・屋敷を差し押さえよう - 瞳→窓 -
「使用人とかさっきのゴロツキを呼ばれた大変だ! 離れるよっ、フロリーさんっ!」
「天使様……っ」
「外では恥ずかしいからそれは止めて……っ」
僕たちは高級住宅街を離れた。
僕としてはフロリーさんを倉庫の世界にしまって、リアナ様にフォローをお願いしたかった。
「わたし、一緒に逃げます……っ。自分だけ、安全なところになんて行けないです……!」
「そう……? 強がらないでくれると、こっちは助かるんだけど……」
「天使様と一緒がいいです……」
「だから、天使様は止めてってば……」
彼女はまだ精神的に不安定なようだ。
僕たちは高級住宅街を離れて、大通りを避けて細い路地を進んだ。
やがて橋を見つけると、フロリーさんの息が大きく乱れていたので橋の下に身を隠すことにした。
「ちょっと場所が悪いけど、リアナ様のところでもう一度相談しようか」
「ふぅ、ふぅっ、はい……っ、天使様が、そう、おっしゃるなら……っ、ふぅぅ……っ。こんなに走ったの、久しぶりです……」
自分の身体を野外に放置するのは気が進まないけど、リアナ様と相談したい。
あの屋敷を差し押さえられなかったのは、きっと屋敷の権利が曖昧な状態にあるからだ。
「あの……あちらに行っている間、現実の天使様は、どうなっているんですか……?」
「気絶している状態になる。蹴られようと蚊に刺されようと、絶対に起きない」
「そ、それは……困りませんか……?」
「大丈夫。リアナ様なら鮮やかに、次にどうすればいいか答えをすぐに指し示してくれるよ」
そうじゃないと僕が蚊に刺されたり、発見した人が僕のことを憲兵隊に通報してしまう。
「そうなのですか……?」
「そうだよ。だってリアナ様は、僕のすることを外からのぞいているんだ。今もあのイスに腰掛けながら、次の一手を考えて下さっているはず」
「あの……それは……トイレや、沐浴の、間も、ですか……?」
「リアナ様がのぞきなんてするわけないよ」
「それは、言っていることが、矛盾しているような……」
「リアナ様は僕のトイレなんて見てない!! 絶対に!!」
僕はいったい、何を必死に主張しているのだろう……。
僕は彼女の依頼により彼女を倉庫へと預かると、橋の下の草むらに寝そべり、リアナ様の意見をうがかいに戻った。
そしてあの、たくさんのランプが灯る倉庫の一角を訪れると、リアナ様はこうおっしゃられた。
「大丈夫よ、のぞりたりなんてしてないわ、あまり」
「そう、よかった! やっぱり――え……あ、ま、り……?」
「ごめんなさい、どうしてもそこの窓に映ってしまうの。うっかり視界に入ってしまった分はごめんなさい。不可抗力だと思って?」
僕は口を開けっぱなしにして、外の世界を映し出す窓に、カーテンの設置を提案するか迷い迷った……。
「カーテンはいらないと思うわ。だって不用心だもの。そうでしょう、ナユタ?」
「は…………はい……」
リアナ様は潔白だ。
リアナ様は僕を見守って下さっているだけだ。
僕は、リアナ様に、見ていただいている立場なんだ。
ど、堂々とすればいい……。
男らしく、堂々と……。
恥ずかしがったら負けだ! 負けなんだ!
「わたしには……カーテンが必要な状況に、見えますけど……」
「いらないわ。そうよね、ナユタ?」
「はい……」
今日からは、目をつぶって用を足そう……。
目をつぶって肌を拭おう……。
今日まで醜い姿をさらしてしまい、申し訳ありませんでした、リアナ様……。




