虐げられていたので、一家離散させました
さむい。
凍え死ぬ。
ぶるりと身体が震えて、私は意識を取り戻した。
建付けの悪い古びた部屋には、寝台と粗末な卓と椅子。
真冬なのに、薄い掛け布一枚しか無い。
記憶が正しければ、ここは呂夏という国で、生活様式からして中国に近い。
「転生するならヨーロッパ系が良かった……」
そう。
死んだか死にかけたかで、私は前世の記憶を取り戻していた。
かといって、ここが物語の世界とか、そういう記憶は一切ない。
ただ、史実に近ければ割とキツい。
陸雪薇、それが今の私の名だ。
私は前妻の娘で、今は側室だった女とその娘が我が物顔である。
死んだ母、蘇婉清は深窓の令嬢だったが、父に嫁いで……多分側室に毒殺された。
と勝手に思ってる。
実際はどうだか知らんけど。
側室だった庶出の周麗華は父の寵愛を得て、この家の主母となっている。
その娘の夢瑶はこの家のお嬢様だ。
記憶が戻る前の私は、高価な品物として静かに離れに幽閉されていた。
ここです、ここ。
寒いっての。
逃げ出さないと殺されるか嫁に出されるか、とにかく自由にはなれないし、幸せも程遠い。
嫁に出されるとしても、相手が良い人ならいいけど、側室の性格からすればそれも難しそう。
だから、逃げ出す方法を朝まで考えた。
「よし」
まずは、みすぼらしい身形にして、ちょっと顔を墨で汚して、使用人として働き始める事にした。
最近引退した李婆さんの知り合いだって言えばいけるやろ。
「お前見ない顔だね」
「はい。李婆さんの親戚です!」
「じゃあ、庭掃除してきな」
いけた。
粗活は誰も気にしないっていうのは、古今東西同じだね。
これで庭を自由に歩き回れる。
それに数年前までは母が生きてたから、屋敷の配置も記憶してるし。
父は官職にあるから、決まった時間に登庁する。
だから、何日か働いて様子を見てから、書斎に潜り込んで、借用書と銀票を抜き取った。
発覚までは時間がかかるだろうし、これは前準備。
選んだのは、二人。
宋徳海
父の友人であり、母とも仲が良かった人で、奥さんの薬代を父に借金している。
金瑞という宿屋の女主人。
情報通だから、色々調べて貰うのに良い。
まずは知り合いの宋さんの家に行く。
朝早くなら目立たないし、家に居る確率が高い。
台所からくすねて来た饅頭も持参した。
「宋おじさん、林おばさん、良い物を持って来たよ」
「雪ちゃん、こんな時間に……大丈夫なのか?」
「うん。迷わずに来れたよ。それよりも、良い物をあげるから、私に協力して欲しいの」
私は借用書を取り出して、その手に握らせた。
「これは……旦那様の書斎にあるはずの……! 雪ちゃん、まさか盗んだのか!? 見つかったら命がないぞ!」
まず真っ先に私の心配をしてくれる人。
親切だ。
「大丈夫よ。すぐにはバレないから。それに銀票ももってきたから、林おばさんにお薬を買ってあげて。お饅頭ももってきたよ!一緒に食べよう」
おじさんは大きく頷くと、家の中に招き入れてくれた。
おばさんも身体を起こして、私の差し出したお饅頭を食べ始める。
「……ああ、雪ちゃん。こんなに白くてふわふわなお饅頭、いつ以来だろう。自分たちだけで食べるなんて……。ああ、甘い……。雪ちゃん、あなたもしっかり食べなさい。こんなに細くなってしまって……」
林おばさんは自分の方が枯れ木みたいにやせ細ってるのに、私の心配をしてくれた。
何かもう、ヤバい奴らと良い人の差が大きすぎるわ。
宋おじさんも口いっぱいに饅頭を頬張ってもぐもぐと食べている。
「ふぅ、生き返るようだ。雪ちゃん、あんたは命の恩人だ」
「それでね、お願いなんだけど……」
私ももぐもぐと食べながら本題を切り出す。
二人目の確保だ。
「金瑞さんて、宿屋の女主人に会いたいの。連れて行ってくれる?」
「……金瑞のところだね? ああ、あそこなら今時分から仕込みで起きているはずだ。朝一番の『親戚の娘の奉公』という名目で、俺が案内するよ。誰も怪しみやしないさ」
「うん!じゃあ連れて行って!林おばさん、お薬きちんと飲まなくちゃ駄目よ」
林おばさんは涙ながらに何度も頷いて、私の手を両手でぎゅっと握った。
病気の女性を見ると、死ぬ間際の母を思い出してしまう。
やっぱり、良い人達には幸せになって欲しい。
母の実家の権力を使って成り上がった癖に、使い終わったらその娘すら大事にしない父は糞だ。
まあ、よくある事なんだろうけど。
遠くで鶏の鳴き声が響き、石畳の道には朝露が光っている。
市場へ向かう荷車の車輪が軋む音や、天秤棒を担いだ行商人が小走りに通り過ぎる足音。
大恩寺の鐘の音が低く響き渡る中、宿屋の勝手口からは、蒸したての包子の白い湯気と、出汁の香ばしい匂いが漂ってきていた。
お腹が満ちていなければ涎を垂らしていたかもしれない。
金瑞は、腕まくりをして大きな鍋をかき混ぜながら、忙しなく従業員に指示を飛ばしている。
髪を後ろでひっつめにした釣り目の美人が、宋の姿を認めると手を止めて、鍋の中身を大皿に移した。
