浮気調査依頼:ケチはほどほどに
最近私の夫が浮気している気がする。
なんだか私とはあまり会話を交わさなくなったし、お風呂にスマホを持ち込むようになった。
変な違和感がある。
浮気調査って探偵がやってくれるんだ。
…どれくらいの価格なんだろう
"探偵 浮気調査 依頼料 平均"
と調べる。
大体10万から100万が普通らしい。
…ちょっと高くないかしら。
都内某所カフェ
「で、我が社に相談しに来た…と」
目の前で気品のある所作で紅茶を飲む少女がそう言う。
紺色のブレザー、黒手袋、それに合わない銀髪と碧眼、なにかのコスプレのように思えてくる。
平坦な声。
あの後、探していたら"なんでも仲介"というSNSアカウントを見つけて、ダメ元で浮気調査依頼に関して送ってみたら返信があった。その返信に書かれていた通りの店に行くと彼女がいたという感じ。
「希望は1万くらいなのだけれど」
このくらいが理想よね。
「…承りました。この場で1万円をお支払いなさりますか?」
できるんだ。
「いいの?じゃあお願い」
財布を出す
「その前に。当然ですが、1万となると相応の調査しかできません。ご理解いただけますね?」
…?
「わかったわ」
1万円を出す。
「ご依頼、承りました。後日、依頼完了次第ここで調査報告書の方を提出させていただきます」
少女がそう言ってお金を受け取った。
都内某所
チャイムではなく、4回ノックが鳴って
ガチャリと扉が開く。
"彼女"だ。
「ご機嫌よう。依頼を持ってきてあげましたよ」
白髪の少女が顔を出す。
ここは閑古鳥の鳴く探偵事務所。
私はその探偵事務所の所長、名前は麻世井 音寧。
「何円くらいの依頼…?」
「1万円です。私と貴女のよしみですからね…仲介手数料は無しです。」
無表情にそう抜かす。怖い
「全額で1万円…?」
「依頼人は"相応の調査"を求めているのだそうで」
1万円で…相応…つまり、最悪適当でも良いよってことかな
「…わかった」
「これは調査費兼依頼料です」
ひらりと私のところに1万円が舞ってくる。
私が1万円に目を向けている間、彼女は依頼内容のより具体的な説明をしていた。
「内容は浮気調査で、調査相手は石里悠仁さん32歳。1週間程度の調査報告が理想です」
つまりその男に1週間張り込めということだろう。
無論8時間の職務時間内のみで。
対象を56時間視界の端に捉えているだけで1万円貰えるなんて良い仕事かも。
まぁアルバイト幾つか休まなきゃだから普通にいつもよりか赤字だけれど
「いつもより赤字になりそうですか?」
まるで私の思考を読んでいたかのようにそう言われた
多分顔の表情でも読み取って察したのだと思う。
私顔に出やすいタイプだし。
「…はぁ…仕方ありませんね。次良い依頼回すので」
なんだかんだ彼女は優しい…のだと思う。
こんな零細探偵事務所を相手にしてくれてるのだから。
「本当ですか!?」
「ええ、フィクションのような"探偵に相応しい"依頼を仕入れてきますよ」
そういう人脈があるのだろうか。やっぱり少し恐ろしいし…頼もしい。
「い、一生ついてきます!」
「結構。では頑張ってください」
そう告げると彼女は探偵事務所を後にした。
どう調査しよう。
最近俺の周りを探偵が探っているっぽい…というかこの表現以外にこの現象を表現する言葉が思いつかない。
新手の脅しか何かだろうか。鹿撃ち帽にインバネスコートを着た低身長な細身の少女がここ1週間、常にこちらを付けて、見てきている気がする。
カフェで、歩道で、公園で、背伸びをしてこちらを見てきたり、両手に木の枝を持って木陰からこちらを見てきたり、メニュー表を机に立ててその上からちらりとこちらを見たり…ふざけているのかと問いたいくらいにそうやってこちらの気を引いてきた。
…これは妻からの警告なのかもしれない。
念の為1ヶ月ほどは不倫相手と会うのを控えて、妻に優しくしておいた方が良いかもしれない。
「これが1週間分の報告書になります」
笑顔な依頼人にそう言って紙の束を渡す。
事前に確認したところ、丁寧な言葉でちゃんと報告が書かれていた。前よりはマシになっているらしい。或いは私の斡旋を仄めかす言葉にやる気が起きたのかもしれない。
「ありがとう。申し訳ないわね?不倫なんて無かったでしょう?」
そう依頼人が言う。
「確かに1週間、確認できませんでしたね」
あんな格好で張り込んでいたのだから当然、鳴りを潜めるだろう。それに何より、彼女が張り込んでいた8時間に"夜"は含まれていない。つまり元々、依頼人の求めるような不倫は絶対に確認できない。
「でしょうでしょう?私の夫がそんなする訳無かったわ」
この依頼人はどうして浮かれているのだろう
「何か良いことでもありましたか?」
「最近、夫が優しくってね〜?昨日の夜も可愛がってもらったの!あ、ごめんなさいね貴女くらいの年齢には少しセンシティブかしら?」
この依頼人は一体何を言っているのだろう。
多分監視の影響で一時的に優しくなっているだけだと思うのだが。
「依頼人様がお幸せなようで何よりです。」
口に出すことはしない。どうせ聞かないから
「あ、そろそろ行かなきゃ。今日はダーリンとデートに行くの」
そう言って依頼人は頼んだパンケーキを食べ残し、カフェを後にした。
どうやら私は会計を押し付けられたらしい。
…まぁいっか
やはり彼女には才能がある。
良い依頼を回してあげよう。
次回、警察御用達の探偵




