・大商家ロートシルトの消失
常々、私はこう思うのよ、ナユタ。
もしかしたらこの世界は、強盗よりも詐欺師の方がずっと多いのではないかしら、と。
脅して物を奪い取るのが強盗。
騙して物を奪い取るのが詐欺師。
強盗は目に見えるけれど、詐欺師は見た目だけではわからないわ。
それに、こう考えたことはある?
私たちは今も誰かに騙されている。
騙されていることに気付いていないだけで、知らず知らずのうちに少しずつ、何かを奪われている。
私たちはその事実に、ただ気付いていないだけ。
え、ギルバード様?
彼らのことはもういいの。
だって貴方があんなにも鮮やかに、やっつけてくれたのだから。
あなたは最高の鎮痛剤を処方してくれたわ。
傷の痛みも、裏切られた悲しみも、あなたの逆転劇を思い出すと、なんでもありはしないわ。
あなたは知恵と立ち回りを駆使して、見事にクライアントを守り抜いた。
それはあのロートシルト家のご令嬢【フロリー・ロートシルト】にまつわる事件でもそうだったわね。
あの事件でもまた、あなたは武力に劣る身だというのに、屈することなく依頼人フロリーを守り抜いた。
詐欺師の魔の手から。
詐欺師というのは本当に厄介な存在ね。
最初から刃を向けて犯行を予告してくれる分、強盗の方がまだ紳士的であると私は思うわ。
だってそうでしょう。
これからあなたから物を奪いますと、予告してくれるのよ。
何も言わずに奪ってゆく詐欺師より、よっぽど紳士ではないかしら。
さて……。
そろそろ物語を始めましょうか。
私自慢の天使様ナユタ・アポリオンと、あの可哀想なフロリー・ロートシルトの物語を。
ナユタの知っての通り、大商人ロートシルト家は裕福だった。
私たちが移り住んだこの町、森と花の町イエローガーデンで、一二を争うほどのとても裕福な商家だった。
けれどもその大きな富が災いとなってしまったのね。
未亡人アムネシア・ロートシルトは、再婚相手である役者のエドマンドの本性を見抜けなかった。
きっとアムネシアは、娘のためを思って再婚したのではないかしら。
けれどその夫エドマンドが娘フロリーを苦しめる原因になろうとは、夢にも思わなかったでしょう。
とても、恐ろしいことなのだけれど……。
詐欺師というものは、善人になりすます達人なのだから。
見抜けなくて当然ね。
心が弱っていたのなら、なおさらよ。
哀れな未亡人はアムネシアの目には、町で一番の役者であるエドマンドは、さぞ素敵な男性に映ったでしょう。
私の目から見てもエドマンドはなかなかの男前のおじさまで、それに大劇場のご意見番とまで呼ばれていた評判の男だもの。
そのエドマンドが、まさか他でもないロートシルト家を乗っ取るために自分に近付いてきただなんて、そんなことアムネシアは信じたくはなかったでしょうよ。
……その、死の寸前までは。
最後に彼女はエドマンドの本性に気付き、目を覚ましたのね。
そして彼女は我が子フロリーのために、あの遺言書を書き残し……。
あの痛快なる結末に導いたの。
私自慢のやさしくて賢い共同経営者、預かり所のナユタ・アポリオンの大活躍によって。
この閉ざされた安息の地に新たなお客様が訪れるたびに、私はこの事件をお客様に語らずはいられないわ。
私の大切な相棒ナユタは、執行を司る天使であったと。
さて。それではナユタ・アポリオンと、フロリー・ロートシルトの物語のはじまり、はじまり。
昔々、人と花のあふれる美しい町イエローガーデンに、フロリーという名の可哀想な女の子がいました。
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