そして、足早に戸口にやってくる。
「おや、宋の旦那じゃないか。こんな朝早くから、その汚れた子は……誰だい?」
「この子はあんたの福の星だよ」
宋が言うと、金瑞は目を丸くした。
私は懐から彼女が陸家にした借金の借用書を出す。
「金瑞さん、とっても大事な用事があるの。これを貴女にあげるから、私の頼みを聞いてくれる?」
彼女の目が驚きに見開かれた。
この借用書は、彼女にとっての呪縛だからだ。
借用書に震える手で触れる。
「……っ! これは……。あんた、どこでこれを……。……いや、今はいい。宋の旦那、この子を奥へ。誰にも見られないように」
金瑞は慌てて周囲を警戒し、火の番をしていた丁稚を追い払うと、二人を宿屋の薄暗い奥座敷へと引き入れた。
「……雪お嬢様、なんだね。煤を塗っていても、その立ち振る舞いでわかる。……これを私にくれるってことは、陸の旦那を裏切るってことかい? 命がいくつあっても足りないよ」
「大丈夫よ。私が先に命を奪えばいいだけだもの」
私の渡した借用書を金瑞が握りしめて、ごくりと唾を呑み込む。
彼女は商売人だ。
この紙の価値と、私の行為がどれだけ命がけかも一瞬で理解した。
「計画があるの。まずは、私の為に子供を亡くしたばかりの夫婦と、その行動記録を誰かに調べさせて欲しい。あとは、これから私が持ってくる物を、此処で保管してくれる?」
「『先に奪う』かい。恐ろしいことを平然と言うもんだ。だが、この借用書のおかげであたしの首の皮はつながった。恩は売るもんじゃない、買うもんだってのがあたしの商売哲学さ。……あんたの賭けに乗ってやるよ」
さすが商売人。
あとはきっと、商売をしていれば情報が集まる。
私が歩き回るより効率が良い。
「子供を亡くしたばかりの金持ち、かい……。ああ、それなら心当たりがいくつかあるね。
最近、大恩寺へ熱心に供養に通っている大きな商家や、跡取りを失って屋敷に引きこもっちまった名士の噂も耳に入ってきている。
……あんた、ただの金持ちじゃなくて、使える相手を探してるんだね?」
まあ、ある程度の実力はないと、辛いかも?
一生安泰に暮らしたいからね。
「分かったよ。まずは街中の情報を集めて、ここ一、二ヶ月で不幸があった家を調べてやる。葬儀の規模、寄進の額、それから……その夫婦が今、どれほど絶望して、何にすがろうとしているか。
生きてる人間より、死んだ子を想ってる奴らの方が、付け入る隙はいくらでもあるからね」
低い声で金瑞は呟くように言った。
「持ってくる物は、地下の酒蔵の奥にある隠し棚に放り込んどきな。あたしが鍵を管理する。……で、調べがついたらどうするんだい? その夫婦の誰かに、あんたを引き合わせりゃいいのかい?」
「ううん。情報さえあれば、後は自分でやるわ。私は自分の行く先を探してるの。子供をなくしたご夫婦だって、親を亡くした子なら引き取ってくれるかもしれないでしょう?お互い幸せになれるじゃない」
金瑞の顔から商売女の打算的な笑みが消え、一瞬だけ言葉を失う。
漸く呻くように囁きが盛れた。
「……自分の行く先、だって……?」
その目は潤んでいた。
大体の予想はついたのだろう。
借金をしているという事は、貸主である陸家の事情にもある程度通じている。
権力と血筋のある前妻が死んで、後妻が女主人に収まれば、前妻の娘がどう扱われるか。
「明日から、宿に泊まる客や仕入れの商人に片っ端から聞き耳を立ててやる。悲しみに暮れ、慈悲深く、かつ陸の旦那の権力に屈しない力を持つ夫婦をね。
……いいかい、雪お嬢様。その時が来るまで、屋敷の中では絶対に尻尾を出すんじゃないよ。あんたが新しい家へ行くその日まで、あたしがこの借用書と一緒に、あんたの秘密を墓まで持っていってやるさ」
心強い。
さすが商売人だ。
どの世界でも一人で生きてる女性って、強くて賢いよね。
私は頷く。
「どの位で調べられる?」
「そうさね……丸三日も貰えりゃ充分さ」
「分かった。じゃあまた来るね」
三日か。
ちょっと忙しいな。
そろそろ、あの後妻とその娘に虐められる日がやってくる。
まずはそれを乗り越えないと。
服はある程度綺麗なのがある。
最近ボロ服着てるから、汚れてない。
簪は付けないでいこう。
数もないし。
どうせ抜かれて壊されるのがオチだ。
髪は綺麗に結えないから三つ編みにしてグルグル丸めて留めてみる。
後妻の侍女が呼びに来て、私のみすぼらしさをみるとフン、と鼻で嗤った。
その後ろを目を伏せて廊下に視線を落としながら、かつて母が住んでいた女主人の部屋に足を踏み入れる。
豪華な鏡台も、綺麗な寝台も、母が持ち込んだ嫁入り道具だ。
それ以外にも新しく買った綺麗な物が並んでいる部屋で、後妻の麗華はふんぞり返っていた。
「……まあ、相変わらず薄汚い顔。蘇家の高貴な血筋も、泥にまみれればただの野良犬ね。ねえ夢瑶、この子に新しい服をあてがうのは、布の無駄だと思わない?」
