廃虚の少年
全身の痛みを感じながら少年は目覚めた。黒い髪に赤い瞳、灰色の膝丈のズボンに肩から胸にかけて奇妙な紋様の様な刺青の少年は硬い棺の様な箱に横たわっていた。何故ここにいたのかわからないといったように辺りを見回す。
無理もない。彼が居たのは廃墟といってもいい様な古い研究所で、辺りのものは無惨にも破壊され尽くしていた。更に数人の人間の死体やおびただしい血があちこちに付着していたのだから。様子から最近のものではない。しかし……古いものでもない。
「俺は……」
何か思いだそうとすると頭が痛む。少年は頭を押さえながら、無表情にその場を後にした。
何か夢を見ていた様な気がすると少年は思った。ぼんやりとみた少女が俺の名前を呼んでいたと。名前は……そうだ。グレン。
彼はそれが自分の名前だと理解した。でもそれ以上は思い出せない。ただ、ここが自分の居場所ではないと感じていた。彼は意識する訳でも無く自然に脇にあったダガーを脇に差し、手慣れた様に扉を開けた。まるで長年過ごしていたかの様に。そして猫の様に身軽な所為で塀を飛び越えて施設を後にした。
施設の外は一面の森に囲まれていた。まるで数十年以上忘れ去られた様に。木々のざわめきしか聞こえない静寂。グレンはその中に微かに聞こえた川の音にひかれて草を歩く。キシキシときしむ小枝をかきわけ、雑草を踏みしめて。音に驚く鳥達が一斉に飛び立った。
暫く歩くと小さな草原が広がっていた。先ほどから聞こえてきたせせらぎの小川もある。グレンは草原に生えていた草を摘むと腰を降ろして草笛を吹いた。何となくしっくりときたのは、おそらくは記憶に因るものなのだろうとグレンは思う。しかし、過去に想いを馳ようとした途端にまた頭痛に襲われた。
「俺は……一体……」
誰なのだろうか。そんな事を思いながら、膝を掴む。その時、森から獣の奇声が聞こえてきた。グレンはとっさに立ち上がり、身構えた。
魔物?
守らないと……倒さなければ。
……守る?
誰をだ。
グレンは声の聞こえる方をキッと睨みつけて片手を前に出した。頭で考える訳でもなく無意識の行為。
彼は呪文を口にした。
「う……ぐっ……」
唱えた途端に背中に激痛が走る。見ると肩にあった刺青が青く光っていた。
「これは……一体」
グレンは力を吸われた様に崩れた。身体が全く動かない。
「守らないと」
そう言って彼はそのまま気絶した。
意識を失っていた間、グレンは夢を見ていた。それは恐ろしい夢。燃え盛る村、響き渡る悲鳴。グレンは誰かに手を引かれて山道を逃げていた。背中が燃える様に熱い。
これは……いつも遊んでいたツリーハウスに行く道?
そんな事を思いながら歩いていたような気がする。険しい山道を越えてツリーハウスの前に来た時、目の前に何人もの男が現れた。
「おじいちゃん……?」
「すまんな。お前の為なんだよ」
悲しそうなおじいちゃんの言葉を聞いた後からグレンの記憶はない。
暴走したのか?
まさか我が一族に破滅の黒が現れるなんて――――
奴らに見つかる前に封印しなければ……。
そんな誰かの話し声をグレンは最後に聞いた気がした。