第九幕 リディア vs 真の転生主人公(自称)、物語の主役はどちら様?
「この物語は、自分のためにある」――そう信じる少年が現れました。
けれど、主役を“名乗る”ことと、主役として“歩む”ことは似て非なるもの。
今回は、物語における“自覚”と“覚悟”の違いを、リディア嬢が静かに問いかけます。
王立アカデミーの夜。図書館塔の最上階に、一通の書簡が残されていた。
> 『この物語は、あなたのものではない。世界が求めるのは、“本物の主人公”だ』
差出人の署名は、――シオン・クロフォード。
第三図書塔の幽霊とまで噂された、寡黙で目立たない生徒。その正体は、自らを“物語の主役”と認識する真性の転生者(自称)であった。
---
「……なるほど。ついに“自覚型主人公”まで出てまいりましたのね」
リディアは、朝のティータイムに紅茶を一口すすり、扇子を静かに畳んだ。
「“この世界は物語であり、自分こそがその本当の主人公だ”――そういうタイプ、いちばん厄介ですのよね」
---
その日の午後、学園中庭にて“公開討論会”が開催された。
討論者はリディアとシオン。開催理由は「物語の中心を担うにふさわしいのは誰か」という、極めて異様な内容だった。
観客は三百人を超え、生徒会・教師陣までが詰めかけていた。
---
シオンは静かに語る。
「僕は、この世界に使命をもって転生した。平凡な少年だった僕が、試練を乗り越え、仲間を得て、愛を知り、世界を変えていく――」
「ふむふむ、それで?」
「君のような、毒舌で上から目線な令嬢が“賢く振る舞って”優位に立とうとする姿を見ると、正直、物語としての整合性が破綻していると感じる」
「まぁ、整合性? それは面白いご指摘ですこと」
リディアはすっと立ち上がる。目は笑っていない。
---
「では問いますわ、シオン様」
「……?」
「その“物語”とやらの中で、貴方は一体、何を成し遂げられましたの?」
「……仲間を……助けて、剣術大会で準優勝して、マリア嬢に告白されて……」
「ええ、そこですの。“貴方自身の行動”ではなく、“他人から与えられた反応”ばかり。
世界を変える? では、そのために貴方は何を犠牲に? どんな責任を?」
観客たちの表情が変わる。
その場しのぎの“主人公幻想”が、静かにひび割れていく。
---
「そしてもう一つ。物語の主人公というのは、“誰かを踏み台にしなければ成立しない”ものではございません。」
「……!」
「貴方が“主役”でなければ他は脇役? それは傲慢以外の何者でもありませんわ。
わたくしは、貴方が主役か否かよりも――**“物語の主人公たるに値する覚悟があるか”**を問うておりますの」
---
シオンは、何も言えなかった。
周囲が静まり返り、やがて一人、拍手をした者がいた。それは、かつてリディアに毒舌で叱られたパンケーキ事件の元・男子生徒。
続いて、経済ごっこをしたクラウディア嬢も。
やがて拍手は広がり、学園中庭に響き渡った。
---
「リディア・ヴァンディール嬢。君は、今この討論会の中心にいる。けれどそれは“物語の中心を担う為”ではなく、正論に裏打ちされた言葉を紡いで、何が真実で正しいのかを僕たちに伝えてくれている。」
そう口にしたのは、生徒会長であり、実はリディアを密かに見守ってきた人物――
だが、それはまた別のお話。
---
その夜。
自室で一人紅茶を飲むリディアの背後に、執事のエルネストが静かに現れる。
「お疲れさまでございます。……ご自身が主役であるとは、お思いですか?」
「……いいえ。わたくし、そんな大層なものではございません。
ただ、この世界をまともにするために、正しいことをしたいだけですの」
扇子をそっと閉じて、彼女は言う。
「主役かどうかなんて、他人が決めればよろしいこと。わたくしは、ただ――」
「この世界で起こる、くだらないテンプレから巻き込まれる被害者救う女でございますわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
“主役”とは、自分の名前が光を浴びることではなく、誰かのために責任を引き受けること。
リディア嬢はその姿勢で、また一人の幻想を静かに解いてみせました。
次章はいよいよ最終章――
誰もが主役である世界へ。どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。