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新しき刃の行方‐5


その後、何か起きるかと思っていたが特にこれといったことは起きないまま日は暮れ、辺りは闇に包まれ出した。本日の見回り、施錠担当にあたっている私はこの静かな廊下を歩いている。最初の頃は少し不気味ではあったが今では不気味というよりもむしろ楽しんでいるのではないかと思う。活動時間の昼間は業務や執務に追われ、夕方は落ち着きだす頃だが同じ団長であるオルガもまた落ち着く頃であるから遭遇する確率が頗る高い。遭遇すればどうなるかはもう既知のことだろう。


そういうわけで、静かな場所で一人になれることはあまりないためこの担当の時間が楽しみとなっている。さらに最近はシューリという新人の世話も増え、ますます静かな時間が減ってきている。なんかものすごく老いている感じがするけど私はまだ二十歳です。天上人の寿命としてはもう半分を過ぎてしまってはいるが、中身は人間の二十歳と大して変わりはない。それなのにこの有り様。今度国王様に言って有給でも取ろう。よし、そうしよう。


見回りもようやく最後の場所となり、その最後の場所であるテラスに踏み込むと一つの影がゆらりと動いたのが見えた。別に就寝時間が決まっているわけではないが、こんなに遅い時間に一人でこんなところにいるのは些か怪しい。今までのゆるい気持ちを引き締め、その影に近づいていく。あと一歩で触れられる距離、音を立てずに足を踏み込んだ瞬間その影振り向いた。予想していなかったその動きに条件反射で退いてしまった。あたりが暗いため持っていた懐中電灯をその影に向ける。電灯の光がその影を照らすと、影の正体が浮かび上がっていく。


「カトリット団長?」


影の正体はシューリだった。まさに噂をすればなんとやら。シューリは意外そうな表情を浮かべている。まあ、見回りのことを言ってなかったから当然といえば当然な表情だろう。


「今日の見回りと施錠の担当が私でね」

「そうなのですか!」

「ああ、だからこうして見回り中だ。ところで…」


お前は何故こんな時間にこんな場所にいるんだ、と私は続ける。シューリは少し目を伏せ、言葉を濁す。後ろめたいことがあるのか、はたまた人に言えないぐらい恥じるようなことをしていたからなのか。どちらにしても注意をしなくてはならない。せっかくの一人の静かな時間が…、とため息をついたのは内緒だ。


「あの…」


彼女はいまだ目を伏せたまま。しかも、先ほどよりも深い。正直、今が誰もいない夜中で助かった。この構図を見た大半は勘違いするだろう。誰がどう見てもパワハラの現場だ。私がそんな悪徳上司なわけがない……よね?とにかく、善良な上司なはずである私は彼女の言葉を待つ。彼女はようやく意を決したようで、伏せていた顏をあげた。


「実はですねっ…」

「ゆっくりでいいよ」

「……不安なんですよ」


そう言った彼女は再び目を伏せる。目じりに浮かべる滴が電灯の光に照らされる。

不安、か。私も死神になり出した頃は毎日不安に駆られたものだった。確か、彼女も両親は他界済みだ。親戚はいるが、ほぼいないも同然だ。一人ぼっちで、知り合いもいない。その不安は私が誰よりもよく知っている。未知な暗い道を堂々と一人で歩ける者なんていない、不安で泣いていた幼い私にあの時国王様はそう言ってくれた。国王様が私を導いてくれたように今度は私が彼女を導く番だ。


「私親いなくて…、友達も少ないし…。そんな私でもカトリット団長やフォーレ団長のようになれるのか不安で不安で仕方ないんです。それで気分が沈んだ時はここに来て自己嫌悪に陥っているんです」


どうやらここに来るのは初めてではないらしい。よく今まで見つからなかったものだ。いや、この時間に来ていたとは限らないか。我慢の緒が切れたのか、彼女はぼろぼろと涙を零す。私は彼女の頭に触れ、優しく撫でる。びくりと体が揺れるが、それは一瞬で気にいてくれたのか頬が微かに染まっていく。多分、両親がいないから慣れていないのだろう。私もそうだったなと昔わ思い出しながら、彼女に語りかける。


「私もね、シューリと同じで親がいないんだ」


えっ、と顏をあげたシューリの表情は酷く驚いていた。


「近い親戚もいなくて、露頭に迷っていたときカッシュ様…今の国王様に拾われたんだ。あとは命の恩人である国王様のために私は死神になって今に至るわけ。だからさ、分かるよその不安。毎日が不安で、いつ一人に戻ってしまうのか怖くて、人の邪魔しないように小さくなって、押しつぶされそうなその気持ち。私もそうだったから」


頭が揺れて、手が離れたらいきなり飛び込んできた。その傍ら、涙を啜る音が混じる。身長差のため肩に埋める彼女はやはり辛かったのだろう。体は震え、涙の音はやまない。左手で彼女を支え、右手で再び頭を優しく撫でる。


「よく我慢したね」


今まで我慢していたものが崩れた。彼女は声を押し殺して大きな瞳から涙を零していく。何か言っているかは聞き取れない。彼女も喋っている自覚はないのだろう。理性が不安定な今、その言葉に意味はない。大事なのは不安から解放されること。その夜、私は彼女の隣で見守り続けた。



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