第五幕 転生テンプレ、製造元を叩きますわ
お芝居の幕が下りたと思えば、次の役者がそっと登場する。
けれど、“テンプレ”という台本は、もう使い回しの限界ですわ。
物語の舞台には、今度こそ“知性”が必要ですのよ?
文化祭閉幕の翌日、王立アカデミーの空気は一変していた。
「転生者、また増えたって……?」
「はい。第三特別区にて、今週に入ってからだけでも五名。“記憶の覚醒”に加え、“自称・地球由来アイテムの発明”と、判で押したような症状が確認されております」
生徒会執務室。集められた記録書類を前に、私は扇子を閉じてため息をつく。
「ふう……もはや異世界転生は“自然発生”ではなく、“意図的な輸入”と見た方がよろしいようですわね」
---
その日の午後、学院に王国情報局の密偵が姿を現す。
「お初にお目にかかります、リディア嬢。――あなたに協力をお願いしたく参上いたしました」
「まあ、それは光栄なこと。けれど私、あいにく戦闘職ではございませんのよ?」
「いえ。あなたのような《転生構文通訳能力者》は、いま最も求められております。というのも――」
男が差し出した地図には、“王都郊外の旧遺跡”が赤く記されていた。
「この遺跡、どうやら《転生者送り込みのゲート》になっている可能性があります」
「まぁ。そんな都合のいい出入口が、いけしゃあしゃあと稼働しておりましたの?」
男は頷いた。
「内部からは《転生候補者の記憶登録ファイル》と推定される魔道端末も見つかりました。“異世界テンプレ”の元データが、遺跡で製造・配布されていたのです」
私は、扇子を閉じると静かに言った。
「……要するに、“転生ざまぁ劇場”の脚本家がそこにいる、ということですのね?」
---
そして、遺跡内部――
「よくぞお越しくださいました、リディア・ヴァンディール嬢」
現れたのは、蒼銀のローブに身を包んだ魔導士風の男。
「この世界は、停滞しております。知識も、文化も。ですから我々は、《別世界からの知恵》をもって、世界を変えようとしていたのです」
「ふふ……なるほど。異世界テンプレを、意図的に“投与”していたのですわね?」
「ええ。そしてその構成要素は、こうです」
男が魔道端末を起動すると、空中に浮かび上がるテンプレ一覧。
> ・婚約破棄(初期イベント)
・逆ハーレム(中盤導入)
・魔法覚醒(盛り上げ要素)
・ざまぁ(感情ピーク)
・“実は私、前世が~”(自己正当化)
「……ひとつお聞きしてよろしいかしら?」
「なんでしょう?」
「このテンプレ、どこで笑えばよろしいのかしら?」
「……えっ?」
「申し訳ございませんが、その“物語生成装置”――センスが平成中期で止まっておりますわよ?」
私はすっと魔道短剣を取り出す。
ええ、戦闘職ではありません。でも、私にはこれがある。
《転生構文分解》――“都合主義に宿る魔力の、源流を暴き切る”
魔道端末が、私の一撃で光を失った瞬間――
「なっ……記憶ファイルが……!」
「ごきげんよう。転生者様方、今日からは自前の努力でお過ごし遊ばせ?」
---
遺跡が沈黙したあと。
私は最後に、情報局の男に問いかける。
「この事件、記録に残しますか? それとも“夢だった”ことに?」
「すべては、あなたの判断にお任せします。リディア嬢。……あなたのような存在こそが、いまのこの世界には必要なのかもしれません」
「まぁ。では一言だけ、申し上げておきましょうか」
私は微笑んで、扇子を開く。
「誰かの物語を奪ってまで輝こうとするなら――その光は、いずれ自分を焼き尽くしますのよ」
お読みいただき、ありがとうございました。
今回は、転生ヒロイン劇の終焉と、次なる転生者の予兆が交錯する“静かな転換点”でした。
物語を動かすのは“主役”ではなく、“学び続ける意志”――
次章、第6章では、ついにリディア嬢に“婚約”というテンプレが迫ります。
上品に断固お断りいたしますので、どうぞお楽しみに。