・ビンチャゲハ男爵の質の草 - ゲハ≒ハゲ -
翌日の朝、件のビンチャゲハ男爵がエンダー家を訪ねてきた。
友人というのは本当のことのようで、エンダー卿と男爵は陽気に挨拶を交わし、玄関先で釣りの話を始めた。
「漁師はいいですな、釣りをするだけで生活ができる。もっとも彼らも、我々貴族に妬まれているとは、想像もしていないでしょうがなっ」
「全くです。早く息子が騎士学校を卒業してくれれば、隠居の夢も広がるのですが……」
「ハッハッハッ、君はまだ若いではないかねっ!」
2人は玄関先で釣りと隠居の話ばかりしていた。
見るに見かねて奥さんが呼びに行くと、ついにエンダー家の居間でビンチャゲハ男爵との初対面が叶った。
男爵はぽっちゃり気味の小男で、背が少し低く、口元のえくぼが特徴的な常にニコニコとしているおじさんだった。
「フロリー・ロートシルトともうします、男爵様」
「ナユタ・アポリオンです」
指先を釣り竿に見立てて、大げさにそれを上下していた男爵様だけれど、僕の名前を聞くなり口元の笑みがさらに大きくなった。
「話は聞かせてもらったよ、フロリーくん。女は相続できないとかいう、あの馬鹿げた法律には困ったものだ」
「ありがとうございます……。ですが男爵様……」
「ゲハと呼んでくれたまえ。慕う者も慕わない者も皆こう言う。このゲハ、とね」
子供がビンチャゲハ男爵を見たら、もしかしたらこう言うかもしれない。
『あのおじさん、髪の毛が逆さまに生えてる』と。
「失礼を承知でもうし上げます、ゲハ様。貴方は具体的に、ナユタ様に何をさせるおつもりなのでしょう。返答次第ではわたしは――」
「ああっ、心配はいらない! ナユタくんには数日間、ある物を預かってもらいたいだけだ」
そう言って男爵はフロリーさんに背中を向けて、ステッキの握り前にかざして『さあ行こう』と合図をした。
「すまないが私は仕事に行かなければならない。男爵殿、どうか彼らをよろしくお願いいたします」
「任せたまえ。んっ!」
男爵が指先を釣り竿に見立てて振りかぶると、騎士の方も同じようなジェスチャーをして微笑み、城へと出勤していった。
・
その後は男爵と並んで都を歩いた。
男爵の興味はフロリーさんではなく、完全に僕にあったのでフロリーさんは後ろに控えて歩き始めた。
「君、預かり所だなんて地味な仕事ではなく、質屋をやったらどうかね?」
「え、質屋……ですか……?」
「そうだよ、質屋だよ。アポリオン族の話を聞いたときに、私はレイリー・エンダーに言ったのだ」
レイリー・エンダー。
きっとそれはエンダー卿のフルネームだろう。
だけど、質屋……?
「うちみたいに、質屋をやれば大儲けできるのに、なんで彼はやらないのかねぇ……とね?」
「男爵様は、質屋をされているんですか……?」
「だから、私のことはハゲと呼んでくれたまえ」
「あ、あの……ゲハ、では……?」
「ゲハもハゲも大して変わらんよ。おおそこだ、そこを曲がった先がうちの質屋だ」
ビンチャゲハ男爵は明るくてひょうきんな人だった。
彼がステッキで指す通りを曲がると、細くて暗い通りに古ぼけた質屋さんが店を開いていた。
近々、更新のペースを1日1話に落とします。
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