「本当よ、お母様。お姉様ったらみっともないわ。その猫背と、死んだ魚のような目! お父様が名門の娘として売り出そうとしても、これじゃあ買い手がつかないでしょ。……ちょっと、雪薇! 何をぼーっとしているの。私の靴が汚れているわ、綺麗にしなさいよ」
「畏まりました、お嬢様」
ちっちゃい子供の言う事なんて別に腹は立たないし、どうせたいして綺麗な着物でもないから、その靴をきゅっきゅと拭いてやる。
麗華はそれを見て満足そうに高笑いをした。
「お似合いね。名門の蘇家の娘が、側室の子の靴を磨く姿なんて、お亡くなりになったお母様が見たら、さぞかしお喜びでしょう。……ねえ、もっと丁寧にやりなさい。夢瑶の靴を傷つけたら、あんたの夕飯は抜きよ」
「はい、奥様」
そこに遅れた父がやってきて、私達を見ると冷たい声で言い放つ。
「情けない、これでは高値がつかん」
あくまで、私を商品としか見ていない声。
その怒りは私だけでなく、後妻と義妹にも向けられている。
跪いて靴を拭いている姿が、卑屈に見えたのだろう。
まあ、実際そうなんですけどね。
「旦那様……!」
「お父様……!」
さっきまで威張り散らしていた二人が、機嫌を取るように父に走り寄った。
「この子がみっともないから、躾をしていただけなんですよ」
「そうよ、夢瑶は何も悪くないわ」
だが、父は振り払うように袖を振った。
あー!
ドラマでよく見るやつ~!
思わず感動しそうになって目を伏せた。
「お前達のくだらん躾など何の意味がある。家の品位が下がるだろう」
「……申し訳ありません、旦那様……」
言い逃れるより謝った方が早いからか、さっさと麗華が謝り、父はそのまま廊下を歩き去って行く。
おい、どうすんだよこれ。
絶対またこっちに矛先が向くじゃん。
助けるならちゃんと助けろよ!
助ける気なんてミリも無いんだろうけどさ。
「チッ、旦那様の前でだけ被害者面して……」
舌打ちした麗華に半泣きになる夢瑶。
あの程度で泣くなら虐めるんじゃない。
いや、不動の心で虐められるのも嫌だけどね。
さーて、面倒だから逃げよ。
こういう時、自分から罰を言い出した方が楽。
「申し訳ございませんでした。今から祠堂に跪いて、先祖の方々に赦しを乞います。明日まで、どうかそこでお許しを待たせてください」
定番の罰なんだよね、これ。
書き写す系は時間が消費されるし、拘束時間が長いから面倒。
でも祠堂は別に誰か覗きに来たりもしないし、抜け出せる仕組みもあるから大丈夫。
ボロ服に着替えて使用人の振りしながら、また盗みを働こう。
朝までに戻ってこの服に着替えれば楽勝。
「……ふん、少しは自分の立場がわかったようね。いいわ、先祖の皆さんに、自分の無能さをたっぷり報告してきなさい。おい、誰か! この子を祠堂へ連れて行き、外から鍵をかけなさい」
召使いが私を祠堂まで連れて行って、最後に突き飛ばして中に入れた。
麗華の侍女は本当に意地が悪い。
出て行く前に意地悪したいけど、余計な事して計画に支障があったら嫌だしなぁ。
私は起き上がらないで、そのまま座布団に頭を乗せて寝る。
今はまだ人通りが多いから動けないし、体力は温存しないとね。
深夜。
巡夜の男衆がその辺を夜回りしてくる。
拍子木を打つから、居場所が分かりやすくていいよね。
昔やったゲームを思い出す。
段ボールに隠れるだけで見過ごして貰えたら楽なのに。
実際にやったらめちゃくちゃ不審者だし、この世界に段ボールは無い。
私は位置を計りながら、一度部屋に帰ってボロ服に着替える。
綺麗な服だと動きづらいし、色も目立つし。
そして、書斎に忍び込んで、借用書全てとお金を盗む。
それから土地の契約書である、地契と家屋の証書である房契。
今回は銀票ではなく、砕銀と小銀錠だ。
これは小銭……と言っても、価値はまあまあある。
砕銀は千円~五千円、小銀錠は一万円~十万円。
それぞれ大きさで金額も決まる。
今日は砕銀を一つかみと、小銀錠を五個。
これで当面の活動資金には十分なので、まずは祠堂で借用書を精査する。
人数が結構多い。
これなら。
かなり大きなことが出来る。
私はにんまりした。
「金瑞さん、お願いが出来たの。明後日、ここに名前がある人を全員集めてくれる?」
朝一番に尋ねて、金瑞に紙を渡す。
家に居る元武官の雷鉄は、自分で接触するので名前の一覧には無い。
周志強は麗華の親戚だから借用書は別の事に使う予定だ。
この人に恨みはないけど、麗華の血筋だから仕方ない。
もう一人は。
「あと、韓文清て人の住んでる場所を教えて。彼にはやって貰いたい事があるの」
金瑞は、渡された紙に書かれた名前をなぞり、それから私の瞳を見つめ返した。
「……明後日、ここに書かれた連中を全員、この宿に集めろってんだね? 分かったよ。あたしの顔が利く連中ばかりだ、借金の清算を餌にするなり、脅しをかけるなりして、必ず揃えてやるさ」
それから金瑞は声を潜めて聞いてくる。
