第十幕 テンプレなき世界で、私は微笑む
“ざまぁ”のその先に、何が残るのか。
間違いに気づくこと、他者から学ぶこと、自分で選びなおすこと――
それは誰にとっても、物語の主人公になるための最初の一歩。
最終章、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
春の終わり、学園の庭に風が吹く。
新芽が伸び、花はそっと綻び、人々の心もまた――知らぬ間に育っていた。
王立アカデミーでは、かつてのような“テンプレ転生騒動”は次第に影を潜めていた。
だが、それは――**“皆が学び、気づいたから”**である。
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「リディア様。“マリア嬢とクラウディア嬢による『転生者と魔導社会の共生について』の公開講座、満員だったそうです」
「まぁ、それは素敵なことですわね」
執事エルネストの報告に、私は紅茶を口に運びながら静かに頷く。
「“転生者”という言葉に、かつては特権の香りがついておりました。
けれどいまは、“知識を持つ者は、他者のためにどう活かすか”が問われておりますわ」
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学園内では、ざまぁ騒動に揺れた元ヒロインたちが、いまや自らの力で歩き出していた。
◆クラウディア嬢は、“魔導ビジネス倫理”の研究を始め、失敗した事業を分析し直す論文を提出。
◆マリア嬢は、地味ながら魔法薬の改良に取り組み、保健室の補助役として信頼されていた。
◆シオンは、「物語の主役とは“他者を動かす人間”ではなく、“他者と共に動ける人間”である」と語り、討論部の部長になった。
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そして教師たちもまた変わっていた。
「“テンプレのような成功”を追うな。失敗こそが物語を紡ぐ鍵だ。君たちは、誰かの脇役で終わる存在じゃない。自分の選択で、自分が主人公の自分の章を書いていけ」
魔法史のグレン先生が、板書にそう記す。
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私、リディア・ヴァンディールはというと、静かに学園の中庭を歩きながら、生徒たちの姿を眺めていた。
パンケーキ事件に巻き込まれた少年たちは、今や調理部で活動を始めている。
文化祭で私劇にされたヒロイン様は、いまでは脚本監修を担当している。
「……成長なさったのね。皆様」
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かつて“ざまぁ”は、痛快で一方的な断罪だった。
だが今は違う。
誰かの間違いを嗤うのではなく、誰かの間違いから“共に学ぶ”。
それが、この学園の新しい“ざまぁ”の定義になったのだ。
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夕暮れの校舎前。
新しく赴任してきた教師が言った。
「君は、何者なんだい? あれだけの騒動を乗り越えたのに、まだ中心に立とうとしない。君こそ、主人公だったんじゃないのか?」
私は、ふと微笑んで答える。
「物語に“主役”など、もはや必要ありませんわ」
「……?」
「一人ひとりが、自分の物語の主人公。
誰かの正義に従うだけの脇役ではなく、選び、迷い、成長すること――それこそが、この世界における物語でございます。」
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最後に。
王立アカデミーの入学式に集う新入生たちへ、私は講堂でこう語った。
「皆さま、王立アカデミーへようこそ。今期生徒会長を就任いたしましたリディア・エグランティーヌ・ヴァンディールと申します。
これから歩まれる日々は、決して自身が思うような完璧な道ではございません。この学園で、正しいこと、間違っていることを学び見極め、
知識と力を“自分のため”だけでなく“誰かのため”にも使えるようになったとき――
あなたの物語は、ようやく本当の一歩を刻むのです。皆さまはご自身の物語の主人公です。道を外しそうになりましたら、わたくしが正論で論破いたしますので、ご安心して下さいませ。」
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誰もが笑い、少しずつ前を向いている。
テンプレの時代は、終わった。
けれど、それでいい。
だって人生とは、未完成であるからこそ――美しいのですから。
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[完]
ここまで物語をお読みいただき、誠にありがとうございました。
テンプレに頼らず、自ら考え、選び、成長する世界。
リディア嬢の姿は、決して“正しさを押しつける者”ではなく、“問いを差し出す者”でした。
誰もが自分の物語を歩けるように――
そんなささやかな願いが、あなたの中にも届いていたら幸いです。
また、どこかの物語でお会いできますように。




