・勝利→裏切り
その日、僕たち勇者パーティの長い苦難の旅がようやく終わった。
僕の主人である勇者リアナが怠惰の魔王ルゴールを討ち、この世界に仮初めの平和が訪れた。
永久の暗闇と美しい星空に包まれた魔界の、おぞましい肉壁蠢く魔王城から僕たちはついに脱出して、今はこちらの世界にやっと戻ってきたばかりだった。
緑と陽光の輝く前人未到の大草原で、僕とリアナ様は一緒に笑い合って、重責を果たせた喜びを確かめ合った。
「リアナくん、我々から少し話があるのだが、聞いてもらえるかね?」
勇者パーティは僕を含めて5人いる。
その一人の剣聖ギルバード様は、名門公爵家の次男なのに明るくて気さくな良い人だった。
長い茶髪には優雅なウェーブがかかっていて、町の女性たちにもとても人気がある。
「皆さんから私に、話、ですか……?」
僕の主人、勇者リアナは物静かな人だ。
戦いになると別人のように鋭くなるけれど、平時はとてもやさしくて優雅なお姉さんだった。
髪は薄桃色で、目は青みがかかった灰色、スラッとした細い肢体と、成人男性と並ぶほどの背丈をしている。
「実はねぇ、少し困ったことがあるのぉ~♪」
大魔導師ベラ様は、僕はすごく苦手だ……。
事あるごとに人に媚びる種類の人だけれど、僕に対してだけは露骨なほどに冷たく、物扱いを止めてくれない。
ベラ様にとっては、僕は人間に仕えて当たり前の奴隷なのだろう……。
「ライルズ、リアナくんに例の物を」
「はっ、こちらをご覧下さい、リアナ殿!」
ライルズさんは堅物だ。
上下関係に厳しい軍人肌の人で、つまり格下の僕に対しても厳しい……。
彼はリアナ様の顔の前で、手のひらを開いた。
すると急に、リアナ様の体が揺れて――
「え……リアナ様ッッ!!」
そして、信じられないことが起きた……。
ギルバード様、ベラ様、ライルズさんが刃物を抜いて、リアナ様を突然刺した!
リアナ様の全身から血が吹き出して、僕は倒れるリアナ様に飛び付いて、支え倒れた……。
「ど……し、て……」
「どうしてっ! 仲間なのに、どうしてみんなリアナ様をっっ!!」
そこに僕たちの知る仲間はいなかった……。
ギルバード様が驚喜の形相で、リアナ様を見下ろしていた。
ベラ様は冷たい目で一瞥して鼻で笑い、ライルズさんはとても嬉しそうにギルバード様に微笑んだ。
「これで最強の座は、ギルバード様の物ですね」
え……。
「うむ、やれやれだな……。この剣聖ギルバードが、女ごときに使われていたなど、認められるはずがないのだよ」
最強の座……?
そんな、下らない理由で……?
「まあギルバード様ったら、人間がちっちゃいですわぁ♪ 私は取り分さえ増えれば、なんだっていいですけどぉ~」
お金や領地、取り分、そんな物のために……?
「勇者様、得られる栄光には限りがあるのですよ。貴方が生きて帰れば、私とギルバード様はわき役で終わってしまいます」
栄光……名誉……それは、そんなに、大切な物……?
「今少しで、この剣聖ギルバードは、女勇者のわき役だったと、歴史書に刻まれるところだったのだぞ……。こんな屈辱が、どこにある……!」
リアナ様は苦悶の声を上げることしか出来ない。
苦しそうに、悲しそうに、信じていた人たちを弱々しい目で見上げている。
「おい、わき役。その女の始末は任せたぞ」
「あらあら、可哀想な天使様……。大好きな人とのお別れをなさい」
「我々により魔王ルゴールが討たれた今、アポリオン族もそろそろ用済みですね……」
「はっはっはっ、それはまだだね。今、彼は我々の大切なお宝を抱えているのだよ。城までは責任持って、我々で持って帰ってやるさ」
裏切り者たちは血塗れの僕たちから興味を失い、惨劇の場を離れて行った。
「ナ、ユタ……」
「リアナ様……喋ったら、口から、血が……っ」
リアナ様は血を吐きながら、僕に何かを伝えようとしていた。
大好きだった人の口元に耳元を寄せて、最期の言葉を聞いた。
「ナユタ……アポリ……オ、ン……。預、か……所……契、約……」
「え……?!」
「わた、し……わたし、を……預、か……て……」
でもそれは諦めた人間のお別れの言葉ではなかった。
リアナ様は、何でも預かる力を持った僕に、自分自身を預かれと命じた。
リアナ様は薄桃色の光となり、美しい小さな蝶となって、僕の中に消えていった。
「リアナ様……」
まさか、こんな手が残されていただなんて、僕はリアナ様のこの機転に驚かされた。
「リアナ様は、諦めないんだね……。わかったよ、リアナ様……。後は、僕に任せて……」
僕の中にある世界では時が停止している。
青リンゴはいつまでも青いままで、赤いプラムはいつまでも崩れ落ちることがない。
つまり契約が解除されない限り、現実世界では、リアナ様が死んでいない状態が続く。
裏切り者のギルバードたちはそれを知らない。
それにもう1つ重要なことがある。
それは『預かり所』の契約者だ。
実は僕、ナユタ・アポリオンと契約をしたのは、リアナ様1人だけだ。
これはギルバードたちも知っている。
倉庫を勇者パーティで共有するために、リーダーであるリアナ様の名義で、パーティ一行は僕と契約をした。
つまり彼らは、リアナ様が契約した倉庫を、今日まで仲間内で共有していたに過ぎない。
権利はリアナ様が死ぬまで、リアナ様にある。
僕は立ち上がり、裏切り者たちの後を追った。
「おい、あの女は死んだのかね?」
「うん、リアナ様は、亡くなったよ……」
外道のギルバードは愚かにも僕の言葉を信じた。
どうあがいたって生き残れる傷じゃないと、そう思い込んでいる。
「逃げようだなんて考えないでね、天使ちゃん♪ 貴方は、神様が造った、私たち人間様の奴隷でしょう?」
違う。僕は僕だ。
貴様ら醜い人間の、奴隷なんかじゃない。
嫌いな女に頬を撫でられても無表情で通した。
「子供一人で生きられるとは思わないことです。城まで戻り、そこで財宝を陛下に献上するまでは、守ってあげましょう」
「はっはっはっ、滅び行く種族だ。そのくらいの情けはくれてやろうではないかね」
僕はもう、人間には従わない。
僕はこの先自分の力を、自分のために使う。
リアナ様の生存を隠したまま、僕は裏切り者のギルバードたちと祖国に帰った。
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