「それから、韓文清だね。あの没落した学者なら、街の外れにある壊れかけた廟の裏に住み着いて、代筆業や子供の手習いをして食い繋いでるよ。……あいつに何をさせる気だい? 筆が立つ以外に何の役にも立たない男だよ。お嬢様の計画に、あの文字しか書けない男がどう関わるってんだ?」
「ふふっ、私の計画には文字の書ける人が必要なの」
計画の全てを話す必要はない。
ただ準備が必要だし、先にどこかに情報が洩れては困るのだ。
始まったらもう、誰も止められないけど。
「金瑞さん、明後日には貴女の情報も集まる、人も集まる。そこからやっと計画が始まるの。損はさせないわ」
「『損はさせない』かい。大した自信だね。分かったよ、雪お嬢様。あんたのその肝の据わり方、気に入ったよ。あたしの全力を貸してやる」
私はその力強い言葉に頷いて、文清の元へ向かった。
かつては立派だったであろう関帝廟は、今や屋根の瓦が落ち、朱塗りの柱も剥げ落ちて灰色にくすんでいる。その裏手に回ると、湿り気を帯びた細い路地の先に、崩れかけた土壁の長屋が連なっていた。
文清が住み着いているのは、その一番奥の突き当たりらしい。
扉は建付けが悪く、隙間をボロ布で塞いで風を凌いでいた。
軒先には、墨の跡がついた使い古しの筆が一本だけ、力なく吊るされている。
周囲の家も貧民ばかりで、元学者というのも浮いた存在だろう。
中から小さな咳の音と、紙をめくる音が聞こえてくる。
「韓文清さん。お願いがあって来ました」
奥に居た文清がのろりと顔を上げる。
生気の無い顔だった。
「この借用書を返して、このお金をあげるから、紙を買って投書を作って欲しいの。内容はね。
『陸家の後妻は悪妻である。前妻を毒殺し、嫡女を虐げ、側室から正妻になるという無法を犯している。邪魔な嫡女も虐め殺されるだろう』
この内容の投書を十枚作って、私のお願いした日に都の人が集まる場所に貼って貰いたいの。それと、明後日、金福楼にきて、雪薇に呼ばれたと言えば、女将には通じるわ」
「……『後妻は悪妻』……『前妻を毒殺』……。これをお嬢様、あなたが書けとおっしゃるのか。これを都の者が集まる場所に貼れば、陸家だけでなく、役所も黙ってはいない。大騒動になりますぞ」
知ってる。
この告発文は家を潰すだろう。
潰される理由の第一の理由は「家事の差配が出来ていない事」だ。
面白いよね。
殺人があったから、ではないの。
家の罪が外に漏れるのは、家人を管理しきれていないせいだからだ。
しかも、あるかどうか分からない罪で冤罪だとしても、人目に付くような場所に貼りだされれば、当然都中の噂になる。
噂になってしまえば、否定するのは難しい。
私と言う生き証人を立たせるしかないのだが。
残念、その頃私はもう家にはいない。
だって、そんな事になったらもう家に居る意味は無いから。
虐め殺されるか、一緒に没落するか。
結婚まで息を潜めて暮らしても、結婚は賭けでしかない。
そんな賭けが嫌だから家を出る道を選んだのだ。
家を出るからには徹底的に潰さないと。
「分かってる」
「承知いたしました。私の筆の全てを尽くし、街中の者が足を止め、役人が顔を青くするような凄惨な告発状を十枚、書き上げてみせましょう。金福楼ですね。雪薇様の名を出し、必ずや伺います」
私の決意を見たからか、彼の目にも決意が宿ったようだった。
硯を手にした彼を見て、私は彼の家から立ち去る。
よし。
今日中にあと二人。
私は屋敷に戻ると、働いてましたって顔をして掃除しながらあちこちに顔を出す。
そして、見つけた。
母の随嫁丫頭としてこの家に付いてきた侍女だ。
「春桃」
声をかけると、下働きの汚い服を纏った春桃がこちらを見る。
そして、私の前に慌てて跪こうとするので、手で止めた。
「お嬢様、お嬢様、申し訳ありません」
「だめよ、今下働きのただの娘なの」
「まさか、そこまで酷い扱いを……」
誤解した春桃が、おろおろと泣き始めて、私は宥める。
「いいえ、違うの。私はこの家を出る事にしたから、貴女も連れて行くわ。でもその前にこの家でやる事がある。まずは、
雷鉄を探して連れてきて。離れで待っているから」
「お嬢様、連れてきました」
「お嬢様、何か御用でしょうか」
雷鉄はまだ若い武官だ。
二十代だろうか。
精悍な顔つきをしていて、強そう。
私は懐から借用書を出して、彼に渡す。
「私、この家を出る事にしたの。だから、貴方にも手伝って欲しい」
雷鉄は、信じられないという目で私を見る。
まあ、そりゃそうだよね。
まだ8歳くらいだし。
「お嬢様。……この雷鉄、武官の端くれとして、これまで泥水を啜るような思いで生きて参りました。しかし、今日この時、ようやく仕えるべき真の主を見つけた心地です」
え。
かなり酷い待遇だったっぽい。
ああ、借用書があるから、汚れ仕事もやらされていたのか。
「家を出る、とおっしゃいましたね。……承知いたしました。私の剣も、この命も、全てお嬢様に捧げましょう」
重い、けど有難い!
