・エピローグ 敵≒顧客 3/4
僕たちはイエローガーデンを捨てて、別の町へと移り住むことになった。
これまで町の人から預かった品物を返却し、契約を履行できなかったお詫びに、ささやかな賠償をした。
ところが僕たちが町を去ろうとしていると、この地の領主ゴーモウル侯爵が接触してきた。
彼は僕たちにこう言った。
『去るのはいいが、労働者たちのために商会と畑を元の場所に戻してもらいたい』と。
「厚かましい要求だね。どうしてフロリーさんを助けようともしてくれなかった人たちの、生活をフロリーさんが守らなければいけないの?」
「多くの者が仕事を失い、毎日の食事もままらなくなっている。どうしてもダメかね?」
フロリーさんは迷い、僕はその要求を代わりに突っぱねた。
ゴーモウル侯爵は信用ならない。
彼はエドマンドの仲間だった男だ。
到底、善意だけで行動する人間とは思えない。
「侯爵様が新しい商会を立てればいいじゃないですか。フロリーさんを守らなかったのに、どうしてフロリーさんに守らせるの?」
「ナユタ殿。私としては、君とは対立したくないのだがな。左大臣殿も君のことを大変高く評価している」
ゴーモウル侯爵はアッシュブロンドが特徴的なキザなおじさんだ。
言葉の端々から傲慢さがにじみ出すような、とても恐い雰囲気の人だった。
「……はぁっっ。あんなこと、するんじゃなかったよ……」
「わかった、ロートシルト家との和解は諦めよう。甚だしい痛手だが、私の自業自得だ。だが、ゴーモウル侯爵家はいつでも君の味方だ。私も、君にはとても助けられたからね」
そんな彼が僕にやさしく笑った。
「え…………?」
「ハゲ殿は話のわかる男だ。いや、ゲハ殿だったか。彼のビジネスは個性的だ」
「ま、まさか、それって……」
「まあ、善意の第三者が手助けをしてくれなければ、かなり危ういところだったがね。皆、感謝しているのだよ、君には」
「は、はぁぁぁ……っっ。あの人とは、もう2度取引したくない……」
あの質屋の隠し倉庫にあった品々には、彼の口振りからして、このゴーモウル侯爵の物も混じっていたようだ。
僕は知らず知らずのうちに、敵を助けてしまっていた。
「では、何か隠したい物がある時は、君を訪ねるとしよう。君は私が大嫌いなようだが、私は君が大好きだ。ぜひ友人になりたい」
僕には弱点がある。
僕は僕の力を制御できない。
もし依頼されたら、要求を飲んでしまうことになる。
「ナユタ様が困っておられます。お引き取りを、ゴーモウル侯爵」
「ふむ、君か……。……悪かったな、フロリーくん。たかが小娘と君を侮っていたよ」
「お引き取りを」
「君をエドマンドに虐待させたかったわけではないのだ。ただ私は、たかが小娘の人生など、どうでもよかったのだ、すまん」
やっとゴーモウル侯爵が帰ってくれると、僕とフロリーさんは引っ越しで空っぽになった店で、一緒にため息を吐いた。
絶対にあれと、友人になんてなりたくなかった。
『新しい町に移れば気分も晴れるわ。さあ行きましょ』
僕たちは今日までお世話になった店から立ち退き、町の馬車駅に向かった。
新しい町で、新しい店を開くために。
今日は朝から日差しが暖かかったので、ホロのない安い馬車を選んで、僕たちは麗らかな日差しに照らされながら出立した。
「え、質屋……? あんなことがあったのに……?」
「あれは質屋の負の側面です。確かに脱税に使えてしまいますが、それは使えなくしてしまえば、いいだけのこと」
「それはそうだけど……」
「幸い、わたしにはロートシルト家の莫大な財があります。これを使わずに隠し持つというのも、世の中によろしくありません」
「そうなの……?」
「ええ、多少の不景気を招きます。そこで、質屋です。こちらは質草を受け取り、相手方には余っているお金を渡すのです」
つまり金貸し。
僕は歩く質屋にして銀行だった。
困ったことに預かり屋として看板を吊すより、お客さんが確実にやってきそうな商売だ……。
「なんとこの質屋さんは防犯が完璧なのです。悪者はお金を盗み出すことも、倉庫の質草を荒らすこともできません」
『ナユタが襲われても、私が悪党を剣の錆にしてしまうものね。さらにフロリーの非凡な商才……完璧ね』
それは止めて。
お願いだから、無茶はしないで。




