表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

「君が笑った夜、世界は終わり始めていた」

作者: アイ
掲載日:2025/10/09

世界が静かに崩れ始めたとき、人はまだその意味を知らなかった。

ただ一人の青年が、失われた答えを追い求める。

これは、滅びゆく世界で「真実」と「罪」に触れた人間の記録。

崩れる音は静かだった。誰かが泣いたわけでも、サイレンが鳴ったわけでもない。

ただ、気づいたときには街角のざわめきが薄れ、空の色も違って見えた。

――思えば、あれが始まりだった気がする。


人類は夢中だった。世界中に突如として出現した、正体不明の物体――「アーティファクト」。

それらは重力を無視し、時に人の声に反応し、そして時に、都市ひとつを丸ごと飲み込んだ。


僕――カイトは、それを見つけたくて冒険家を志した。

崇高な理由なんてなかった。ただ、父がその“アーティファクト”に触れたまま帰ってこなかったからだ。

父が何を見て、何に触れ、どこへ行ったのか。誰も知らなかったし、調べようとする人もいなかった。

なら、僕が行くしかないと思った。ただ、それだけのことだった。


「またアーティファクトの話? カイト、本気で言ってるの?」

そう言って笑ったのは、幼馴染のミナだった。

彼女は昔から無鉄砲な僕を心配してくれた。でも、その笑いはいつも優しかった。

僕はつられて笑った。心配させたくなかったから。――それが最後になるとも知らずに。


その夜、ミナの住む村が“消えた”。

山ごと。家ごと。人ごと。

跡形もなかった。空から見下ろしたその場所は、ぽっかりと穴が開いたように、何も残っていなかった。


ニュースは「地盤沈下」と報じていた。自然災害、異常気象。

しかし僕は知っていた。あれは地盤沈下なんかじゃない――アーティファクトだ。

人知の及ばない何かが、世界のどこかで静かに進行している。

皆、現実から目を背けたいだけなのだ。


僕は旅に出た。

都市を離れ、廃墟を渡り、荒野を越え、沈んだ町を歩いた。

アーティファクトを求めて。

時には苦しくなることもあった。だが僕は歩みを止めなかった。誰かを救えるかもしれないと思ったから。

あるいは、せめて真実に触れられるのなら、それだけでもよかった。


世界は変わり続けていた。

あちこちで観測される「異常重力地帯」。

時間が止まったように風も音もない「静寂圏」。

重力の中心が“空”にある都市遺跡。

人類はまだそれを言語化できていなかったが、そこには“人間ではない意思”のようなものが存在していた。

僕には、そう感じられた。


そしてついに、それは現れた。


それは空に浮かぶ、漆黒の球体だった。

ただの黒ではない。光を飲み込んでなお形を保つ、不自然な黒。

地平線の彼方にそれを見たとき、僕の足は自然とそちらへ向かっていた。

気づけば、周囲は静寂に包まれ、小鳥のさえずりも、自分の心臓の鼓動さえも聞こえなくなっていた。


そして、見上げた瞬間――その静けさが、音を増幅するように、頭の中へ声を流し込んできた。


「……起動条件、すべて満たされました。最終アクセス者:ヒューマン、カイト」


次の瞬間、地響きが世界を駆け抜けた。

空が黒く染まり、雲が逆巻き、重力が反転する感覚。

大地が泣き、空が軋む。自然の法則が、ひとつずつ壊れていく音がした。


「なにこれ……止められるのか……?」


自分の声が、やけに遠く感じた。

右手のひらを見ると、奇妙な紋章が浮かび上がっていた。

幾何学的で、まるで電子回路のようにそれは鼓動に合わせて淡く光っている。

世界とリンクしたような感覚。

僕の意識が、地球の深層にまで入り込んだような錯覚を覚えた。


それが何だったのか、もう分からない。

だが僕がそれに触れた瞬間、“何かが終わり始めた”。

それだけは理解できた。


誰かがそれを起動しなければ、何も起きなかった。

ただ静かに、何万年もそこにあったのだ。

そして、僕がそれを“起動”してしまった。


――ミナ。

君が笑ったあの夜、僕は何を返せばよかったんだろう。

父さん、あなたはこれを見たのですか? 止められなかったのですか?


優しくあろうとした。誰かを救いたくて、それが一番だと思っていた。

……でも、それって結局、自分が傷つかないためだったのかもしれない。

僕は誰かを助けたかったのか?

それとも、父さんに近づきたかっただけなんだろうか。


空が、崩れていく。

世界が、音を立てて壊れていく。

人間の暮らしていた街も、誰かの記憶も、すべてが、まるでフィルムのように剥がれていった。


ミナのくれたマフラーが、今もどこかの荷物の中にある。

汚れてボロボロだけど、なぜか捨てられなかった。

……意味なんてないのに、こういうものだけが残っていくんだ。


――これは僕のせいじゃないって、

誰かが言ってくれたら、どれだけ楽だっただろうか。


そう呟いて、カイトの意識は闇の中へと沈んでいった。

人が何かを信じ、触れようとするたび、世界は少しずつ形を変える。

カイトの選択が間違いだったのかは、誰にも分からない。

けれど、あの静かな崩壊の音だけが、今も耳に残っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