とりあえず、監視と侍女が手に入れば、動きやすくなる。
私は二人に先に伝える事にした。
「明後日、お父様とお義母様の健康を祈るために大恩寺へ行くわ。雷鉄、あなたが私の護衛として付いてきて。春桃、あなたも私の身の回りの世話として同行して頂戴ね。きっとそれくらいなら許されるわ。それと春桃、今日中に遅効性の睡眠薬を手に入れて欲しいのだけど、伝手はある?無ければ宋おじさんに相談して手に入れて来て」
「承知いたしました。……ここは宋様に『病弱な奥様のため』という名目で、街の反対側にある薬屋で手配していただきましょう。それなら、誰にも悟られずに済みます」
この薬は後々使う。
「使う時機は改めて言うから、それまで保管しておいて」
大恩寺に向かう馬車の中、やっと一息ついていた。
『お父様とお義母様の健康を祈るため』という理由は完璧だ。
孝行娘としての願いだから、断られない。
彼らの気分が良くなった隙に『身形を整えたいから』と春桃を侍女に戻してもらう。
彼らにとっては自分の娘の親孝行を他家に見せる場だから、みすぼらしい恰好をする事は許されない。
着飾らせた私を見送る父と義母はそれぞれ、にこやかだった。
面白くなさそうだったのは義妹の夢瑶だけ。
私は寺に着くと型通りに祈りを捧げ、和尚と二人で寄進の話をしたいと伝えれば、広慈和尚が方丈の間へと通してくれた。
そこで、私は陸家が持っていた全ての地契と房契を差し出す。
「亡くなった母の遺産の全てを寄進致します。どうか亡母の供養をお願いいたしたく……母は陸家で蔑ろにされ、冷遇されて参りました。今でも法要を十分に行ってもらっていません。これでは天にいる母が気の毒です」
「……これほどまでの地契と房契。陸家の屋敷と土地の全てを、亡き母君の供養のために差し出すとおっしゃるのか。……お嬢様、これが公になれば、お父上は黙っておられますまい。寺がこれをお預かりするということは、陸家の屋根を預かるも同然。……あなたは、母君の無念を晴らすために、この寺の権威を盾になさるおつもりか」
さすがに大きな寺の和尚だから、鋭い。
でも、退く気は無いのだ、私も。
「私は何も要りません。亡き母の無念を晴らして差し上げたい。そして、心から母の為に祈りたいのです。陸家の罪が暴かれた時に、彼らの富を全てお寺の物にしてほしいのです」
「『何も要らぬ』と。お嬢様、あなたはご自身の身を焼いてまで、母君の魂に光を当てようとなさるのか。陸家の罪が暴かれた時、その富が罪人の手に残らぬよう、この大恩寺が仏の御名において全てを預かり、永久に母君の供養の糧といたしましょう」
ぶっちゃけ、母の供養は口実でどうでもいい。
どうでも良いってわけではないけど、優しくて美しかった母は強くは無かった。
弱いのが悪いとは言わないけど、食い潰されるのは仕方ないとは思う。
私が今くらい育って記憶もあれば多少は守ってあげられるけど、まあ難しいよね。
厳しい家長制度のある国では、父親の鶴の一声で何でもひっくり返る。
離縁させて実家に連れ帰るくらいしか手はない。
そして、逃げる為だけに私は徹底的に陸家を潰したいのだ。
「……これをお持ちなさい。この数珠の一粒一粒には、当寺に伝わる慈悲の祈りが込められております。あなたが独りで戦う時も、この数珠を繰れば仏が共におわすと知るでしょう。……陸の屋敷という魔窟にあっても、これがお嬢様の清らかな魂を守り抜く防壁となりますよう」
和尚が私に持珠を渡す。
手に持つ数珠だ。
香木で作られていて、手にするたびに心が落ち着くような、深い寺の香りが漂う。
これを見せれば、父と義母もうるさく言わないはずだ。
「よろしくお願いいたします」
私の挨拶に、広慈和尚が重々しく頷く。
そして、地契と房契に寺の公印を押し始めたのを見て、私は方丈の間を後にした。
史実に近いこの世界でも、やはり宗教の力は強い。
西洋でいえば王と教会と似ている。
皇帝の方が若干強いかもしれないけれど、基本的に寺の所有する財産には誰も手が出せないのだ。
特に寄進した財産は常住物と呼ばれ、仏の所有物として神聖視されているから、それを誰かが奪う事は仏の物を盗む事となる。
つまり、皇帝でも手が出せない財産となったわけだ。
陸家の不動産は全て、寺産となり、彼らは全て失った。
あとは、動産を奪うだけ。
家に戻った私は父と義母の待つ居間へと挨拶に向かう。
一々挨拶しなきゃいけないのは面倒だけど、もうすぐ終わるから我慢、我慢。
早速、寺に付いていった監視役の女中が義母の隣に立っている。
告げ口、ご苦労。
「あの広慈和尚と二人で話したそうだな。何の話をした」
「以前母が残してくれた数少ない飾り物を全てお寺に寄進して参りました」
