・芳醇なるサイドビジネス - パンツ→洗濯 -
「こんなことを言うと町長失格かもしれませんが、お話をいただけてまことに助かりました。王都の問屋に契約を反故にされて、ほとほと困り果てていたところでして、はぁ……」
「お力になれて私どもも光栄ですわ。ではナユリン様、代金を」
代金を支払うのは厳密には僕ではない。リアナ様だ。
リアナ様は僕に品物の返却を要求し、僕は要求された物を手のひらの中に取り出した。
それは小さな砂金袋だ。
祖国エルソラスを密かに去る寸前の夜に、それに気付いたエルソラス王がくれた餞別だった。
それを僕とリアナ様は、リアナ様の名義で共有した。
倉庫世界に眠る数々のアーティファクトや莫大な財宝は取り出せないけれど、この方法ならば外の世界にいる僕を介して品物を取り出せた。
……ちなみにだけど、説明する必要なんてないかもしれないけど、ナユリンとは、僕のことだ……。
「一袋、黄金100g分あります。お確かめを」
町長が持つ天秤を使って、購入金額分の砂金を支払った。
取引が済むとワインセラーに案内され、購入したワインの樽をまとめてもらった。
「別料金となりますが、よろしければ町の者に運ばせますか? ……なっ、なっ、なっ、んなぁぁぁ……っっ?!!」
町長さんは腰を抜かした。
ああ見えてイタズラ好きなリアナ様が、彼の目の前で僕に命じたからだ。
僕と共同購入したこの大きなワイン樽を、リアナ様は預かれと命じた。
ただそれだけで、ワイン樽はおびただしい紫色の粒子となって僕の中に消えてゆく。
腰を抜かさない方が不自然だった。
「ふふっ、これで取引成立ですね。大樽でワイン36樽、ロートシルトが確かに受け取りました」
「あの、町長さん……。このこと、誰かに話したくなるかもしれないけど、それは2日だけ待ってくれると嬉しいかな……」
話題になれば足跡を敵に掴まれかねない。
リアナ様にしては迂闊だと思った。
「貴方は村の恩人、決して他言いたしません」
「そう? ありがとう。もしもたくさん売れたら、また商談にくるね」
ワインを選んだのには理由があった。
ここハルモニカ産ワインの相場が落ちていたのもあるけど、もう1つは税金だった。
ここ王都側ではイエローガーデン側よりも酒税が安い。
なのでこちらで買ったワインをあちらに運べば、その差額分だけ有利な原価で販売できる。
しかしワインは重い。
2頭立ての大型の馬車でも、大ダルを6つが限界だろう。
だからここから3日かけて馬車でワインをイエローガーデンに運ぶよりも、地元で仕入れた方が安い原価になる。
本来ならば。
「ナユリン様……!」
「……え? あ、ああ、私、のことか」
「わたし、ナユリン様のお力になれているようです! それに、わたしたちは相性も、大変良いような気がしてきましたっ!」
「僕――ああ、ううん……。私もそう思うよ。商才のない僕には、こういうことはできなかった。凄く、今のフロリーさんは頼もしいよ」
そう返すと、フロリーさんはとても嬉しそうに胸元の前で両手を組んだ。
彼女が自信を付ける姿が僕は嬉しかった。
その後は腰を抜かした町長さんを助け起こし、フロリーさんを倉庫世界に隠し、徒歩で街道に出た。
少し先に大きな町があるので、そこの馬車駅から少し格の高い馬車に乗る予定だ。
「あ、い、た……あ、い、たたたたたぁ……っ! あ、あの女っっ、剣で殴るなんてひでぇやぁっ!!」
「俺、ママにも殴られたことねぇのにっ!!」
道中、少しヒヤリとすることがあった。
フロリーさんを襲い、リアナ様がやっつけたあのチンピラコンビが、街道をのしのしと歩いてきた。
僕は用意しておいた大きな帽子に髪の毛をしまい、不本意だけど普通の女の子を演じて隣を通りすがった。
「兄貴も兄貴だぁ……。王が助けないんなら、兄貴の立場は何もかわんねーしーっ! ならなんで、こんな苦労、俺らがしてんだよー!?」
「帰りてぇ……もう帰りてぇ……。俺もう、1週間もパンツかえてねぇのに……」
「はかなきゃいいだろ。俺はもうはいてねーぜー!?」
「はぁ!? いやっはけよっ! そこははいて歩けってのっ、だって、歩きにきーじゃんよーっ!?」
「お、川あんじゃーん!! おい、パンツ洗おーぜー!!」
「洗濯!? おおーっ、その発想はなかったぜー、お前頭いーじゃんよっ!」
どうかな……どうだろう……。
洗った方がいいとは思うけど、僕のことは完全スルーだ。
これではなんのために女装させられたのか、わからない。
『予想通りね、エドマンドはフロリーを諦めていない。もしフロリーが他で男を作ったら、彼らにとっては一大事だもの』
『あ。パンツの話がとても気になって、そこまで考えが及びませんでした……。わたしはっ、洗うべきかと思いますっ!』
チンピラたちのパンツがちゃんと洗われたようで、あっさりやり過ごせた僕たちからしても、何よりだった。




