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・執行の天使が微笑む日 - 物乞い→契約成立 -



 フロリー・ロートシルトは敵に背中を見せることを恐れずに前進した。

 彼女はエントランスホール正面にある大扉をダンッと叩き開き、その先にある応接間へと突入した。


 その毅然と伸ばされた背中を、僕は背後からの不意打ちに警戒しながら追った。


 そしてすぐに、彼女がこの部屋を選んだことを理解した。

 そのいやに広い応接間は、まるでロートシルト家の財力を誇示するために存在しているかのような場所だった。


 応接間には家の力を誇示するかのように、数々の名品が各所に飾り立てられている。


 黄金の弓に、黄金の秤。

 美しい女性の裸婦画や、年代物の火酒。

 艶やかな黒檀のテーブルにイス。

 純白の白磁の食器が収められた大きな棚。

 サファイア原石を使った妙なる女神像。


 目に付く物全てを彼女は指さすと、僕にこう命じた。


「ここにはもう、何一つ置いておきたくないの。天使様、ここにある全てを、預かって」


 そう彼女が命じるだけで、全てが光の粒子となり僕の中に消えた。

 後に残ったの広さだけが取り柄の、絨毯も壁紙も何もなくなった粗末な空き部屋だけだ。


「ア、アタシの、アタシの白磁のティーセットがぁ……ッ?!」

「ババァッ、大丈夫かよ、おぃぃっ!?」


 エドマンドたちはこの追い打ちに激しく動揺した。

 彼らは顔面を蒼白にして、このあまりに一方的な力に恐怖していた。


「リドリー、話し合おう……! これでは美しい屋敷が台無しだ! お前はただ利用されているだけだ! お前はそこの青年に騙されているのだっ!」


 人を疑心暗鬼にして己の目的を達成する。

 詐欺師らしいやり方だ。


 しかしフロリー・ロートシルトは迷わない。

 彼女は母の仇エドマンドの視線を毅然とした姿で跳ね返した。


「エドマンドお義父様。わたしはわたしの物を取り返しているだけです。お母様を殺したあなたには、何一つ渡さない」

「私の話を聞いてくれ、フロリー」


「お断りします。ロートシルトの者は、決して詐欺師とは取り引きいたしません」


 キッパリと彼女が交渉を拒むと、下手に出ていたエドマンドの形相が歪んだ。


「どうしても……どうしても、考え直す気はないのか、フロリー?」

「あなたもロートシルトの商人として生きたのならわかるでしょう。もはや交渉の余地なんて、どこにも、ありません」


「そうか……。ならば……仕方ない……」


 行き詰まった彼らが次に何をするか。

 それもまた、既にリアナ様に予言されていた。


 敵は必ず暴力に出る。

 僕たちを殺せば問題が片付くと、そう勘違いをする。

 ナユタ・アポリオンの中に、勇者リアナが潜んでいるとも知らずに、実力行使に出る。


 けれど殺害は不可能だ。

 彼らは僕を絶対に殺せない。絶対にだ。


 それはリアナ様が僕を守護して下さっているからではなく、別の理由からだった。


「死ねェェッッ小僧ッッッッ!!」


 たとえ、隙に乗じて厨房から手に入れてきたクッキングナイフで、ナユタ・アポリオンの心臓を刺そうとしても、エドマンドは傷一つ与えられない。


 あの裏切り者のギルバードがそうであったように。

 やはり、甲は乙を殺害できなかった。


「何をやってるのっ、エドマンドッッ、そんな疫病神ッ、早く殺してちょうだいっ!!」

「オ、オヤジが殺らないならっ、お、おおっ、俺様が殺してやんよぉっ、か、貸せっ、オヤジ!! おら死ねっタコォッ!!」


 ベリオルは父親からクッキングナイフを奪い、ややもたつきながら僕の首を薙いだ。

 フロリーさんから小さな悲鳴が聞こえたけれど、やはりなんでもない。


 甲は乙を殺害できなかった。


「な……なんで……なんで殺せねぇのぉっっ!? し、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、お前なんて死刑だっ!! 死刑だ死刑だ死刑だ死刑だ教育だ死刑だァァーッッ!!」


 取り扱いを間違って自分の手を斬ってしまうと、やっとベリオルは滅多刺しを止めた。

 醜いベリオルの醜態をフロリーさんは冷たく見下し、そして一言、こう命じた。


「ナユタ様、あの無粋なクッキングナイフも貴方に預けます」

「あ、ああっっ?!!」


 僕の力は命じられるがままにクッキングナイフを差し押さえた。

 刃物の消滅は、暴力ではこの執行者を倒せないと、そう彼らに印象付けるに十分だ。


 今、彼らに種明かしをしてやれないのは残念だけど……。

 あの時、物乞いに化けてエドマンドと契約しておいてよかった。


 おかげで彼に関係するあらゆる者は、契約者である僕を殺害することも、痛めつけることも、何もできなくなっていたのだから。


 それから僕は思った。

 リアナ様がおっしゃる通りだったと。


 保険は最後まで使わないからこそ保険なんだ。

 そしてその保険は最後まで手札に残しておけば、時として最強の切り札にも変わる。


 あの時、リアナ様が我が身を犠牲にして僕を守ってくれたことには、ちゃんと意味があった。


あと数話で終わります。

入れ替わりで新作を公開する予定でしたが、どうも間に合わなそうです。


本作と大きく異なる、明るく安心感のある転生ものです。

手応えのある仕上がりとなっておりますので、よければこちらも公開しましたら応援して下さい。


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