父は私の手元に視線を注ぐ。
「和尚様が、私の孝心に深く感動され、この数珠を授けてくださいました」
目敏い父は鷹揚に頷き、後妻に命じた。
「うむ、殊勝な心がけだ。麗華、この子にはしばらく自由な参拝を許してやれ。寺との縁を繋いでおくのは我が家にとって益となる」
「はい」
悔しそうな顔をしつつも、麗華にとってもこれは悔しいだけの話ではない。
父が同僚に自慢できるように、義母も自分の躾の結果を、他の夫人に吹聴できるからだ。
庶出の側室である麗華にとっては追い風だ。
まあ、それを楽しむほどの時間は残っていないけどね。
翌日の金福楼。
夕闇が迫り、宿屋に明かりが灯る頃。
私は春桃と雷鉄を伴い、静かに奥座敷へ通される。
そこには四人の男と一人の娘。
その他に、宋と文清。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。まずは、この借用書をお返しいたします。そして、明日、協力して欲しいことがあるのです」
全員は口々に協力を申し出た。
「ああ、これで……これでやっと親父を博打場の連中から引き離せる……!お嬢様、何でも言ってくれ」
趙勇が涙を流す。
「お嬢様、ありがとうございます。弟の薬代がこれだけ減れば、何とかやっていけます」
小翠も同じく、涙を流しながら証文を胸に抱きしめた。
師傅は腕の良い職人で、その技術を父に良い様に利用されていたらしい。
銭栄は商人で、趙廷は役人。
私は見回してから説明を始めた。
「明日、小翠は夕方頃に夕飯の手伝いに混ざって欲しいの。あと春桃と雷鉄と私で、屋敷の人間達を薬で眠らせる。そうしたら、蔵の中の物や屋敷の中の物を全部盗むの。全部って言っても、お金になりそうな物だけよ」
一瞬、誰もが目を剥いて言葉を失う。
そりゃそうだよね。
完全盗賊ですからね。
一番最初に復活したのは、小翠だった。
「夕飯の手伝いですね! お安い御用です。厨房の連中とは顔馴染みですし、あいつらが忙しさに追われている隙に、春桃さんたちが用意した薬を鍋に放り込むくらい、造作もありません」
「私が夜警の巡回ルートの隙を教えましょう。この七人が二手に分かれ、一方が運び出し、もう一方が周囲を警戒すれば、役人の目も欺けます。……雷鉄、お前が先導してくれるなら、我ら六人も迷わず動ける」
趙廷が言えば、雷鉄も力強く頷く。
「分かった。明日、私が屋敷の内部から手引きする」
「小翠は義妹の部屋から、金瑞さんは後妻の部屋から、飾り物と着物を探して運んでね。私と春桃は父の書斎を担当するわ」
皆が頷く。
そして、私は金瑞を見た。
「宝物は一旦ここの地下に収めて頂戴。後から皆さんで山分けするとして、仕上げにもう一つ仕事があるの。文清さん、あの投書を出して」
文清が取り出した投書を、皆が回し読む。
金瑞は低い声で笑った。
「後妻の毒殺に嫡女への虐待……。これを都の要所に貼れば、明日中には街じゅうが蜂の巣をつついたような騒ぎになるね。略奪で空っぽになった屋敷に、この噂の追い打ちだ。旦那様も奥様も、逃げ場なんてありゃしない」
報酬よりも、よっぽど皆は陸家が落ちぶれるのが見たいらしい。
どれだけ恨まれてるんだ。
まあいいか。
皆で報酬の奪い合いになりそうもないし。
「趙廷さん、何処に貼ったら効果的か考えて。一枚は私が持って行くから。残りの九枚を目立つ場所に手分けをして貼ってほしいの」
「承知いたしました。効果的な場所は心得ております。役所の正門はもちろん、都で最も人が集まる西の市場、そして家格を重んじる貴族たちが馬車で通る大通りの掲示板。そこに貼れば、明日の昼には都中の噂になります。役人が剥がそうとする頃には、もう手遅れなほど広まっているでしょう」
計画は整った。
後は明日の夕方まで何もすることは無い。
私は最後に金瑞と二人きりになって、集めて貰った情報を聞く。
「雪お嬢様、これがあんたの探していた沈家のご夫婦……沈鴻様と白嘉様の情報だよ。あの方々は、亡くなったお子さんの供養のために、明後日の早朝、大恩寺の供養塔へ向かわれる。お付きの者は最小限だそうだ」
「分かったわ。ありがとう、金瑞さん」
手元の紙には二人の事が書いてある。
私と同じ位の年齢の子を亡くして抜け殻になってしまっている夫婦。
病で子をなくしてしまった親。
そんな風に子供を喪って悲しむ人なら、きっと。
夜も更けた頃、屋敷は拍子木の音もなく静まり返っていた。
私達は其々の場所で物を盗んでいく。
後妻の装飾品の幾つかを金瑞から受け取って、馬蹄銀と一緒に後妻の侍女の部屋に隠した。
そこに、後妻の親戚である周志強の借用書も忍ばせておく。
