誰の所為でもなく3
佐々木浩史。29歳。
五年間片思いだった鈴木美沙子さんと念願叶って付き合うことになったのだが。
そんな彼は仕事の合間も頭の中は美沙子さんで埋め尽くされている。
(俺の美沙子さんデータベースによると映画はアクションより恋愛系。サスペンスやホラーは見れない。
いや待てよ。ホラーにして美沙子さんに縋りつかれるのもありだよな。
おっと入力ミス。
浮かれすぎ落ち着け。)
「佐々木くん、今いいかな?」
(いいわけない。初デートの対策練ってるから邪魔すんな)
とはいくら苛ついていてもいえるはずもなく、穏やかな表情を一枚自分の顔に貼り付けて振り向くと美沙子さんの同僚の佐伯瑞穂が待っていた。
「どうしました?」
「ええ、ちょっと‥席はずせるよね」
瑞穂は最後のほう声を抑えて有無を言わせない笑顔で連れ出した。
「佐々木がにやけてるのみて上手くやったのは分かった。で、どうなったのよ」
興味深々で聞いてくる瑞穂の手には缶ジュースが握られている。
常々瑞穂から美沙子さん情報を流してもらっていたため、缶ジュースはその情報料である。
「まずはデートすることになりました」
「ふうん。佐々木のヘタレ具合じゃ無理かなーとは思ったけどやっと動いたか」
ヘタレは地味に落ち込むからやめろと何度いわせる気だよ。
しかし今日の俺はいつもの俺とは違うのさ。
「なんとでも。今日はとにかく早く仕事片付けたいんですよ」
さっさと仕事に戻らせろ。
話してる時間が惜しいんだよ。
「あはは分かったわよ。ただ一個だけ言いたくてさ」
そして瑞穂はにっこり笑って続けた。
「あんたは頑張らなくていいからね」
ガンバラナクテイイ?
「佐々木はたまにここまでするかってくらい思い詰めてやりすぎるから」
心配なのよねえ、と缶ジュースを手のひらで転がして言った。
「美沙子さんに迷惑かけるような真似は‥」
「分かってるわよ。そうじゃなくて佐々木はそのままでいいからっていいたいだけ。肩に力いれなくてもいいんだよ」
別に気負ってるつもりもないんだが。
「無自覚なのが佐々木らしいわね」
去り際、瑞穂にほどほどにしなさいよーと忠告を受けた。
再びデスクについてパソコン入力しながらふと思いついた。
(今日はピンクの服きてたっけ。あ、そうだ)
「美沙子さんおまたせ」
待ち合わせ場所に立っている美沙子は携帯を閉じて顔をあげた。
それから俺をみて息を飲み込んだ。
「なに、その、花、たば」
あれから早めに仕事終わらせて速攻で花屋に行き、美沙子さんがきている服に合わせて花を購入した。
花屋の店員にノロケやら細かい注文やら相談をして一時間以上もかけた代物で。
「美沙子さんぽいかなーって。このミニバラとか」
「‥‥‥」
美沙子さんはぽかんとしてえ、とかうん、とか言ってるけど嬉しそうじゃないな。
世の中の女性は花が好きなものだと思ってたけど好きじゃなかったのかもしれない。
(美沙子さんデータが頼りにならないとは)
落ち込みはじめた俺に気付いたのか美沙子さんは慌てて近寄り花束を受け取ってくれた。
「嫌なわけじゃなくてびっくりしただけ。こんなに花貰ったのはじめてだから。すごく綺麗」
頬を染めて花をみつめる姿はもっと綺麗で。
自分の選択にグッジョブと密かに親指をたてた。
「映画みにいこうか」
と、両手で花を抱えて歩き出したのをみて俺は大きな失敗をしたことに気づいてしまった。
(これじゃ手を繋げないじゃないか!)
佐々木が瑞穂に忠告されたことの本来の意味に気づく日はやってくるのだろうか。




