第六幕 ご縁はご丁寧にお断り申し上げますわ
今回は、“望まぬ縁談”に対して令嬢がどう振る舞うべきか、実地でご覧にいれますわ。
恋も婚姻も、“誰かの物語の都合”で決められる時代は、終わりましたの。
「リディア様。突然で恐縮ですが――リディア様に、縁談のお話が来ております。」
朝の紅茶を啜るひととき。執事のエルネストが、涼しい顔で言ってのけた。
「まあ。それはそれは。“また”どこのお家ですの?」
「今回は王家より。第三王子、レイモンド・アストル殿下とのご縁談でございます」
……なるほど、いよいよ来ましたのね。
“使い古された乙女ゲームテンプレ:政略結婚&断罪ルート”
王子、婚約者、誤解、ヒロインによる横取り、舞踏会での断罪イベント。
もはや様式美。
「陛下からのお申し出とのこと。曰く、“息子が平民で平凡な少女に恋したが、婚約者が決まらず困っている”と――」
「まぁまぁまぁ……ずいぶんと古典的な展開ですこと」
私は扇子で口元を隠しつつ、涼やかに笑う。
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その日の午後。私、リディア・ヴァンディールは、招かれるまま王子主催の“茶会”に出席していた。
同席していたのは、件の“平凡で可憐な平民の少女”――マリア嬢。
見た目は儚げ、喋り出すと自己肯定感爆上げ、ついでに紅茶をこぼして王子に拭かせる、までがワンセット。
王子が口を開いた。
「リディア嬢。あなたには申し訳ないが、私は……マリアとともに生きたいと思っている」
「……ご自由にどうぞ?」
「……え?」
「ですから、どうぞご自由に。私、貴方様と結婚なぞ、望んでおりませんので」
「そ、そんなっ……でも、君には“貴族としての責任”が――」
「殿下、責任とは“自ら果たすもの”であって、他人に押しつけるための言葉ではございませんのよ?」
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王子は明らかに動揺し、マリア嬢は目を丸くしていた。
「……わ、私は……ただ殿下の側にいたいだけで……。本当に婚約の邪魔など望んでいませんっ」
あら? 台詞が急に軟化しましたわね。
私は静かに彼女に近づいて、囁く。
「“婚約者候補に嫌われるように仕向けて、自然に縁談を破棄に誘導する”――ええ、よくある手でございます」
「……!」
「でも、もう時代は変わりましたの。“平凡ヒロイン”の武器は、鈍感と涙だけでは通用いたしませんわ」
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会場全体が静まり返る中、私は立ち上がった。
「王子殿下。このたびの“ご縁”の件――ご丁寧にお断り申し上げますわ。
私には、もっと有意義に時間を使う予定がございますの。例えば、“学園の魔法理論講座の再編”とか、“転生者倫理教育の導入”とか」
「……それは、君の立場としてどうなのだ!」
「ですから私は、“立場”で動く令嬢ではなく、“知性と信念”で行動する公爵令嬢ですの」
私は優雅に一礼し、扇子をふわりと開く。
「殿下にふさわしい伴侶が見つかりますよう、心より――祈ってなどおりませんが、形だけは祈っておきますわね?」
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退席のあと、私はふう、とひと息。
扇子の陰で笑みをこぼしながら、独りごちる。
「まったく。“ヒロインの横入りで婚約破棄”って……何年ループすれば学習なさるのかしら?」
ご覧いただきありがとうございました。
“政略結婚”というテンプレートに、リディア嬢は一礼しつつ、静かに扉を閉めました。
主役であることを主張するより、“自分の意志で選ぶ”ことの方が、ずっと尊く美しい。
次章、第7章では、転生覚醒を装う“第二波ヒロイン様”が登場いたします。どうぞお覚悟を。