ちょっとした罠だ。
役所や身内での家探しをすれば見つかるだろう。
父の事だから、後妻が裏で関わっているか、親戚が関わっていると決めつけて騒ぐだろうし、唯一の借用書を持って親戚を追い回す筈だ。
大したお金にはならないけど。
書斎にあった銀票の束は、まとめて春桃に持たせておき、後でいつでも使えるようにしておく。
族譜の原本は、身分証明になるので、無くなったら大ごとだから持って行こう。
身分の詐称も出来るようになるので売れるはず。
官職の任命状は、どうせ剥奪されるだろうけど無くていい。
身分証と通行証も売れそう。
婚書は後で燃やす。
後妻との婚書は残しておいてあげようっと。
脅す必要はないけど、一応帳簿類は金瑞にお預けコース。
あとは奴婢の身売り証文である売身契。
嫌いな奴婢の証文は残しておいて、良い人の証文は本人に返しておく。
手に握らせておけば起きたら気づくかな。
この辺は春桃と雷鉄にも手伝ってもらって手早く済ませた。
けれど、もう家探しする時間もない。
今頃、皆が手分けして投書を貼りだす頃だ。
私も雷鉄に連れられて、とりあえず金福楼に戻る。
最後の仕上げに入らなきゃ。
静かな大通り。
朝靄が漂うこの時間、人々の喧騒からはまだ遠い。
沈家の馬車の前に、私はふらふらと正面から歩いて行くと、馬車が静かに止められた。
「助けてください……私、殺されてしまいます……」
胸には投書を入れて、気絶をした振りをする。
慌てた様に護衛の一人が私を抱きとめた。
「まあ! 何てこと……。あなた、早くその子を! 」
「落ち着きなさい。御者、すぐにその子を中へ運び込め! 追っ手が来るかもしれん、ここを離れるぞ」
私は沈夫人の白嘉と沈鴻の慌てる声を聞きながら、目を閉じている。
馬車の中に引き上げられた私を、柔らかくて温かい腕が抱きしめた。
香を焚きしめたのか、良い匂いもする。
同時に紙の端が見えるように懐にいれておいた投書を、丁寧に抜き取る感触がした。
「あなた、ご覧になって……こんなに痩せて、泥に塗れて……何て可哀想に」
「この子の持っていた投書……これは……陸家の後妻が前妻を殺め、嫡女を虐げているという告発だ。この子は陸家の娘なのかもしれん」
「まさか、あなた、この子をそんな鬼の様な者達がいる場所へ戻すなんていたしませんよね?」
「もちろんだ。陸振徳とは昔から反りが合わんが、まさか身内にこれほど非道な振る舞いをしていたとは。……投書の内容が事実なら、この子を戻すことは死なせるも同然だ。沈家の名にかけて、このまま屋敷へ連れ帰るぞ」
ほっとしたような吐息の音がして、優しい指が頬をなぞる。
「ええ、そうしましょう。……ああ、見てください、この子の顔。亡くなったあの子の面影があるわ。……神様が、あの子の代わりにこの子を私たちの元へ導いてくださったのかもしれない……」
実際に、それはそう。
わずか数日前に記憶を取り戻してから、走り続けて来たけど。
あの前世の記憶が無ければ、私は今もあの屋敷で飼い殺されていた。
記憶が戻った事が、色々な人の運命を変えたのだ。
屋敷に着いたのか、抱き上げられて布団に寝かされる。
暫く時機をはかっていたけれど、うっかり寝てしまいそうなので私は目を開けた。
そして、沈夫人を見上げる。
「……お母さま……? すみません、何も思い出せなくて……」
「ああ、お母様だなんて……。いいのよ、何も思い出さなくていいの。今はゆっくり休みなさい。ここは安心な場所よ」
私は布団の中で、小さく頷いた。
そして、夫人の手を握って、再び目を閉じる。
密やかに泣く声がした。
「あなた……この子を何処にも行かせたくないわ……」
「分かっている。……記憶を失うほどの恐怖を味わった娘を、あの毒婦がいる陸家へ戻すわけにはいかない。この子が『お母様』と呼び、お前がその手を握っている以上、沈家がこの子の盾になろう」
よし寝よう。
昨夜は疲れたし、よく眠れそうだ。
起きたら、新しい人生が始まる。
起きると、春桃と雷鉄が居た。
始めから記憶喪失の振りをする話を二人にはしてあったので、大丈夫。
忠義の侍女と護衛を演じれば、夫妻も断らないと分かっていた。
「お母さま、お腹がすきました」
沈夫人は私の言葉を聞いた瞬間、顔を輝かせて駆け寄り、肩をそっと抱き寄せた。
とても嬉しそうに。
「まあ! お腹が空いたのね。本当によかった……。今すぐ最高に美味しい物を用意させるわ。温かいお粥に、消化に良い物をたくさんね」
「聞いたか! 厨房へ急げ。お嬢様のお口に合う、一番良い滋養のつく料理を運ばせるのだ。……ああ、それから春桃、雷鉄。お前たちも、この子が安心できるよう、ずっと側にいてやってくれ。沈家の者が、お前たちの食事も用意させよう」
