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・簒奪、届かない祈り

・フロリー・ロートシルト


 わたし、フロリー・ロートシルトは慣れてしまった。

 朝、夜明けを告げる教会の鐘が鳴る前に目を覚まし、家の水汲みを済ませる。


 夜明けの鐘が鳴ると神様に祈りを捧げ、それから洗濯と掃除を始める。

 朝食を食べられるのはだいたいお昼前。


 家の者が食べた残りを使用人たちと同じ席で、分け合って食べる。

 古くからロートシルト家に仕えてくれた方々は皆解雇され、今の使用人はわたしに視線を合わせないどころか、話しかけもしない。


 わたしは彼らにとって腫れ物も同然。

 そんな幸せとは言えない落ちぶれた生活に、わたしはすっかり慣れてしまっていた。


「おい、フロリー、今から俺様の部屋にこいよ!」


 今の新しい家族にベリオルというとても困った子がいる。

 彼はロートシルト家を乗っ取った義父、エドマンドの子供。わたしからは義理の弟という間柄になる。


 年齢は1つ下の17歳。

 わたしは屋敷の廊下を歩いていると、その困った子に呼び止められた。


「ごめんなさい、ベリオル。わたし、これから聖堂へお手伝いに行かなければならないの……」

「おおっとぉ!? このカッコイイ! ベリオル様が! 特別に遊んでやるって言ってるのによぉー、男の価値のわかんねーダッセーやつぅ!」


 彼はエドマンド義父様に似て、顔立ちは男前ではある。


 けれどベリオルに町娘たちが黄色い声を上げるのは、彼が持つあまりに多すぎるお小遣いが目当て。

 彼はシャツとズボンをパンパンに膨らませた、小さく丸っこい子豚のような青年だった。


「ま、いいし! とにかく部屋こいよ! お前、この俺様の女だろ! 俺様の言う通りにしろ!」

「ごめんなさい、今日は司祭様に呼ばれているの……」


「……それ、本当か? 嘘だったら父上に言いつけるぞ!」

「本当よ。ぇ……っ、ゥッッ……?!」


 ベリオルはドレスの上からわたしの胸に触れ、わたしは激しい嫌悪に彼の前から後ずさった。


 信仰で押さえ込んでいた悔しさが、ロートシルト家を彼ら一家に奪われてしまった怒りが、触れられた途端に胸の中で静かに燃え上がった。


「お前ーっ、俺様の奴隷だろーっ! 奴隷が主人を睨むな!」

「こんなこと、もう止めて……」


「なら俺様と結婚しようぜ? 親父もババァも、俺様と結婚すれば本当の家族にしてやるって、そう言ってるだろー? 俺様もよぉ、フロリー義姉ちゃんならよ、やさしく……愛してやるからよぉ……?」


 わたしが彼らに虐待を受ける理由。

 それはこのロートシルト家の財産分与にまつわる問題が原因だった。


 アムネジアお母様は、新しい夫のエドマンドの裏の顔を知らなかった……。


 エドマンド義父様はもう引退したけれど、昔は有名な役者様だった。

 けれど彼は誘惑した女性たちに借金を背負わせて、売春や裏の仕事をさせている極悪人だった。


「わたしは、嫌です……。あなただけは、絶対嫌……っ、無理……っ、気持ち悪いの……っっ」

「へっへっへーだ! その言葉、もし親父が聞いたら、どうなるだろうなぁ……!?」


 お母様はエドマンド義父様が娘の夫が見つかるまで家を守ってくれると、そう信じて、財産の管理を彼に任せて逝ってしまった。


「諦めろ諦めろ、お尻ペンペンペーンッ! この国では、女は家を継げないんだよ! お前は俺の女になるしかないんだ、アハ、アハ、アハアハ、アハハハハッッ!」


 娘に伴侶ができたとき、跡見人であるエドマンドお義父様が退いてくれると、そう信じて。

 だけどとてもやさしかったエドマンドお義父様は、お母様が亡くなると、突然豹変した。


 内縁の妻サシェと、サシェとの間の息子のベリオルをこの屋敷に連れてきて、わたしたちの家を乗っ取った……。


 わたしの部屋はベリオルに奪われた。

 わたしは使用人が使っていた屋根裏に移住させられ、食卓からも追い出された。

 ベリオルとの結婚を、わたしが拒んだから……。


「わたし、もう聖堂に、行かないといけないから……」

「えぇぇー、祈るだけぇーー?」


「え…………?」


 祈るだけ。

 ベリオルの悪意に満ちた言葉がわたしの胸に突き刺さった。


「バーカバーカァ! お前、神になって考えてみろよー! 祈るだけの不真面目なやつを、なんで神が助けてやる必要があるんだよー? がんばってるヤツとか、カッコイイ俺様とか助けた方が、100倍意味あるジャンヨォッ!」


 わたしはベリオルから逃げた。

 無力な自分を呪いながら、心の安息をくれる信仰にすがりついた。


 けれどもその時のベリオルの言葉は、わたしの頭から消えてくれなかった。

 でも、行動をするにしても、具体的にどうすればいいのかすらわからない……。


 わたしの人生は、まだ十代だというのに既に八方ふさがりだった。

 信じて祈っていれば、いつか神様がこの苦境から救ってくださる。


 家督を継ぐことのできない女に生まれ、気もそんなに強くないわたしには、ただただそう信じる他になかった。


 助けて、神様。助けて。

 そう毎日、わたしは祈って生きた。

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