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・執行の天使が微笑む日 - 僕:わき役→彼女:ヒーロー -

 こうして……。


 フロリー・ロートシルトは帰ってきた。

 裏切り者のエドマンドに奪われた己の屋敷に。


 雌伏の時はついに終わり、これより彼女の反撃が始まる。

 神に祈るばかりだった気弱な淑女は、この旅で勇気と希望を手に入れた。


 ナユタ・アポリオンの中に潜んでの長い旅、王都での紆余曲折を経験して、彼女は強くなった。

 あの臆病なフロリー・ロートシルトはもういない。


 彼女は勝利を確信し、これより全てを取り返すべく、現在も僕の中に潜んでいる。

 母を殺め、叔父を傷つけ、自分を奴隷同然にした憎い家族たちを、僕の瞳を通じて睨んでいる。


 僕、ナユタ・アポリオンは目論見通り、ロートシルト家まで護送された。

 そしてここエントランスホールにて、自称ロートシルトを名乗る一家の出迎えを受けた。


「あーーっ、やっぱりあんときのクソガキじゃーんっ!! お前ーっ、俺様の女をどこやったんだよぉーっ!」


 ベリオル・ロートシルト。

 エドマンドとその内縁の妻サシェの息子。

 フロリーさんの婚約者を気取り、数々の暴言を彼女に吐いた。


「お坊ちゃんを無視すんじゃねーよ、おめーっ!」

「お坊ちゃんはこう見えてヤベーんだぞーっ! お坊ちゃんはよーっ、ネズミに、えっっぐい……虐待をされるお方なんだからなーっ!」

「バラすんじゃねーよ、このバカコンビッ!」


 僕は硬い床にひざまづかされ、背後をあのチンピラコンビにふさがれている。


 だけど僕の心は穏やかだ。

 恐怖もなければ怒りもない。

 敗者への哀れみも。


 正義を執行できる誇らしさだけがこの胸にあった。


「あらかわいいじゃないの。うちのベリオルより、頭は悪そうだけれど……んふふっっ、かわいい子ねぇ……!」


 サシェ・ロートシルト。

 差し詰め義父エドマンドの裏切りの証そのもの、だろうか。


 母の他界に心を痛めるフロリーさんの前に、ベリオルと共に現れて、彼女に虐待の限りを尽くした。

 非常に陰湿な女性で、フロリーさんは何度も心ない言葉に傷つけられ、自信を失っていった。


 彼女にはなんの同情も感じない。

 サシェは言葉こそやわらかかったが、その言葉の裏からは悪意や侮蔑を秘めた棘を感じる。


「貴様がフロリーを焚き付けた張本人か。いや、違うな……。貴様の背後には誰がいる? フロリーはどこだ? 吐け、下郎っ!!」


 エドマンド・ロートシルト。

 全ての元凶。

 フロリーの母を殺め、義父の立場を利用してロートシルト家を乗っ取った。


 背が高く、中年だというのに全身が鍛え上げられていてたくましい。

 いかにも大物のように見えるのは、元芸人ならではの演技あってのことだろうか。


 この男はここイエローガーデンの領主や、闇組織とも深い繋がりがある。


「へっへーんっ、ビビって何もいえないのー!? バーカバーカッ、お尻ペンペーンッ!」

「なんとか言え! 貴様ごときの単独犯のはずがないっ、黒幕の名を吐けっ!」


 殴ると言う前に殴る男のビンタを、俺は後ろに飛び退いて避けた。


「あっ、すっっげーっっ!?」

「兄貴のビンタかわしたやつ、俺ら初めて見たぜぇー!?」

「貴様らはどっちの味方だ! そいつに何か喋らせろ!」


 喋れと言われたので、僕はせせら笑ってやった。

 リアナ様から見たらきっと、ナユタがグレたと思ってしまうくらい、態度の悪い笑い方だ。


 しかもその笑いは、自分で止めようにも止まらなかった。


「貴様、何がおかしいっ!! このエドマンドを、貴様ごときがなぜ笑うっ!?」


 そう叫ばれると、やっと笑いが止まった。

 彼らは猛獣で、僕は追い詰められたネズミ。

 彼らからすればそうであるはずだった。


 でも違う。だって僕は――


「この場において、僕は――ただのわき役なんだ」

「ほう……役者である私に、役ときたか。ならば、主演はもちろん、このエドマンドであるか?」


「そうだね、ある意味でそうだ。でも、この舞台におけるヒーローは僕でもあなたでもない」

「俺ジャンッッ!?」


「フロリー・ロートシルトだよ」


 舞台は整った。

 フロリーさんはもうこんなやつらに屈しない。

 これより始まるは断罪劇。


 裁かれるのはエドマンドおよびその妻と息子。

 裁くのは、もちろん、フロリー・ロートシルトその人だ。


「アッハッハッハッハッ、アアタ、あの負け犬に何ができるって言うんだい!? 臆病で、卑屈で、祈るばかりで何もしないあんな弱い子が、アタシたちを裁くですってぇー!?」


「やれるもんならやってみやがれよ、バーカッ! あんな女、俺様はちっとも恐くねーっ!」


 かつてのフロリーさんなら、ここに姿を現すことを躊躇しただろう。

 けれど今のフロリーさんは違う。

 全てを取り返すために、断罪のために彼女は僕に返却を命じた。


 僕はそれに応え、フロリー・ロートシルトを蝶に変え、この舞台へと登場させた。

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