・執行の天使が微笑む日 - 権利者:差し押さえ -
「な、何っ、フロリーッ!?」
「お、おおっお前っ、何をしたんだよぉ、今ぁっ!?」
ここからでは顔は見えないけれど、フロリーさんの後ろ姿はとても堂々としていた。
わき役である僕はその後ろに控え、彼女の命令を静かに待った。
「役者とは名ばかりの、薄汚い女衒のエドマンド。よくもお母様の信頼を裏切り、浅ましくもその命を奪ってくれましたね」
自信を取り戻したフロリーさんの姿に、彼ら悪党はその豹変を受け止めきれず、しばし固まった。
フロリーさんの声色からは、深い怒りと、母を失った悲しみが入り交じっていた。
フロリーさんは裏切り者のエドマンドに母の遺言書を突き付けた。
さらにそこに、王の名の下にフロリー・ロートシルトに相続権を与える書類を加えてさらに突き出した。
「これは驚いた。まさかこんな激しい一面を隠し持っていたとは、ハハハハッ、女というのはやはり恐いものだ!」
それをエドマンドは笑い飛ばした。
「アアタ、そんな紙クズがなんだって言うの?」
「そうだぜー! お前がなんと言おうと、ここの領主はオヤジを当主と認めてんだ! んな紙切れ、ゴミだ、ゴミ!」
「遙々王都までご苦労なことねぇ! オホホホッ、ホント、バカな女ねぇ!」
彼らはふてぶてしくも居直った。
しかしフロリーさんは怒らない。
彼らの行動が、こちらの事前予想の範囲に収まっていたからだ。
「そういうことだ。権力はこちらにある。では教えてくれ、フロリー。そんな紙切れが、いったい、なんになるというのだ?」
「俺様の地下牢に幽閉してよーっ、死ぬまでもてあそんでやるよーっ!」
そう言われてもフロリーさんは臆さない。
彼女は僕の力を信じてくれている。
既に僕たちは勝利しているのだと。
負け犬はあちらで、僕たちこそが勝利者なのだと。
「ナユタ・アポリオン」
「はい、お客様。このたびはどのようなご用向きでしょう」
僕はフロリーさんの右後ろに進み、ひざまづいた。
彼女はかつてない大口のお客様だ。僕がそうするだけの価値が今の彼女にはある。
フロリー・ロートシルトは義父、義母、義兄の胸の辺りを指さし、僕にこう命じた。
「あの服は、ロートシルト家の富で買われた物。わたしにはその所有権がある」
「おいおい、そんな剣すら持てなそうなガキなんかより、俺様を頼れよーっ!?」
「ホホホホ、気でも触れたのぉ、フロリー?」
「預かって」
「はい、ご命令とあらば」
僕の融通の利かない力は、要求されるがままにその命令を遂行した。
すなわち彼らの衣服は、下着一糸残さずに光りとなり、僕の中に消えた。
……すごく、僕としては要らないのだけど。
「へ……? キャ、キャァァァーーッッ?!!」
「なっ、なっ、なっ、なっ、なんだよぉぉっこれぇぇーっっ?!!」
品のないおばちゃんの悲鳴と、豚の見苦しい絶叫と、言葉を失い後ずさる元役者の姿がなかなかに滑稽だった。
僕は、僕の力はこういうえげつない使い方もできたんだって、深く感動した。
『勝利確定ね。情はいらないわ、容赦なく、身包み全てをはがしなさい』
「もう、服は着ていないようですが」
『ふふっ、それもそうだったわね。ふふふふっ、素敵ね、この力……剣や魔法よりも圧倒的よ』
僕は立ち上がり、前に出て、種明かしを行った。
彼らの敵意を、念のため僕に向けておきたいのもあった。
この策に弱点があるとすれば、それは依頼人本人の身柄だ。
依頼人の口を封じられたら、僕は執行できない。
「き、貴様は……な、何者だ……っ?!」
「僕の正体については、報告がいっていなかったみたいだね」
「な、何者たというのだ、貴様はっっ!?」
「僕は、こういう者だよ……」
前髪の片方をどかし、あるべき場所に片目がないこの姿をさらした。
サシェから悲鳴が上がり、ベリオルが恐怖に後ずさった。
「僕はアポリオン族の最後の1人、ナユタ・アポリオン。勇者を支えるためだけに作られた、神の操り人形」
それが僕の古い肩書きだった。
だけど今は違う。
自由に、自分のためにこの力を使っている。
わき役なのは変わらないけど、助けたいと思った人を自分の意思で助けている。
「僕は依頼人に要求された品を、それがなんであろうとも、無尽蔵に預かることができる。……さしずめ今の僕は、執行を司る天使サリエルってところかな」
「天使……? 天使だとぉーっ!? お前よーっ、ちょっと顔が綺麗だからってよっ、ふざけやがってよーっ、このバーカッ!!」
ベリオルとサシェに知性は期待していない。
しかし詐欺師エドマンドは頭が回った。
「その力を使って、我々の服を、奪い取ったと……?」
「そう、依頼人がそう願ったからね。僕の力は融通が利かないんだ。命じられたら、その通りに遂行してしまう」
フロリーさんが右手で再び人差し指を作ると、目の前の悪党たちは震え上がった。
その力を使われたら何も残らない。
そのことに愚かなベリオルとサシェもやっと気付いた。
「ナユタ・アポリオン、あれと、あれと、あれと、あれもこれもそれも、あの辺りの全部をっ、預かって!」
「や、止めなさいっ、フロリーッッ!!」
エドマンドの巨大な肖像画。エントランスホールを飾りたてる巨大な深紅の絨毯。
瑠璃色の壺、黄金の燭台。立派な飾り布。立ち並ぶ甲冑。
全てがリアナ様のところに送られた。
綺麗に物が消えたエントランスホールに、全裸の悪人たちは言葉を失った。
これからさらに何が起こるのか、当然予想したことだろう。
全てだ。彼らは全てを奪い返される。
「止めろっ、返せっ、全部俺様たちのもんだっ! お前っ、何勝手なことしてんだよぉーっ!?」
「違うよ、ベリオル。君のお父さんはただの跡見人だ、正当なる所有者じゃない」
「だ、だから、なんだってんだよぉーっ!?」
「国王が特例を認め、相続権をフロリーさんに与えてしまった時点で、ロートシルト家の全ては、彼女の物になっていた。ということだよ」
フロリーさんは勝利した。
僕は彼女の持つ権利に則って、彼らから全てを差し押さえる。
彼らが僕たち勝つ方法は何一つなかった。
この地にフロリー・ロートシルトを導いてしまった時点で、全てが手遅れだった。




