・屋敷を差し押さえよう - 天使?VS子豚? -
「始めよう」
「は、はい……っっ」
「フロリーさん、この屋敷の名前は?」
「ロ、ロートシルト家邸宅、かと……」
「ではフロリーさんは、僕にこう依頼するんだ。『ナユタ・アポリオン、ロートシルト家邸宅およびその敷地にある全てを、預かって』と言ってみてくれるかな?」
その一言で全てが決まる。
フロリーさんはつばを何度も飲み込み、呼吸しているかも怪しいほどに静かに動きを止めた。
それから彼女は長い沈黙の果てに、勇気を出してその口を開く。
融通の利かない天使に、屋敷の差し押さえを命じるために。
「ナユタ・アポリオン、ロートシルト家邸宅、およびその敷地にある全てを、預かってっっ!! わたしっ、お父様とお母様と暮らしたこの屋敷を……っ、楽しかった思い出を……っっ!! どうしても取り返したいのっっ!!」
彼女は僕に願った。
悲痛な叫び声で、今日までずっと堪えていた心の叫びを口に出した。
けれどもその叫びは、むなしく辺りに響き渡るのみ。僕は彼女の力になれなかった。
その事実は彼女を大きく動揺させ、足下を危うくした。
それを支えようと、僕はフロリーさんに近付いたのだけど……。
「おおっとぉっ、なんかイイ女がきてるかと思ったらーっ、お前フロリーじゃーん!! ギャハハーッ、なんだよその格好ーっ、似合わねぇーっっ!!」
なんか……。
すごく……。
太くて丸くて感じの悪い嫌なヤツがいきなり現れて……。
崩れかかったフロリーさんを彼氏づらで支えた……。
「ベ、ベリオル……ッッ! 嫌っ、離してっ、気持ち悪い……っっ」
「おーーーい、おいおいおいおーーい……わかんっっねーやつだなぁーっ! 世界で1番! えらくて! 格好良くて、ずる賢いのはっ、このベリオル様ジャーンッッ?!」
それは聞いていた以上に、生理的に無理な人だった……。
口には出さないけど、僕は思った。
デブじゃないか……。
チビじゃないか……。
そもそも自分で自分のこと、ずる賢いって言う……?
ベリオルの全く根拠のない自尊心に、僕は若干混乱させられた……。
自分の美的感覚の方が狂っているのかと……。
「離してあげたら……?」
「家出したってババァに聞いたけどよー、なんだよ、もう帰ってきたのかよーっ!?」
「ねぇ、離してあげなよ」
「だっせーのっ! お前みたいなヘナチョコ女は、やっぱ強くて、かっこよくてっ、超金持ちの俺様が守ってやらなきゃ――イッッテェェーッッ?! 何すんだよぉっ、チビッッ!!」
「ごめん、間違って石蹴っちゃった」
そのぽっちゃりした白豚の注意がこっちに向いた隙に、フロリーさんは彼の両手から逃れた。
なんかちょっとひょうきんだから憎みきれなかったけど、フロリーさんが本気で嫌悪してるみたいだから良心は痛まなかった。
「お、おいっ、なんでそのチビの後ろに隠れんだよーっ!? お前、俺様の女だろーっっ!!」
「そんなの誰が決めたの?」
「お前には言ってねーしっ! 親父が決めたんだよーっ、当主の親父がよーっ!」
「違うよ。君のお父さんは財産の管理を任されただけの『当主代理』だよ。この屋敷の正しい所有者じゃない」
僕がそう言い張ると、ベリオルはヘラヘラと笑い出した。
でも後ろのフロリーさんが僕の言葉に勇気を取り戻すと、彼の顔から笑顔が消えた。
「おい、フロリー! そんなガキ頼んなっ!!」
「わたしは……わたしはっ、わたしは貴方が大嫌いっっ!!」
「ウギャァッッ?!!」
シンプルだけど、悲鳴が上がるほどにフロリーさんのその一言はベリオルに効いた。
「お、おい……? おい、フロリー、何言ってんだ、お前……お前は、俺様の……」
「ずっとずっと、わたし、貴方のことが大嫌いだった!! 貴方はちっとも格好良くない!! エドマンドという虎の威を借りるばかりの、醜い豚よっっ!!」
追撃の言葉も凄く効いて、ベリオルは膝から崩れ落ちていた……。
この人、バカだ。
嫌われるようなことばかりしてきたのに、なんで自分が好かれていると思っていたのだろう。
「うっ、おっ、あっ、うっ、くっ……ぅ、ぅぅ……うぉぉぉぉ……な、なん……お……俺様はっ、俺様は誰がなんと言おうとも、俺様は世界一カッコイイんだよぉーっっ!!」
とにかくそのベリオルは、大粒の涙を流して裏口から屋敷の中へと逃げていった。
それはそれでこちらとしてはまずいので、僕もフロリーさんの手を引っ張った。
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