・安楽イスの倉庫番 - 祈る→祈らない -
「え……ええぇぇぇぇーーっ?!!」
「無理かしら? この倉庫で暮らしている私からすると、不可能とも思えないのだけれど」
そんな、そんなメチャクチャな使い方……。
いや、今まで1度もやったことないけれど、たぶん、それは不可能ではないと思う……。
だって僕の預かり所の力は、無制限に預かれる、という仕様のはずなんだから。
「上手くいくかはわからないけど……この力の仕様を考えれば、不可能ではないと思う……」
「そう! よかったわね、フロリー」
フロリーさんは僕たちの話を、静かにすすり泣きながら聞いていた。
声をかけられると彼女はベッドから身を起こして、ふらふらとした危ない足取りでこっちにやってきたから、僕はリアナ様が動く前に立ち上がって彼女を支えながら歩いた。
「わたしを……この世界に、吸い込んだ、不思議な力で……。わたしの家を……ここに、吸い込む、ということですか……?」
「上手くいく保証はないけれど、それで片付くなら、試してみない手はないね」
ただ問題は屋敷の所有権だ。
僕たちアポリオン族は、所有権のある者からしか物を預かれない。
そういうルールでないと、僕たちは魔王とそう変わらない存在となってしまっていただろう。
自分の力を行使してくれる共存相手さえいれば、何もかもを好き放題に奪い取れることになるのだから。
「天使様……っ」
「ナユタでいいよ。まあ一応、僕たちアポリオン族を天使と呼ぶ人たちも――えっっ、わ、わぁぁっっ?!」
感極まってか、フロリーさんは目の前の僕に抱き付いてきた。それも強く、すがるように固くだ。
凄く驚いた……。
驚いたけれど、フロリーさんの身体が震えているのを感じ取ると、男らしく女性を受け止めようと胸を張った。
「私はリアナ。かつて勇者と呼ばれていた存在よ。そしてナユタは、神様が創った本物の天使、アポリオンの末裔」
気弱なフロリーさんを励ますためか、リアナ様は僕たちの素性を明かした。
「お、お二人は、本物の勇者様に、本物の天使様だったのですか……っ!?」
毎日のお祈りを欠かさない人種であるフロリーさんにとって、天使という存在は特別だったみたいだ。
助けて、助けてと神様に願っていた彼女の前に、偶然にも天使と呼べなくもない僕が現れた。
フロリーさんは僕を胸から解放すると、祈ろうとしてはその手をふりほどく動作を3度ほど繰り返してから、結局祈ることを止めた。
祈られても困るし、助かった。
「僕は営業と接客と掃除担当。リアナ様には倉庫番と、相談役と、書類仕事をお願いしているんだ。わぁーっっ?!!」
祈るか、祈らざるべきか。
フロリーさんは迷いに迷った後に、なぜだかわからないけど、2回目の抱擁を選んだ。
僕は驚いてまた声を上げてしまったけど、痩せて骨ばっている彼女の肢体がなんだか痛々しくて、素直にお姉さんの背中に腕を回していた。
「すみません……。こういうとき、祈る以外に、どうするべきなのか……わたし、わからなくて……」
「い、祈ってくれても、いいよ……?」
「いえ、わたしはもう祈りません。祈るだけの人生とはもうお別れします」
フロリーさんにとっては、祈ることを止めるというのは、非常に重要な決断らしい。
弱々しかった彼女の声は、しっかりとした張りのある音程になり、心配していた僕たちを安堵させた。
「これからは……そうっ、強くっ! 強く生きることをわたしの信仰にしますっ!!」
「うん、僕はいいと思――いっ、いたたたたぁっっ?!!」
「ありがとうございます、天使様ッッ!!」
「あらあら。でも少し、抱擁が強すぎるのではないかしら……?」
「見てないで助けてっ、助けてよっ、リアナ様……っっ?!」
強すぎる抱擁に救助を願っても、リアナ様は優雅にお茶を口に運ぶだけだった。
僕としては他の女性にこんなことされる姿を、リアナ様にお見せしたくないのに、リアナ様はこの光景をとても喜んでおられた……。
「もしこれが成功するようなら、なかなか面白いことになりそうね。私、そのお屋敷にでも引っ越そうかしら?」
リアナ様の言葉に抱擁がやっとゆるんだ。
フロリーさんはまだ天使様を逃がす気は全くないようだけれど……。
とにかくそこは置いといて!
成功すれば屋敷が丸ごとこの世界にやってくる!
そう考えてみると、これは僕たちからしても意味のある試みだ!
ここは物を収納するだけの倉庫だけれど、建物が丸ごとやってきたら環境が一変する!
倉庫の片隅に家具を置いて生活せずに済む!
建物丸ごとを預かれるかどうか、今すぐにでも検証してみたい。
フロリーさんの様子が落ち着いたら、すぐにでも悪いやつらから彼女の屋敷を取り返しに行こう。
それでもし上手くいったら、少しの間だけそのお屋敷を間借りさせてもらえないかと、彼女に頼んでみるとしよう。
「天使様……感謝しています……。天使様……天使様……」
「そ、そろそろ離して……っ。助けてよっ、リアナ様……っ」
「ごめんなさい、ナユタ。私、無粋は好まないの」
フロリーさんが落ち着くまで、僕は恥じらいに頭が熱くのぼせようとも、4つ上のお姉さんの胸から解放されることはなかった。
リアナ様のやさしい微笑みが僕を見るたびに、僕は嬉しいような悲しいような、男として見られていない現実に絶望したりした……。
もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。




