第二幕 ご都合主義の上塗りは、おやめ遊ばせ
“かわいそう”の盾を掲げて迫る転生ヒロイン様――けれどその裏にある本音、見逃しませんわ。
涙も演技も、テンプレ通りでは通用しない。
今回も、公爵令嬢リディアが、上品に、そして華麗にお答えいたします。
「どうしてそんな酷いことを言うんですか!? 私はただ……皆に美味しいものを食べてほしくて……!」
クラリス・ナナミ・ユメミリア嬢(※以降、“ヒロイン様”)は、きらきらと大粒の涙をこぼしながら、教室の真ん中で声を張り上げた。
周囲の男子生徒たちは、彼女の演技にまんまと感化されているようだ。うっとりとした瞳で、「ナナミちゃんって優しいよな……」「あんなに純粋なのに……」などと、薄っぺらな共感を重ねている。
あらあら、皆様。そろそろ目を覚ましていただいてもよろしくてよ?
「美味しいもの……ねえ。ええ、私も召し上がりましたわ。“パンケーキ”なるものを。……あら、でもそれ、厨房のラルフさんのレシピと寸分違わぬ配合でしたわよ?」
「えっ……」
「しかも、使用していた粉――学園指定の備蓄品を、勝手に持ち出していらっしゃったとか? ヒロイン様ともあろうお方が、まさかとは思いますけれど、“許可なく”ということはございませんわよね?」
その瞬間、教室の空気が、ひゅうと冷える。
男子生徒たちはそそくさと目を逸らし、女子たちは「やっぱり……」とささやき始めた。
「私……それは……その、知らなくて……っ」
「知らなかった? まあ、それはそれは――ご都合主義の免罪符でいらっしゃるのね?」
私、リディア・ヴァンディール。影が薄いのは長所でございますわ。観察には最適ですもの。
そして何より、私には“特技”があるの。
《異世界構文翻訳》
前世の知識から、転生者の言動や行動を即座に“都合よく変換されたスローガン”から“現実の意味”に翻訳できる能力でございます。
例)
「皆を笑顔にしたい」→(自分が目立ちたい)
「努力しているだけなんです」→(知識チートで楽してるだけ)
「優しくされたい」→(チヤホヤされたい)
「イジメられてるの」→(可哀想なわたし)
……ええ、もう、全部バレてますの。
「ヒロイン様。貴女が目指している“ざまぁ”劇場は、ご自身が善人であることを前提にしていらっしゃいますのね。けれど、あいにく――」
私はすっと手を上げると、学園長の魔法通信水晶を掲げる。
「――こちらに、厨房スタッフからの抗議と、材料の持ち出しログ、そして衛生基準違反による調査記録が、届いておりますわ」
「……!」
ヒロイン様の顔が、みるみる蒼白になっていく。
「まあまあ。たかがパンケーキですものね。ごめんなさいって言えば、許されるとお思いでしょうけれど……学園の規則って、そんなに甘くてよろしくて?」
「そ、それは……っ!」
ヒロイン様が口ごもるその横で、男子の一人がぽつりとつぶやいた。
「ナナミちゃん……最初から全部、演技だったのか……?」
続いて、もう一人が。
「俺、ラルフさんのパンケーキ、昔から好きだったのに……あれが“自分のレシピ”って……」
……あら。おやおや。
“ざまぁ”って、こういう時に起こるのですわ。
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私はすっと振り返り、立ち尽くすヒロイン様に、にこりと笑みを向ける。
「ねえ、ヒロイン様。“周囲に誤解されて孤立する私”って、好きな展開でしょう? いま、まさにその最中にいらっしゃいますの。おめでとうございますわ」
「……っ、あなた、ただのモブ公爵令嬢のくせに……!」
「はい。その“くせに”という言葉――まさに、貴女が私たちを見下している証ですわね。自覚はなかったのでしょうけれど」
あらあら。表情が崩れて、そろそろ涙の演技すら維持できなくなっていらっしゃる。
そんなあなたに、最後の仕上げを差し上げましょう。
「それではヒロイン様。今後は、“学園食堂・皿洗い係”として、精進なさってくださいましね? “転生者にありがちな労働忌避”――学園では通用いたしませんの」
ご覧いただき、ありがとうございました。
今回のテーマは“都合よく作られた被害者像”の解体でした。
リディア嬢のツッコミは毒舌ではなく、あくまで“気品ある正論”ですわ。
次回はいよいよ、ヒロイン様が“ざまぁ返し”を仕掛けてくる予感――どうぞご期待くださいませ。