・エピローグ 大商家ロートシルトの消失 1/4
・倉庫番のリアナ
こうしてフロリー・ロートシルトは全てを取り戻し、新しい家族と共に、幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし……。
あの子はその後のエドマンドたちの末路なんて、知りたがろうともしないでしょうね。
あの子は物事の綺麗な部分をよく好み、汚い部分には目をそむけたがるところがあるもの。
ここから先は、ナユタが知らない物語。
エドマンド一家は、丸裸で屋敷跡に取り残され、まあ当然でしょうが、とても難儀したようね。
何せ裸だもの。
おまけに建物が突然消えてしまえば、近所から人が集まってきて当然よ。
高級住宅街で一二を争う立派なお屋敷で暮らす一家が、ある日突然、服も屋敷も失った。
さぞ屈辱だったでしょうね。
エドマンドは後で金を払うからと、恥を忍んで隣人にシャツとズボンを借り、ロートシルト家が運営する小売店を訪ねた。
「通りを……間違えたか……?」
「いやあってんよっ!? ここがうちの店ジャンッ!? 店……なんかないけどよー……」
店が消えていた。
「ま、まさか……っ」
「オ、オヤジィーッ!?」
次に彼らはロートシルトの商館を訪ねた。
そこにある商品と金があれば生活に困らない。
商会さえ無事ならまた財をなせる。
「ああ、旦那様! 見ての通りでございます! 全て! 全てが突然、光となり消えてしまいました!」
「オ、オヤジィィ……? ヤ、ヤバ、ヤバくね……?」
不思議なのは、これまでのナユタの力を超越していることね。
ここまでの広範囲に影響を及ぼすなんて、私の知る限り1度もなかった。
あの子が成長したのか、フロリーがどうしても財産を渡したくなかったのか、私にはどちらかわからないわ。
「アアタ! 領主っ、領主様を頼ったらどうよっ!? フロリーとあのお子様を片付けるように、あの陰険男に頼むのよおーっ!」
「クソババァ頭いいジャン! そうしようぜぇ、オヤジィーッ!」
彼らは領主の屋敷を訪ねた。
この時点で不安を抱えていたのは、猜疑心の強いエドマンドだけだった。
「それは大変だったな、エドマンドくん」
「あ、ああ……。どうかゴーモウル侯爵殿の力で、奪われた物を……」
「フ……取り返せと言われても、いったいどうやってだね?」
「あのガキを捕らえてっ、ゴーモンすればいいジャーン!?」
「それは無理だ。都の左大臣によると、その少年の中には、あの勇者リアナが潜んでいるそうだ。もし手を出せば、死体の山が築かれることになろう」
「ソレ、マジ……? あ、それにあいつ……なんか、不死身……っぽかったジャン……?」
彼らは誤解したわ。
その恐ろしい天使の末裔は、不死身であるので実力行使は意味がないと。
そう誤解しても無理もないわ。
あの時のナユタは、私の目からも不死身そのものに見えたもの。
戦う力を持たないのに、知恵と言葉で張り合うあの子の姿は、心臓に悪かったけれど刺激的だった。
「ところでエドマンドくん、手持ちはどれほど残っているのだね?」
「そ、それは……っ」
「0だってのーっ! フロリーに全部――」
バカな息子なんて持つものじゃないわね。
「ベリオルッ、黙らっしゃい! ア、アタシたち、まだたんまりもってますのよぉー、オホホホッ!」
ベリオルの失言はゴーモウル侯爵の気を変えた。
再起が可能ならばエドマンドを支援し、そうでなかったら捨てる腹だったのね。
「君は、左大臣への口利きを頼んだな。まず、あれの工作費を払えることを証明してもらいたい」
「ゴーモウル……貴様、この私を、切り捨てるつもりなのか……?」
「元役者風情が何を言う。金が払えなければ、我々の友人関係は終わりだ。これで議会の王党派とも、余計な対立をせずに済む」
「き、貴様……っ!」
「ベリオルを捕らえろ」
「へ、俺ぇっ!?」
「社会を舐め切ったこのデブは、お前が金を支払うまでこちらで預かる。まずは我が軍に預けて、叩き直すことにしよう」
エドマンド夫妻は屋敷から追い出され、ベリオルは侯爵の私兵に預けられた。
それはもしかしたら、侯爵なりの情けだったかもしれないわね。
今さらエドマンドが金を取り返せるとは到底思えないもの。
「俺様ーっっ、どうなっちゃうジャーン?!!」
「毎日身体を動かせて、完全燃焼できる男らしい職場を与えよう。あの両親と同行するよりは、まだマシだぞ」
「オ、オヤジたち、どうなるジャン……?」
「……闇に飲まれる」
「闇……?」
「己が闇だ」




