現代ベースでない異世界ものをローファンタジーに置くことへの違和感
注意:特定の作者様や作品を非難する意図はありません。
これは、あくまで私個人の創作者としての倫理観についての話です。
その点をご理解いただける方のみ、お読みいただければと思います。
5/24追記:私が見落としていたところなどを感想でご意見いただきましたので、感想欄も一緒に読んでいただけましたら幸いです。
最近、少し気になることがある。
ローファンタジーのランキングを眺めていると、明らかに現代社会を舞台にしていない作品を見かけることがある。
それぞれいろいろな解釈があると思うので、個別にクレームを入れるつもりはない。
ただ、思うところはある。
今回は物書きの端くれとして、エッセイという形で私見を述べたいと思う。
一応、偏った意見もあると思うので、予防線として「個人の感想です」と言わせて欲しい。
因みにエッセイは初めてなので、今かなりドキドキしている。
それでは、本題に入る。
王太子がいる。侯爵家がある。婚約破棄がある。悪役令嬢がいる。現代設定ですらなく、名前も横文字。
それは少なくとも、私の感覚では異世界恋愛、もしくは恋愛がなければハイファンタジーに見える。
もちろん、ジャンルの境界は曖昧である。
現代日本にダンジョンが生える作品もある。
異世界と現代が接続する作品もある。
現代社会に魔法や怪異が紛れ込む作品もある。
そういう作品はローファンタジーでいいと思う。因みに筆者はペ◯ソナや呪◯が大好きである。ローファンタジーとは、現実の足場がある世界に、非現実が混ざるからこそ成立するジャンルだと私は思っている。
会社や現代準拠の教育制度、スマホ、電車、ビル、あるいはそれに近い現代的な社会構造がある。
その見慣れた社会生活の中に、ダンジョンや魔法や怪異が融和している。日常と非日常の距離が近いから、ローファンタジーはローファンタジーなのだ。
一方で、最初から王侯貴族が支配していて、ナーロッパ的な冒険者ギルドが存在していて、魔法が生活の中に組み込まれていて、魔獣討伐や薬草採取が職業として成立している世界は、たとえ舞台が王都であろうと、エルフやドワーフが存在していなかろうと、基本的にはハイファンタジーだと思う。
都会が舞台ならローファンタジー、という話ではない。
冒険に出ず、宿舎に泊まり、魔法を使わずにスローライフを送る。そういう地に足のついた作品は好きだ。けれど、それは「都市型ハイファンタジー」や「異世界職業もの」ではないだろうか。
少なくとも、私の中ではローファンタジーとは少し違う場所にある。
婚約破棄、悪役令嬢、とタイトルに銘打ってローファンタジーの棚に置かれていると、私は「?」と一瞬考える。
そして実際に開いて、また「?」となる。
ジャンルを選ぶという行為には、最低限の誠実さが必要だと思う。
もちろん作者にも事情はある。
異世界恋愛は激戦区だ。
ハイファンタジーも層が厚い。
そこに作品を置けば、あっという間に埋もれるかもしれない。
気持ちはよく分かる。
私だって自分の書いた作品を「これも広義では別ジャンルと言えるのでは?」と考えて、別の棚に置きたくなることはある。
タイトルで引いて読まれないジャンルの棚に置けば目立つ。ランキングに乗りやすいし読者の目に触れやすい。
その戦略自体は分からなくもない。ただ意図的にそうしているなら、工夫というよりは不誠実に見える。読者に対しても、同業者に対しても。
Web小説は読まれなければ始まらない。どれほど良い作品でも、入口で負ければ存在しないのと同じになる。
寝る時間を削って、一生懸命書いて、やっと投稿した作品が、誰にも読まれず、評価もされないのは悲しい。キャラクターたちに申し訳なく思う。
その厳しさは投稿している人間なら嫌というほど知っている。
だからこそ読まれた時は本当に嬉しい。評価やコメントまでしてくれる読者は、本当にありがたいなと思う。
だから気持ちは分かる。分かるからこそ、そこで踏みとどまることに意味があるのではないかと思っている。
読まれるためなら何をしてもいいのか。
結局、そこに戻ってくる。
タイトルで読者を釣ることはある。
読者が見慣れた入口を用意して、その中で自分が本当に書きたいものを書く。
私もそれをやる。
むしろかなりやる。
やりすぎていつクレームが来るか、毎回ヒヤヒヤしている。
ただそれは、Web小説において必要な技術だと思っている。
婚約破棄ものの顔をしていて、実は聖女ちゃんとイチャイチャする話である。
ざまぁの顔をしていて、実は人間の尊厳の話である。
甘やかしスローライフの顔をしていて、実は壊れた男の心の中の話である。
読者が読み進めた先で「ああ、そういう話なのね」と良い意味で期待を裏切る。
これは善悪というより技術や構造の話だと思う。
だからこそ裏切るなら作品の中で裏切るべきだ。
現代ベースではない異世界ものをローファンタジーに置くことへの違和感は、そこにある。
文章が軽くて読みやすい作品もある。主人公が魅力的な作品もある。
なのになぜ別の棚に置くのか。作品が面白いかどうかは関係ない。そこに戦略が見えてしまうと、私はどうしても気持ちが冷める。
もちろんジャンル違いを指摘することは難しい。
境界がまだ曖昧だった頃の作品を今更変えてほしいとも思わない。
作者本人に言えば、攻撃と受け取られるかもしれない。読者からは嫉妬に見えるかもしれない。ランキングに載っている作品なら、なおさら「読まれているのだから正しい」と言われるかもしれない。
けれど読まれていることと、分類が正しいことは別である。
ランキングに載っているから正しいのなら、ランキングに載ったものはすべて正しいことになる。
それは違うと思う。
それがまかり通ってしまうと、「じゃあ私もそうしよう」となる人が増えて、秩序が保てなくなる。
厳密に管理しろと言いたいわけではない。少し曖昧な作品もある。境界線上の作品もある。
作者自身が本当に迷うこともあるだろう。
そういう作品を責めたいわけではない。
ただ、現代社会の足場がなく、最初から異世界として完結している作品を、ローファンタジーに置くことには違和感がある。
それはローファンタジーの読者に対しても、異世界ファンタジーの読者に対しても、少し不誠実ではないかと思う。
ローファンタジーに限らず、ジャンルの看板で嘘をつくことは、ただの抜け道に見えてしまう。
Web小説は入口がすべてと言ってもいい。だからこそ、そこは正々堂々としてほしい。
読まれるために工夫することと、本棚をずらすことは、同じではない。
間違えたふりをして、人の少ない場所に立つ。
仮にそれで読まれたとしても、私はそこに少しだけ、美しくなさを感じてしまう。




