・捏造された遺書、本物の遺書
それからだいたい1ヶ月ほどが経った頃だろうか。
貧しい子供たちのために、聖堂でバザーを行うことになった。
日頃からお世話になっていたので、わたしも少しでも助けになりたくて、ずっと手を付けていなかった母の遺品を整理することにした。
遺品はわたしの部屋、屋根裏の一角にまるで捨てられたように積み重ねられている。
わたしはそれを1つ1つ確かめて、本当のお父様が生きていた頃の幸せな思い出に浸っては、もうあの頃には戻れない喪失感に胸が苦しくした。
悔しい。取り返したい。
母を騙した彼らに復讐したい。
暗い情熱が胸にわき起こっては、あまりに弱い自分自身に絶望した。
痩せっぽっちの細い手。
大きな声を出せない頼りない喉。
気弱で他力本願なこの気質。
わたしは誰かの助けなくしては、はい上がれない。
「ごめんなさい、お母様、お父様……。わたしには、もうどうすることもできない……。お母様が悪いのよ、全部、全部……」
母の遺品の中に、お父様の肖像画があった。
こんな絵、誰も欲しがらないかしらと思いながら、わたしはちょっと冴えない雰囲気のお父様のお姿を見つめる。
ところが、だけれど……。
高価なガラス張りの額縁と絵の隙間に、白い鳥の羽が紛れ込んでいることにふと気付いた。
変。これはなんだか、変だった。
だってそう、ただの偶然でこんな羽根が入るだなんて、そんなことはあり得ない。
それに記憶が正しければ、お父様が亡くなる前まではこの絵はエントランスに飾られていて、その時にはこんな羽根なんて入っていなかったと思う。
「誰かが、意図的に、この羽根を入れた……?」
どちらにしろ、肖像画からすれば羽根は異物。
わたしは羽根を取り出してみることにして、額縁を分解した。
すると額縁と絵の背面の隙間に、薄茶に変色した便せんが仕込まれているのに気付いた。
そしてその便せんにはただ一言――『フロリーへ』とあった。
それは忘れもしない、お母様の字だった。
・
――――――――――――――――
私の愛するフロリーへ。
これが貴女の手に渡ったということは、私はもうあの裏切り者のエドマンドに、亡き者にされていることでしょう。
その時、遺されたフロリーがどうなるかと思うと、胸が苦しくてしょうがありません。
ごめんなさい、フロリー。気付くのがあまりに遅すぎました。
せめてもの償いに、ここに本物の遺言書と告発文を遺します。
エドマンドは私を殺した真犯人。彼にロートシルト家を管理する権利はありません。
私、アムネシア・ロートシルトは、夫エドマンドではなく、義理の兄であり王都の騎士であるエンダー卿を、フロリーの跡見人に指名します。
フロリー、これを領主様を届けなさい。
偽りの遺言書の嘘を暴き、エンダー卿を頼るのです。
私は人を見る目がありませんでした。
彼の甘い言葉を疑いもせず、現実から目を背けてばかりいました。
私は母として、貴女を守らなければならなかったというのに。
ごめんなさい、フロリー。
罪深い母は、深い地の底より貴女の幸せを願っています。
ごめんなさい。
・
もし何かの偶然でこれを発見してしまった方がおりましたら、どうかフロリー・ロートシルトにお届け下さい。
フロリーはロートシルト家の相続権を持つ者。きっと貴方に謝礼を弾むことでしょう。
商家ロートシルト家
アムネジア・ロートシルト
――――――――――――――――
・
その遺言書を読んだその時、わたしの信仰は消えた。
苦しいときに神様は私たちを救って下さる。
今日までそう信じてきたけれど、司祭様たちが説くその言葉は、神様ではなくわたしたち人間が願っているだけだったのだと、そう気付いたから。
そして強く思った。
「こんな……こんな酷いことをする人たちを……どうして、どうして神様は、裁いて下さらないの……? 神様なら、お母様の仇を討って下さってもいいじゃない!! なのに、どうしてっっ!!」
助けてくれないなら、自分で自分を助けるしかない。
それに大嫌いなベリオルもこう言っていた。
祈るだけの者を、どうして神が助けなければならないのか、と。
わたしは間違っていた。
敬虔に、淑女らしく、従順に生きれば、神様や立派な殿方の目に止まって、いつか救って下さると勘違いしていた!
でもそれは違った!
戦わなければいけなかった!
ちゃんと戦って、わたしは奪われた家を取り返すべきだった!
わたしは母の遺言書を手に、ここ一帯を管理する領主様、ゴーモウル侯爵様に謁見するために、聖堂の司祭様に遺言書を見せに行った。
司祭様の取り次ぎのおかげで、謁見は翌々日の夕方に叶った。
やがて謁見の日がやってくると、わたしは木綿の粗末なお仕着せから、2年前まで着ていた物なのもあって少し小さい絹のドレスを着て、侯爵様のお屋敷を訪ねた。
そして、義父エドマンドが殺人者であり、偽りの遺言書で家を乗っ取った詐欺師であると、告発した!
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