新しき刃の行方‐6
シューリの告白から一夜が明けようとしている。彼女が落ち着くまでともにいたためもう暁だ。寝てもよかったが、寝る気分ではなかった。それに訓練済みのため一夜ぐらい平気だ。出窓に腰掛け、黒から白へと染まり出している空を見つめる。窓にはもたれ掛る私が反射で映っている。その姿がいやに滑稽で、自分のことながら笑みが零れてしまう。
こんなにセンチメタルになったのはいつぶりだろうか。忘れていたのではない、思い出そうとしなかったのだ。思い出さなくても心に刻んでいるとばかり思っていたが、それは思い違いだったみたい。蹲り膝に顏を埋める。頭を過るのは暗い記憶ばかり。
―妾の子なんじゃないの?
―餓鬼のくせに媚入りやがって
―次期国王が連れてるっていうから期待した俺が愚かだったよ
記憶っていうのは厄介のものだ、一度甦るとなかなか頭から離れない。そして嫌な記憶ほど質が悪く、ずっと滞在しやがる。
ある日突然次期国王と名を馳せていた国王様…カッシュ様は一人の幼い娘を連れて帰ってきた。そんな人物に連れて来られたのだ、その娘に注目が浴びるのに時間はそうかからなかった。“あの”カッシュが連れてきた娘、そのレッテルは娘の意思に関係なくハードルを上げていく。その娘、私がそのハードルを越えることはなかった。私が使えないと知ると否や周りの者は手の平を返していく。その時吐かれた言葉が前述だ。私だけじゃない。カッシュ様にすらその火は降りかかったという噂を聞いたことがあった。助けてくれた恩人を苦しませてどうする、その時から我武者羅に訓練に励みだしたが、今では本当にそれでよかったのかと思ってしまう。あの時消えていたのが正しい選択だったのではないか、と。団長となった今でもそういう者は消えていない。その数は僅かではあるが、昼間のようにあるのだ。何度気にしないと決意してもその言葉に足を止めてしまう。
埋めていた顔を上げると、もう日が照り出していた。
この数年で学んだことはたくさんある。その中で私が一番心がけているのは切り替えだ。邪推を振り払うように頭を回し、全て水に流すためにシャワー室へと入っていった。
* * *
昨日の今日で、しかも夜にあんなことがあったから今日はちゃんといるだろうと思った私は間違ってないはずだ。研修は朝、ということは午後からはここに来ることになる。が、一向にシューリは来ない。まだ研修やっているのかと考えたが、他の師団の新人は戻ってきているという。戻ってきていないのはどうやらシューリだけらしい。また迷っているのかと、探しにいこうとしたらノック音が鳴った。
「うちの団長来ていませんか」
訪ねてきたのはオルガの師団のとこの確か…セーマとかいう子だった。セーマの話からするとオルガもまた戻ってきてないようだ。ふと思い出したのは昨日のこと。私が来る前、二人は第一師団の前で話していた。任務は終了していたから不思議なことではない。ただ、何かひっかかる。偶然なはずなのに何か疑ってしまう。
「いや、今日は来てないよ」
「そうですか…」
「ところで、うちの新人見かけなかった?朱色の髪をツインテールにしてる子なんだけど」
「朱色の髪ですか?うーん、見てないです。彼女も戻ってないんですか?」
私が肯定するとセーマは深く悩み出す。私が二人を探すからあなたは持ち場の戻りなさいと、言うと彼はお願いしますと師団室から出ていった。セーマがわざわざ尋ねにきたのだ、おそらく第一師団室にはいないだろう。そもそも二人一緒にいると決めてはいけない。さて何処に探しにいこうかと私も師団室を後にした。
* * *
探しに出たのはいいが、手掛かりなんて持っているわけなく、ただひたすら城内を歩き回っているだけだ。オルガは付き合いが長いからなんとなく予測はつくが、シューリに関しては何も分からない状態だ。ほぼ猪突猛進だ。一旦外の空気を吸おうと、近くにあった中庭への扉に手をかけた時、扉越しに声が聞こえた。あの日と似たような感覚に襲われる。声からしてあの二人で間違いないだろう。扉を開けると術の練習をしていたらしく火の粉が飛んできた。
「アリネか。当たればよかったのに」
「あのねー…、私じゃなかったら激怒モンだよ」
「あの…ごめんなさい」
シューリが頭を下げ、オルガ軽い謝罪。怒ってるのは怒っているが、このことではない。私が怒る理由は一つ。
「はぁ…、オルガあんたはさっさと師団に戻れ。セーマが探していたぞ。シューリも術を練習するのは結構なことだが、まずは師団での任務を終えることが先決だろう」
私が早口でそう言うとオルガは文句を言いながらではあるが師団に戻っていき、シューリも私のあとに続いて師団に戻った。
その晩、セーマがわざわざ部屋まで訪ねてきてお礼を言いにやってきた。もうお前が団長になれよと言いたい口を押えて、彼を帰した。シューリも真面目といえば真面目だがベクトルが違いすぎる。セーマのような真面目なら私も助かるのに。まぁ…、流石に明日は二人とも真面目に取り組むだろうと思って寝た私は馬鹿だったよ。