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お兄ちゃんと買い物

 少し大きめのショッピングセンターへ足を運んだ。

 おかげで日用品や雑貨を買い揃えることが出来た。


 ただ難点があるとすれば1度に全ての買い物を済ませられたことで、お兄ちゃんと外出する口実がなくなったことだろう。


「はい、持ってるからゆっくり見ておいで」

「ありがとう」


 お兄ちゃんは購入した食器類の袋を持つ。

 女性だとわかった今でもこういう優しい所が好きだ。


「だからいい感じの服を見繕ってきて…」

「一緒に行こうよ!!」


 っと、思ったけど単に服を選ぶことが面倒だっただけのようだ。

 一応フォローしておくと、服屋の前から買い物袋は持ってくれていたんだけどね。


「アサヒが選んだ服なら大丈夫。信用してるからさ」

「服を選ぶのが面倒なだけでしょ!!

 それに試着してみないとサイズとかわからないんだから!!」


 お兄ちゃんは「えぇ…」っと、心底嫌そうな顔をしていたものの、荷物をコインロッカーに入れ店内へと連れて行く。


「それにスレンダーでスタイルが良いんだからもっとオシャレになれると思うの」

「今悪口言った?」

「褒めてたよ!!」


 何故か胸のことだけは過剰に反応する。

 誉め言葉にも反応しなくてもさ…。


 店内をざっと見まわしながら、お兄ちゃんに合いそうな服を見繕う。

 その中でシンプルなデザインの薄手のブラウスを手に取った。


「これがいいんじゃないかな?」

「これなら365日着てても怒られないかな?」

「怒るよ!!夏用だよ。

 冬に着るのは短パン小僧と同じぐらい無謀だよ!!」

「そっかぁ…」


 お兄ちゃんの目が虚ろになっていくのがわかった。

 が、無視して着せ替え人形遊びを続けた。


「じゃあ、次はこれを試着して―――」


 私が服を差し出したその時だった。

 一組の女子グループが店内に入ってきた。


「!?」


 見知った顔に見えた。

 瞬間、胃袋を掴まれるような吐き気が感じた。


「―――お兄ちゃん。お店…出よっか…」


 私はか細く震える声でお兄ちゃんの腕を握りしめた。

 

 どうして、なんでこんなところに。

 学校からは離れているのに―――。


 死者でも蘇ったかのような心境だった。

 理由は思いつかないし、考える余裕すらなかった。


 私は隠れるように、それでいて相手のことを視界に捉えながら店内を出ようとした。

 だけど―――。


「―――っ」


 相手と目があった。気づかれた。

 瞬間、視界が暗転する。身体に力が入らない。

 いきなり宇宙に放り出されたような。思考もまとまらない。

 今自分がどこに、誰が、どうし―――


「大丈夫。僕がいるから」

「!?」


 お兄ちゃんがそっと、私の両脇に手を入れ支え、そして肩に腕を回した。

 そのまま店内を出て、お店から少し離れたベンチへと座わらせてくれた。



「お兄ちゃん…。もう、大丈夫だから―――」

「無理しないで。はい、お水」


 お兄ちゃんはペットボトルの天然水を私の額に当てた。

 冷たい感触がいくらか頭の熱をとってくれる。

 

 滲んだ汗とペットボトルに付いた水滴が混ざり合う。

 出て行った水分を肌から吸収しそうな勢いだった。


「お兄ちゃんは…。前の学校のことはお母さんから聞いてる?」

「…聞いてる。どうして転校することにしたかも」

「あははっ、初めから知ってたんだ。

 せっかく恰好付けて会いに来たのになぁ…。」


 私は少し落ち込んだ。

 無理して気丈に振舞っていたのは全てバレていたのだから。


「それでも会いに来てくれて本当に嬉しかったんだよ」


 お兄ちゃんは私の頭にポンっと手を置いた。

 そのまま軽く左右に動かし、撫でてくれた。

その手は同性なのに私よりも大きく、そして筋肉質だった。


「やっぱりお兄ちゃん、付いてない?」

「付いてないよ!!確かめる?」


 お兄ちゃんは呆れたようにズボンのファスナーに手を掛けた。

 露出狂になることよりも誤解を正すことを優先したようで、流石にそこまでされたら信じるほかないだろう。


「さっきの子は前の学校の?」

「…ううん。多分違うと思う。

 髪型が似てたから見間違えただけ」


 いるはずが無い。前の学校は車で2時間以上離れた位置にあるのだから。 

 冷静になればそんなことはすぐにわかるはずなのに。


「話してスッキリ出来そう?」

「…どうかな?スッキリはしないかも」


 きっと話すことで目を逸らしていた汚物を直視する羽目になるだろう。

 どれだけ楽しい時間でも、ずっと視界の端にチラついていた私のトラウマ。


 既に過去の出来事であり、思い出したくもなかった。


「そっか…。

 なら無理に話さなくてもいいよ」


 お兄ちゃんは優しい声色で言った。

 その言葉に救われた。やっぱりお兄ちゃんは優しい。だからこそ―――


「きっとスッキリしない話だと思う。聞いたからといって解決する問題でもないし。

 何より―――お兄ちゃんも嫌な気持ちになると思う」


 優しいお兄ちゃんのことだ。

 きっと共感し、憤り、嫌な気持ちになり、そして―――私のことを慰めてくれるだろう。


 だからこれは私の我儘だ。とてもズルい行為。

 自分が少しだけラクになる為に、相手を不快にするのだから。

 そして何よりも…


「…お兄ちゃんに私の痛みを共有して貰いたい」

「わかった。聞かせて欲しい」

「…ありがとう、お兄ちゃん」


 心底最低な行為だと思う。

 私は優しいお兄ちゃんが絶対に断らないことを知っていた上で尋ねたのだから。

 ただ相手に『自分で選んだ』という責任だけ押し付ける、そういう行為だ。


 全てわかった上で今の私にはそういう風に尋ねることしかできなかった。

 今の私は―――他人を信じることが出来ないのだから。

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