優しい人達に囲まれて、温かい食事を食べる。
沈夫人の目は、本当の娘を見つめる様な慈しみがこもっていて。
やっと私が生きて行ける場所が見つかった。
これから、私はこの両親を大事にして生きていく。
陸家の末路は悲惨だった。
主人達より早く目覚めた使用人達は、己の手に証文がある事に気づくと、身の回りの物や適当な什器等を盗んで姿を消したのである。
中でも執事は、その特性上鍵や隠し財産も熟知していた。
それらの財産と残された少ない金目の物を全て綺麗に盗み去ったのである。
彼はこの件の首謀者が誰かという事も見抜いていた。
だからこそ、口を噤んで主人に追い打ちをかけたのだ。
書斎に残された売身契を見れば、自由になれなくてもいい奴婢をきちんと見抜いていたのだと。
執事はその観察眼にふと笑みを浮かべて、改めて自分は自由になっても良いと選ばれた感謝を胸に、屋敷を立ち去った。
ほかの家奴や一家で仕えて来た家政士にも忠誠心は無い。
自由になった彼らはすぐさま売身契を焼き捨てて、眠ったままの主人達を置いて出て行った。
残された奴婢は人の少なさに頭を傾げながらも普段通りの仕事を始めたが、その静けさはすぐに破られる。
一番最初に起きたのは後妻の麗華だった。
気に入っていた鏡台も、美しい冠や歩揺も何もかも消えていたからである。
彼女は泣き叫び、側近の女中を呼び出して叩いた。
だが、叩かれている侍女も何が何だか分からない。
すぐさま封門された上で捜索が始まり、侍女の部屋から見つかった周志強の借用書を見て麗華はこの件の黒幕を周志強だと勘違いした。
そしてその捜索騒ぎの間に、役人に戸を叩かれ、麗華は必死で盗難の罪を訴えたのである。
この屋敷にある物を盗んだのは周志強であり、消えた嫡女の雪薇を連れ去ったと。
役人達はすぐに周志強の屋敷を捜索させたが、何も見つからなかった。
そこに大恩寺の広慈和尚が現れて、この土地と家は大恩寺に寄進された事を告げたのである。
すぐさま麗華は周志強が盗んで寄進した物だから返せと和尚に迫ったが、告げられた言葉は前妻の娘である雪薇が『亡母の遺産を亡母の供養の為に寄進した』という言葉。
それは門前で見ていた民衆も役人も、雪薇が神女だと言っても過言ではない親への孝行だった。
全ての物を盗まれて亡き妻の持参金や嫁入り道具も無になった以上、地房契が亡母の遺産というのは間違いではない。
民衆の怒りは更に燃え上がった。
清廉な神女を虐げた悪妻と言われ、麗華は雪薇を貶めようと「盗んだ財産を寺に投げた」と言った事で、財産にしか目の無い強欲な女と石や泥を投げられ始めて、役人は慌てて連行を始めた。
公論を味方につけた雪薇への同情と敬意、麗華に対する憎悪は増すばかり。
暴動が起きかねない状況で、処刑台へ直行となったのである。
道連れにしようと麗華は「夫の命令だ」と叫んだ。
巻き込まれたくない陸振徳は「前妻は貴族で出世の為に必要なのに何故殺すのか」と叫び返す。
当主としては無能でも、民も役人も納得のいく説明だった。
けれど娘の夢瑶は耐えきれない。
「私はお嬢様なのよ!」
その一言でまた民衆の怒りに再び火が点いた。
慌てて黙りなさいと麗華が庇うが、夢瑶は止めない。
抱きしめようにも手を縛られている今、投げられる石や泥から身を呈して娘を庇う事しか出来なかった。
「お父様だって私の方が可愛いって言ってたじゃない!お母様がグズグズしてあの子を殺さないからこうなっちゃうのよ!」
その言葉は、尋問の余地を零にする言葉だ。
必死に庇おうとした娘に地獄に突き落とされ、麗華は愕然とした。
甘やかした結果である。
雪薇と格差をつけて、夢瑶の無茶な要求にも頭を下げさせた。
麗華は血筋も美しさも叶わない前妻への嫉妬を、その無様さを見る事で解消していたのだ。
くだらない虚栄心に浸った結果。
麗華を庇う者はいなかった。
そして、刑場の露と消え、全てを失くした陸振徳と夢瑶は麗華の実家を頼り、そこで使用人として一生を終える事になったのである。
最近中国のショートドラマに嵌っていて、色々見ていました。でもなろうと似ていて、史実だったらありえねーよ!って展開も多いらしく。なるべく調べて書いた感じです。
ヨーロッパ系と違うなあと思ったのは庶民の言論の力。皇帝や貴族との身分の差はあまりヨーロッパと大差ないのですが、国民性でしょうかね。使用人のほぼ全てが奴隷の身分というのはちょっと驚きました。
いつか書きたくなったら商人になった雪薇のお話も書きたいです。
途中でふりがなめんどくさくなってしまったりしたのは見逃してください…。




