表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/51

・安楽イスの倉庫番 - 祈る→祈らない -

「え……ええぇぇぇぇーーっ?!!」

「無理かしら? この倉庫で暮らしている私からすると、不可能とも思えないのだけれど」


 そんな、そんなメチャクチャな使い方……。

 いや、今まで1度もやったことないけれど、たぶん、それは不可能ではないと思う……。


 だって僕の預かり所の力は、無制限に預かれる、という仕様のはずなんだから。


「上手くいくかはわからないけど……この力の仕様を考えれば、不可能ではないと思う……」

「そう! よかったわね、フロリー」


 フロリーさんは僕たちの話を、静かにすすり泣きながら聞いていた。


 声をかけられると彼女はベッドから身を起こして、ふらふらとした危ない足取りでこっちにやってきたから、僕はリアナ様が動く前に立ち上がって彼女を支えながら歩いた。


「わたしを……この世界に、吸い込んだ、不思議な力で……。わたしの家を……ここに、吸い込む、ということですか……?」

「上手くいく保証はないけれど、それで片付くなら、試してみない手はないね」


 ただ問題は屋敷の所有権だ。

 僕たちアポリオン族は、所有権のある者からしか物を預かれない。


 そういうルールでないと、僕たちは魔王とそう変わらない存在となってしまっていただろう。

 自分の力を行使してくれる共存相手さえいれば、何もかもを好き放題に奪い取れることになるのだから。


「天使様……っ」

「ナユタでいいよ。まあ一応、僕たちアポリオン族を天使と呼ぶ人たちも――えっっ、わ、わぁぁっっ?!」


 感極まってか、フロリーさんは目の前の僕に抱き付いてきた。それも強く、すがるように固くだ。


 凄く驚いた……。

 驚いたけれど、フロリーさんの身体が震えているのを感じ取ると、男らしく女性を受け止めようと胸を張った。


「私はリアナ。かつて勇者と呼ばれていた存在よ。そしてナユタは、神様が創った本物の天使、アポリオンの末裔」


 気弱なフロリーさんを励ますためか、リアナ様は僕たちの素性を明かした。


「お、お二人は、本物の勇者様に、本物の天使様だったのですか……っ!?」


 毎日のお祈りを欠かさない人種であるフロリーさんにとって、天使という存在は特別だったみたいだ。

 助けて、助けてと神様に願っていた彼女の前に、偶然にも天使と呼べなくもない僕が現れた。


 フロリーさんは僕を胸から解放すると、祈ろうとしてはその手をふりほどく動作を3度ほど繰り返してから、結局祈ることを止めた。


 祈られても困るし、助かった。


「僕は営業と接客と掃除担当。リアナ様には倉庫番と、相談役と、書類仕事をお願いしているんだ。わぁーっっ?!!」


 祈るか、祈らざるべきか。

 フロリーさんは迷いに迷った後に、なぜだかわからないけど、2回目の抱擁を選んだ。


 僕は驚いてまた声を上げてしまったけど、痩せて骨ばっている彼女の肢体がなんだか痛々しくて、素直にお姉さんの背中に腕を回していた。


「すみません……。こういうとき、祈る以外に、どうするべきなのか……わたし、わからなくて……」

「い、祈ってくれても、いいよ……?」


「いえ、わたしはもう祈りません。祈るだけの人生とはもうお別れします」


 フロリーさんにとっては、祈ることを止めるというのは、非常に重要な決断らしい。

 弱々しかった彼女の声は、しっかりとした張りのある音程になり、心配していた僕たちを安堵させた。


「これからは……そうっ、強くっ! 強く生きることをわたしの信仰にしますっ!!」

「うん、僕はいいと思――いっ、いたたたたぁっっ?!!」


「ありがとうございます、天使様ッッ!!」

「あらあら。でも少し、抱擁が強すぎるのではないかしら……?」

「見てないで助けてっ、助けてよっ、リアナ様……っっ?!」


 強すぎる抱擁に救助を願っても、リアナ様は優雅にお茶を口に運ぶだけだった。

 僕としては他の女性にこんなことされる姿を、リアナ様にお見せしたくないのに、リアナ様はこの光景をとても喜んでおられた……。


「もしこれが成功するようなら、なかなか面白いことになりそうね。私、そのお屋敷にでも引っ越そうかしら?」


 リアナ様の言葉に抱擁がやっとゆるんだ。

 フロリーさんはまだ天使様を逃がす気は全くないようだけれど……。


 とにかくそこは置いといて!

 成功すれば屋敷が丸ごとこの世界にやってくる!

 そう考えてみると、これは僕たちからしても意味のある試みだ!


 ここは物を収納するだけの倉庫だけれど、建物が丸ごとやってきたら環境が一変する!

 倉庫の片隅に家具を置いて生活せずに済む!


 建物丸ごとを預かれるかどうか、今すぐにでも検証してみたい。

 フロリーさんの様子が落ち着いたら、すぐにでも悪いやつらから彼女の屋敷を取り返しに行こう。


 それでもし上手くいったら、少しの間だけそのお屋敷を間借りさせてもらえないかと、彼女に頼んでみるとしよう。


「天使様……感謝しています……。天使様……天使様……」

「そ、そろそろ離して……っ。助けてよっ、リアナ様……っ」

「ごめんなさい、ナユタ。私、無粋は好まないの」


 フロリーさんが落ち着くまで、僕は恥じらいに頭が熱くのぼせようとも、4つ上のお姉さんの胸から解放されることはなかった。


 リアナ様のやさしい微笑みが僕を見るたびに、僕は嬉しいような悲しいような、男として見られていない現実に絶望したりした……。

もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