわよ、とルキは否定しそのまま話を続ける。
「私たち白や青の連中と違ってあなたたち黒はよくこの国を知っている」
「青の方がよく知っているんじゃあ…」
「だから最後まで聞きなって。…単刀直入に言うわ、一般天上人からでもいいからいい人材を見つけてほしいの」
私は思わずオルガと顔を見合わせてしまった。ルキの言いたいことは分かる。先日から急激に増えだした悪霊にどこの隊も手を焼いている。私たち黒隊も人員不足に悩まされているところだ。だが、白隊のトップはこの事態に一般天上人を巻き込むというのか。オルガも私と同じ意見のようで、苦い顔でルキを見る。
「人員不足だからとはいえ素人の一般天上人を巻き込むつもりか」
「人事異動出来るほどの数が今のこの国の隊にないことはオルガが一番知っているはずだと思うけど?」
「だからといって、一般天上人を巻き込むのは…」
「誰も“素人の一般天上人”を連れてこいなんて言ってないわよ」
ルキの言葉に思わず首を傾げた。隣のオルガはどうやらルキが言いたいことが分かったらしく、苦い面を少し崩してため息をついている。まだ理解出来ず俯いて悩む私にオルガは呆れながら言った。
「この国のことをよく知っているのは青の連中だ。だが、青はあくまで裏の事情に関して、だ」
青を抜きに考えれば一番この国の土地や人物に精通しているのは俺たち黒になる、オルガはそう続ける。確かに、青は諜報や密偵が主な任務だ。当然白昼の世界ではなく、暗闇の世界で活動している。そのことを踏まえればルキが、黒が一番この国の事情について詳しいと言うのも頷ける。私がここまで理解したと分かるとオルガは続きを話す。
「この城を出たらそこにいるのはおそらく大半は訓練を行ったことのない素人の一般天上人だろう。だが、全てがそうとは限らないだろ」
「…つまり、そういった人物を探せと」
「そういうこと」
ルキの言う通り、私たち黒は国の地理や人物といった事情に詳しい。だからといってそう簡単に見つかるものではないだろう。
「国王様の許可は下りているの?」
「今から伺うところよ」
「許可される自信はあるの」
「別に必ず見つけてきてほしいわけじゃない。任務のついでにでも捜索してくれるだけでいいから」
「任務のついでって簡単に言うけど…」
「じゃ、私国王様のところに行くから!」
「え、ちょっと!ルキ!?」
「もういないぜ」
オルガの言葉通り、すでにここにルキの姿はなかった。思わず私は舌打ちをし、オルガはため息をつく。ルキがこんなことを言い出してしまう気持ちも分からない訳ではない。しかし、団長であろう者が任務を疎かにしてまで隊員補充に当たることは出来ない。勿論、団員が隊員補充に当たるのも難しい。あのルキの勢いから考えれば、おそらくこの動きは正当化されるだろう。そうなれば本当にやらなければならなくなってしまう。ルキが現れた時はあの雰囲気に耐えられなかったから助かったと思ったが、まさかこんな展開になるとは予想も出来なかった。オルガの意見も聞こうと振り返ると、顎に手を添え悩む姿がそこにあった。
「オルガ?」
返答なし。そんなに深く悩むものなのかと思っていた時、急に顔を上げた。あまりの急さに肩が少し跳ね上がってしまった。
「アリネ」
「何」
「しばらく第五師団は俺が面倒を見るからお前に特殊任務を課したい」
…正直、嫌な予感しかしない。ルキの提案、そしてこのタイミングで出される特殊任務。大方目処が付いてしまうが、もしかしたらこれは私の思い込みなのではないかと信じてオルガを待つ。
「…内容は」
「臨時隊員の捜索だ」
ほらきた。嫌な予感的中だよ。こんなのが当たっても何も嬉しくない。
「断るって言ったら?」
「黒の“最高責任者”命令だぞ?」
ああ、その顔をへし折りたい。こいつ捜索するのが嫌だから私に押し付ける気か。冗談じゃない、そんなのやるわけがない。だが、最高責任者命令と言われたからには反対は出来ない。普段こいつを敬うなんてことはないが、本当は立派な主従関係なのだ。渋々その任務を了承すると、流石第五師団団長さんは違うねぇー、なんて嫌みたらしく言われた。よく言うよこの職権濫用の責任者が。だが、この特殊任務はルキの頼みを国王様が許可して初めて事実上の任務となる。許可が下りない限り私にこの任務が課されることはないのだ。最後の頼みとして国王様を信じていたが、数日後団長の招集がかかり許可が正式に下されたことが発表された。その時のオルガの嘲笑はしばらく忘れることが出来ないだろうと思った。