・屋敷を差し押さえよう - 天使→差し押さえ -
「お待たせいたしました。これで、どうでしょうか……?」
少し待つと、薄手のドレスに着替えたフロリーさんが戻ってきた。
彼女は下ろしていた長い髪をアップにして、たぶんだけど化粧も少ししたみたいだ。
気弱で敬虔な雰囲気だったフロリーさんが、綺麗で頼もしそうな大人の女性に変身していた。
「ビックリした……。知らない人が家の奥から現れたかと思ったよ……」
「こ、こういった派手な格好をするのは、はしたないかと、思ったのですが……や、やむを得ず……」
ドレスの胸ボタンを2つも外すのは、確かに少しやり過ぎかもしれない。
痩せ形の彼女はドレスを着るとその細身が強調されて綺麗だけど、反面ますます不健康に見えてしまった。
「よろしければ、ナユタ様も髪型を変えられては……?」
「ううん、それがなかなかそうもいかないんだ。僕、こんな身体だから……」
のっぺらぼうになっている左目を見せると、フロリーさんは口を抑えて悲鳴をかみ殺した。
僕たち一族は勇者様のサポート役だ。
サポート役が剣を持って戦ったりしないように、僕たちは神様にこんな姿に設計されたのだろう。
今さら創造主を恨む気はないけど、戦いの資質が欲しかった。
「お、驚きました……」
「不気味な姿でごめんね。でも不測の事態を考えると、今のうちに明かしておくべきかと思って」
「いいえっ、驚きましたがっ! ですがとても! 神々しいお姿かと思いますっ!!」
「え…………?」
「整ったやさしいお顔に、白い髪、隻眼っ! わたし、少しもナユタ様を不気味だなんて思いません……っ!」
「そ……そう……?」
そんなふうを言われたら、フロリーさんのことを少し好きになってしまいそうだ。
僕のこの姿を怖れない人はとても貴重だ。
僕は僕を人間扱いしてくれる人に弱い。
もっと彼女を助けてあげたくなってしまった。
「はい、とても素敵です……。わたしにはますます貴方が、天使様に見えてきました……」
「その天使扱い、そろそろ勘弁してくれないかな……」
「ですがわたしには、ナユタ様が天使様にしか見えません……」
「わかった、その話は後にしよう。それよりも今は、僕たちがやるべきことやろうか」
見るからに艶やかになったフロリーさんと一緒に、僕は軒先の薄暗い通りに出て、すぐそこの明るい大通りへと案内した。
「やはりこの姿、変でしょうか……。なんだか見られているような……」
「ちっとも。むしろ凄く、セクシーだ」
……僕としては、もう少し健康な肉付きの方が魅力的に感じるけれど。
こういう糸杉のように痩せた女性が好きな人も多いだろう。
「や、止めて下さい……っ、ますます、恥ずかしくなってきてしまいます……」
「今は堂々と胸を張って歩こう。だって今の君は君じゃない。誰も君だと気付いたりしないんだから、何も恥じらう必要はないんだよ」
道行く女性はフロリーさんの細身を羨み、フロリーさんを目で追った。
「で、ですが……っ」
「さあ行こう」
大通りからはフロリーさんと並んで歩いた。
町の人たちはその淑女がフロリー・ロートシルトとは夢にも思わないだろう。
痩せ過ぎなのが残念な美しい女性、としか見ていないはず。
「わ、わたし……わたし……なんだか、わたし、何かに……め、目覚めて、しまいそう……。神様……ふしだらなわたしを、お許し下さい……」
ボタンを2つ外しただけで大げさだ。
「祈るのは止めたけど、懺悔はするんだね……」
フロリーさんに導かれて大通りを進んだ。
やがて右手に貴族たちが集まる高級住宅街を見つけると、彼女もそちらへと曲がった。
地元に戻ったことで、彼女に再び緊張が走ったようだ。
けれど貴族街の人々が彼女の正体に気付く様子はなかった。
「ぁ……そ、そこの……あの建物です……」
フロリーさんの指を目で追うと、通りの右手に鉄柵で囲まれた広大な敷地があった。
その奥には見上げるほどに大きなお屋敷があり、その周囲にはよく管理された庭園がある。
「大きい家だね……」
「お、大きくて、すみません……っ」
これは正真正銘の大富豪の家だ。
敷地に広がる一面の緑と、白い壁と赤い屋根を持つ屋敷が夕日に輝いていた。
『ふふ……いいじゃない。気にいったわ』
僕も同感だ。
勇者リアナの功績を考えれば、これくらいの住処がふさわしい。
「裏門に回ろう。そこまで近付けば、あの屋敷を差し押さえられるかも」
「差し押さえ……?」
「そう。悪いやつらが不当に占拠している物件を、差し押さえるんだ、強制的に」
「まあ、天使様ですものね……っ!」
「……そのことは置いといて。成功するかどうかは、屋敷の所有権がどれだけ明白かによる。所有権が完全に君にあるのならば、奪えるはずだよ」
そう伝えると、フロリーさんは緊張に立ち止まった。
これで取り返せなかったら、また落ち込ませてしまうだろうか。
「大丈夫、失敗しても僕とリアナ様がどうにかする」
「え……っ。で、ですが、もう十分過ぎるほど――」
「リアナ様はいつだって、魔王討伐という本来の目的があったのに、ときおり町々で見かける君みたいな人に手を差し伸べることを止めなかった。僕もずっとそれを支えてきたんだ」
そんなリアナ様に、ギルバードたちは旅の目的を優先するように言っていたけど、今思うと人助けに興味がなかったのだろう。
「ありがとう、ございます……。とても、頼もしいです……」
男としてその言葉はとても嬉しい。
「僕たちが君を守るよ。……僕には拳や剣で戦う力はないけどね」
「はい、何かあったら……一緒に逃げましょう……っ!」
「うん、そうしよう!」
フロリーさんが歩き出す勇気を取り戻すと、裏門までの道のりなんてあっという間だった。
僕たちは慎重に辺りをうかがいながら、裏門の前に立った。
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