・誰も彼も - 別れ→決意 -
驚きだったのはあの質草の所有者たちだ。
王への謁見を果たしたその翌日、僕は預かった質草をビンチャゲハ男爵に返却した。
返却先はあの質屋の隠し倉庫ではなく、王都郊外にある農家、その古い納屋の地下だった。
「少しばかし遠いですが、まあお客様にはしばらく辛抱していただく他にありますまい。いやっ、まことに助かりましたぞ!」
やっぱり脱税なんてするべきじゃない。
痛い腹を探られてる震え上がるくらいなら、痛くない腹でいた方が楽だし安上がりだ。
「ご利用ありがとうございました、ビンチャゲハ男爵」
「こちらこそ。危うくこちらはクライアントの顔を潰すところだったからね、君には言葉では言い尽くせないくらいに感謝しているよ」
そのクライアントのことだけど、あちらの世界で退屈を持て余していたリアナ様がある事実に気付いた。
「……ずいぶんと、男爵は交友関係がお広いのですね」
「ほっほっほっ、私から人脈を取ったらそれっ、ただのハゲでございますので」
「僕たちの邪魔をしてくれた、あの左大臣ともですか?」
「ああっ、彼か! 彼はああ見えて話のわかる男だよ! まっ、今回は敵であったようだがね!」
リアナ様は偶然にも、あの左大臣の家名サトゥンの名が刻まされた黄金の腕輪を見つけた。
さらにあの隠し倉庫の利用者は左大臣だけではないそうだ。
右大臣ウドゥンや、騎士エンダーの所有物らしき物もあそこに保管されていた。
「僕、貴方と取引したのを少し後悔しています……」
「なんとっ、そんなことを言わないでくれたまえっ! 君は素晴らしい! 右大臣も左大臣もエンダーも憲兵隊長官も、君には本当に感謝しているんだよっ!」
「はぁ……っ」
『ふふふっ、食えないおじ様ね』
上も下もみんな税金をごまかしている。
脱税は犯罪だけど、正直者はバカを見るというのもまた、揺るぎない真理だった……。
・
その晩、僕たちはお別れをした。
場所はあの小さくてかわいいエンダー家――ではなく、無数の照明揺らめく倉庫世界。
リアナ様を交えてお別れパーティをするには、こうする他になかったからだった。
「では、魔王ルゴールはとうに……?」
「ええ、とうに討ったわ。だけど討たなかったことにしたの」
エンダー卿は職業柄か、リアナ様と波長が合った。
自慢の主人にして共同経営者に彼が礼儀を尽くしてくれると、僕としてはとても誇らしかった。
「なんと……しかし、なぜ?」
「都合がよかったのよ、その方が。私たちにとっても、この世界にとっても」
僕はゲストにお茶を運び、彼らのやり取りに遠くから聞き耳を立てる。
フロリーさんとシオンさんは、少し大げさに湿っぽい別れのやり取りをしていた。
「必ず、叔母様が育ったあの家を取り返すわ。わたし、もう怯えて祈るばかりの自分とお別れしたの。わたし、絶対に取り返す! 奪われたもの、全てを!」
「それでこそ貴女よ、フロリー。貴女は覚えていないかもしれないけど、小さい頃はそれはもうヤンチャだったのよ、貴女」
別れを済ませ、あちらの世界から持ち込んだ素朴な夕飯を楽しむと、エンダー夫妻がこの世界から立ち去ることになった。
「ナユタ殿、フロリーを頼む。本来は私が守らなければならないのだが、この身体ではな……」
「心配はいらないよ。イレギュラーでも起きない限り、ここまで駒を進めればフロリーさんの勝ちだよ。まかり間違っても敗北はない」
「リアナ様から大まかに聞いたよ。君は細く小柄だが、誰よりも恐ろしい存在のようだ。……私の姪を苦しめ、義妹を殺めた悪党に、天罰を下してくれ」
「姉の仇を取れとは言いません。ですが、どうか彼らに相応の罰を。天使アポリオン様」
別れ際、僕はエンダー夫妻に祈られてしまった。
僕は天使ではなく、この世界で精一杯生きるただの人間なのだけど、彼らからすれば祈りたくもなるのだろう。




