・物乞いとペテン師
・ペテン師
「取り逃がしただとっ?! 貴様ら……。貴様らはっ、女の送り迎えもできないのかっ!!?」
まずいことになった。
あの気の弱いフロリーがアムネシアの真の遺言書を見つけ出し、このロートシルト家を取り返そうと動きだしてしまった。
「すまねぇ兄貴……なんか、変なガキの邪魔が入ってよぉ……」
「そうなんだよーっ! そいつ、なんか不思議な魔法使ってよーっ、あの女を、マジシャンみたいに消しちまったんだよーっ!」
ソイツか……?
ソイツがあの祈るだけの脆弱な女を、そそのかしたのか……?
余計なことを……!
「コッゾくん、オッゾくん。こちらにきたまえ」
「へい! 兄―ーゲヒィッッ?!!」
「お、おいっ、兄貴っ、暴力は止めてくれよぉ――ブベラッッ?!!」
下積み時代からの付き合いだからといって、こいつらを甘やかしたのが間違いだった。
まさか痩せ細った女の1人も捕まえられないとは……。
「そのガキは協力者か? フロリーをそそのかしたのは、そのガキに違いない」
「いででで……あ、兄貴ぃ、ひでぇやぁ……」
「バカになるところだったじゃねぇかよ、兄貴ぃーっ」
「貴様らは元からっ、バカのクズのダメ男どもだろうがっ!! そんなことよりそのガキは何者だっ!?」
ロートシルト家の当主まで成り上がったこの私が、なぜこんなアホどもを殴って拳を痛めなければならない!
クズどものくせに、硬い頬しやがって!
痛いではないか、非常に!
「いや、協力者って感じじゃぁなかったよぉ、兄貴ぃ……?」
「そうそう、見るに見かねてちょっかいかけてきた、って感じだったなぁ……」
バカな……。
ではフロリーは、自分の意思で我々に反旗を翻したというのか?
あんなに臆病で人のいいなりだったというのにか?
「本当だろうな?」
「へいっ、あの女もう、すっげーキレっぷりだったっス!」
「そうか……。で、どこに逃げた? 方角は?」
「いや、それが……その……。パツと消えちまったから、わかんねーんです兄――ギャッッ?!!」
使えん……。
使えんにもほどがある……。
もしフロリーが国王に直訴でもしたら、私の名声に傷が付く。
ゴーモウル侯爵にも、尻拭いの代価にどんな譲歩を迫られるかわからん……。
「いいか……次にフロリーを見つけ出し、捕まえるその瞬間まで、貴様らは2度と瞬きをするな……」
「兄貴ぃっ、そんなの無理に決まってるっスよぉぉーっっ!!」
「瞬きをするなぁぁーっっ!!」
「ヒゲフッッ?!!」
「貴様もだ、オッゾくんっっ!!」
「ギャヒンッッ?!! ……し、しどいや…………兄、貴……ゲフッ……」
落ち着け、落ち着くのだ、私よ。
私の地位は既に盤石、国王がなんと言おうと、この地の領主ゴーモウル家が認める以上は、ロートシルト家の当主はこの私だ……。
「コッゾくん、オッゾくん……金をくれてやる……」
「あ、兄貴……? あの……『ソイツはアケロン川の渡り賃だ、死にさらせぇ!!』とか言わねぇっスよね……?」
財布を開き、そこにあった大金貨10枚をバカどもに投げ渡した。
「その金でボスから兵隊を借りろ。そしてフロリーを追え。捕まえてここに連れ戻せ」
「へい兄貴っ、この金でフロリーをぶっ殺してきまさぁっ!! ――ンギャピィッッ?!!」
「バカのために、わかりやすく、説明してやろう……。フロリーがもし死ねば、この家の相続権は、王都のボンクラ騎士夫妻に移る……。私のことを少しでも慕う心があるならば、絶対に、フロリーは、殺すな……」
念のため領主にも根回しをしておくべきだろう。
私はバカどもを頭と尻を蹴り付けて屋敷から追い出すと、金を持って屋敷を出た。
「あの……ロートシルト家の、お館様ですか……? あの……僕、もう4日も何も食べてないんです……」
「その歳で、物乞いだと……? ふんっ、社会を舐めるな、あっちに行け、小僧」
屋敷の前にフードローブをかぶった物乞いがきていた。
私の乗る馬の進路を阻み、祈るようにこちらをうかがっている。
「お金を少しだけ……少しだけ僕に、預けてくれませんか……? ほんの1シルバーだけでもいいんです……」
「預けろだと!? ハハハハ、面白い物乞いだ! よかろう、特別にありったけの小銭を君に預けてやろう。ほら、持って行け!」
財布の邪魔になっていた小銭を、手のひらいっぱいに握ると、私は働こうとしないガキの顔面に投げ付けてやった。
「ウッッ……?!!」
「人にたかるな、働け!! ただし、我々富める者の奴隷としてな、ハハハハッッ!!」
貨幣を顔に叩き付けられてそいつは激痛にうずくまった。
いい気分だ。
次に女にでも集られたら、これと同じことをしてみようか……。
「締めて……6シルバーに、66ブロンズ……確かに、お預かりしました……」
面白いやつだ。
私は再び高笑いして、はいつくばって銭を拾うガキの前を去った。
もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。




