・王都でのひとときの生活 - エメラルド→思い出の家 -
翌朝、まだ太陽も昇っていない早朝に馬車は王都レッド郊外に到着した。
城下町を囲う防壁の大門が開くにはまだ時間があったので、同じような開門待ちの列の中で、僕たちはもう1度眠って待った。
行列は昨晩に城下町に入り損ねた商人たちや、郊外から品物を運ぶ農家が主だった。
太陽が昇って日差しが辺りを照らすようになると、大門が開いた。
僕たちは馬車で王都に入り、御者さんの好意に甘えて城下町をしばらくさまよった。
フロリーさんの叔母のシオンさんが嫁いだ騎士の家、エンダー家を探すためだった。
フロリーさんは子供の頃、1度だけその家を訪ねたことがあったそうだけど、どこにあったかまでは覚えていないそうだ。
よって彼女の記憶を頼りに、人に聞き込みをして見つけ出さなければならなかった。
また、王に直訴するにしたってそう簡単な話ではなかった。
リアナ様いわく、国王に直訴するには王と繋がりを持つ有力者の口利きが不可欠だそうだ。
そこでフロリーさんの義理の叔父、下級貴族にあたるエンダー卿を最初の取っかかりにすることに決まっていた。
正規の手続きで直訴する方法もあるそうだけど、この場合は年単位で待たされることになる。
到底、そんなの待ってなんていられない。
順番を待っている間に、フロリーさんは実家に連れ戻されてしまうだろう。
「何から何までありがとうございます、ローズウッド夫人。このご恩はいずれ、いずれ必ずお返しいたします……」
エンダー卿の家が見つかると、そこでローズお婆ちゃんと、男気のある御者さんとお別れをすることになった。
「いいのよ~、だって、とっても楽しかったもの~! ナユタくん、フロリーさんを助けてやって下さいね~」
「うん、約束するよ。あ、これ、うちの店のチラシ! 僕はイエローガーデンで預かり屋【ウラノスの海】を経営しているんだ。うちは何でも、いくらでも預かるよ! 無制限がうちの売り!」
接点がなくなるのは寂しいから、手書きのチラシをローズお婆さんに渡した。
「まあ、そういうこと……! 昨晩のあの力、フロリーさんを隠していたあれを使っているのね~!?」
「うん。物でも、人でも、牛でもなんでも預かれるよ」
そう返すと、お婆ちゃんが何かを深く考え込み始めた。
もしかしたら仕事がもらえるかもしれない。
そう思うと期待と、繋がりが続く喜びが胸に広がった。
「では、この指輪を貴方に預けます。次に会うときまでお願いしますね」
「え、あ、はいっ! って、うわぁっっ?!」
その時、僕はローズお婆さんから指がもげそうなほどに大きなエメラルドの指輪を預かった。
指輪が緑色の美しい光となって僕の中に消えると、お婆さんはなんだかホッとしたようだった。
「よければまた、ご一緒に旅をしましょうね」
「うん、その時はぜひ!」
「ふふふ~……息子に縁組みさせて、本当の孫にしちゃいたいくらい……」
お別れを済ませて馬車とローズお婆さんが立ち去ると、僕たちはこぢんまりとした青い屋根の家に振り返った。
小さな花壇のあるその家が騎士エンダー卿と、フロリーさんの叔母が暮らす家だ。
フロリーさんは懐かしさか、感慨か、家の2階を見上げたまましばらく立ち尽くしていた。
彼女の気が済むまで待つことにして、僕も同じように家を観察した。
するとやがて、その家から背の高い中年女性が1人出てきた。
フロリーさんと同じ青紫色の髪だった。
「あ……叔母、様……?」
「え……もしかして、フロリー……?」
「はい、わたしです、叔母様……フロリーです……」
2人のやり取りからしてだいぶ会っていなかったようだ。
両者は古い記憶をたぐるかのように、相手の姿と自分の記憶を照らし合わせた。
古い記憶の引き出しには、それ相応の時間が必要だった。
「その姿、どうしたのっ!? こんなに痩せてしまって……いったい、何があったの、フロリー……ッ!?」
「叔母様……シオン叔母様……。わ……わたし……、わたしは……っ」
フロリーさんは叔母に駆け寄り、それから人に頼ってばかりの弱い自分と戦った。
「ぁ……っっ、叔母、様……叔母、ちゃん……」
だけど叔母さんの方からフロリーさんを抱き締めると、彼女は感極まってか大粒の涙をこぼした。
それはきっと、これからフロリーさんが、この叔母に残念な報告をしなければならなかったのもあるのだろう。
シオンさんの姉にあたるアムネシア夫人は、病死と思われていたが実は他殺であり、その遺言書は偽造されたものであった、と。
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