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・凶刃 - 致命傷→起死回生 -

 全てのバザーを巡ると、歩き疲れた様子のフロリーさんを倉庫世界に導いた。

 イエローガーデンに何を仕入れて帰るか、リアナ様の相談に乗ってほしいとお願いすれば、後は独り気ままに帰り道を歩くだけだった。


 琥珀に光を透かしたかのような夕焼け空が味わい深い。

 王都郊外からやってきた人たちが、大門が閉まる前に慌ただしく荷物をまとめて、帰り道を急ぐのを滞在者としてのんびりと眺めた。


 僕はようやく土地勘が出てきた大通りを歩み、エンダー卿の家を目指して、灰色の舗装路を軽い足取りで歩いていった。


『気のせいならいいのだけど……いえ、やはり少し妙よ。止まりなさい』

『え……妙、ですか……?』


 ところがリアナ様が何かに気付いて、フロリーさんが不安そうな声を倉庫世界から僕に送った。

 言われてみれば、古い建物が目立つこの旧市街の雰囲気が、どこか浮き足だっている。


 子供たちが声を上げて駆け回り、大人たちがザワザワと立ち話をしているようだった。


「あの騎士様が……?」

「兵隊さんを呼ばないと! いや、先に医者か!?」


 僕はエンダー家へと走った。

 あの家で何かがあった。

 難しいことはリアナ様たちが考えてくれると信じて、全力で駆けた。


『お、叔父様っ?!』

『ナユタッ、彼をすぐに!』

「うんっ!」


 あの小さくてかわいい家の前に、深手を負い、血を流すエンダー卿の姿と、その妻の姿があった。


「あなたっ、嫌、嫌よ……しっかりして!」

「大丈夫だ、この程度の傷……うっ……」


 これが最後の別れかもしれないと、抱き合う夫婦の間に僕は割って入った。


「エンダー卿! 生き残りたかったら僕の言う言葉を復唱して!」

「ナ、ナユタ、殿……?」


「『ナユタ・アポリオン、お前に私を預ける』。そう言ってくれたら、貴方は助かる! 勇者リアナのように!」


 彼は僕が何者であるかを知っていた。

 どうやって裏切り者を騙し、エルソラス王の前で告発したのかを。


「ナユタ……アポリオン……。すまない、騎士会館の医者のところまで、頼む……。お前に、私自身を、預、ける……」


 エンダー卿は蝶となり、僕の中に消えた。

 彼はあちらでリアナ様の出迎えを受け、きっと少し驚くことになるだろう。

 自分の義理の姪まで、その不思議な倉庫世界に滞在していたのだから。


「お、夫は……どこ……?」

「説明するよりもっと早い方法がある。彼がそうしたように、シオンさんも僕に自分自身を預けるんだ。そうすれば、あちらで彼の看病ができるよ」


 僕はシオンさんを倉庫世界へと導くと、時の止まった世界により一時止血されたエンダー卿の導きで、騎士会館へと案内されていった。



 ・



 要点を先に語ろう。

 深手を負ったエンダー卿は奇跡的に持ち直し、出血死の危機を免れた。


 恩人である彼の手術を行うために、騎士会館の医者を倉庫世界に招き、そこで外科手術を行ったからこその奇跡の生還だった。


 次に原因を語ろう。

 下手人は王都に根を張るギャングの一員で、狙いはやはりエンダー卿ではなくフロリーさんだった。


 ここ最近のフロリーさんは遠出せず、主に叔母の手伝いばかりをして過ごしていたので、敵はフロリーさんが家にいるとばかり勘違いしていた。


 しかしその時、家にいたのは休暇中のエンダー卿とシオンさんで、エンダー卿は家に忍び込んできた襲撃者に不意討ちをされることになった。


 そして多くの敵を返り討ちにするも、最初に受けた不意打ちの傷に軒先に倒れてしまった。

 そこに僕が現れ、エンダー卿を時の止まった世界に導いた。


 自分のせいだと、フロリーさんは何度も何度も叔母夫婦に頭を下げて、そのたびにフロリーのせいではないと許された。


 それはエンダー卿が生き残ったからこそ、言える言葉だっただろう。


 自分は必ず家を取り返して、戦いで壊れた物の弁償と、エンダー卿の治療費と、生活に困らないだけの慰謝料を支払うと、フロリーさんはこの善良な親族に約束した。


「喜べ、フロリー……今回の事件がきっかけとなり、憲兵隊の長官が、君に興味を持たれた……。ははは、傷の巧妙、うっっ?!」

「お、叔父様っ!? 無理をされないで下さいっ!」


 だけど皮肉なことにこの事件がきっかけとなった。

 フロリーさんは城の前にある憲兵隊の兵舎を訪れ、そこで当主代理エドマンドの悪行を長官に告発することが叶った。


「よりにもよって、宮仕えの騎士を襲うとは。そのエドマンドという男は愚かにも自爆したようだな」

「長官、これが母の遺した本物の遺言書です……」


「拝見しよう」

「お、お願いします……」


「おお……これはなんと、酷い話もあったものだ……。よし、喜んで力になろう。ロートシルト家の乗っ取りは、友人の近衛兵長を通じて、右大臣の耳に入るようにしよう」

「ありがとうございます……っ、ぜひ、お願いしますっ! わたし、母の無念を晴らしたいのですっ!」


 こんなことなら、脱税の片棒なんて担ぐんじゃなかった。

 俺たちは騎士会館に保護されて、王からの出頭命令が下る日を待った。


 この国の国王への謁見が叶ったのは、それからさらに暇を持て余した2日後のことだった。

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