お兄ちゃんと休日
お兄ちゃんはだらしない。
次の日の朝。土曜日であり学校こそないものの、お兄ちゃんはいつまでたっても起きてはこなかった。
洗濯機を回し、朝食を作り、しまいには掃除機を掛けはじめてなお熟睡していた。
11時を回った頃、流石にそろそろ起こそうと思い体を揺すると出てきた言葉は―――
「あと3時間は寝させて」
「…」
3時間と言うと午後の2時になってしまう。
いくら学生の休日だからと言って、こんな時間まで寝させていても良いものだろうか?
居候の身ながらも心を鬼にして叩き起こすか否か心配になる。
昔はこうではなかった、と思う。
カッコイイお兄ちゃんだった。…女性だったけど。
活発で我儘だった私になんでも付き合ってくれた。
…いや当時から割と気だるげな感じがしていた。
あのまま大きくなるとこんな感じなのだろうか?
思い出に浸るのもおしまいにして、私は覚悟を決めて布団を引っ張る。
お兄ちゃんはテーブルクロス引きが失敗した時のように、上でぐるりと一回転しながら最終的にはシーツの無いベッドの上に着地した。
一瞬恨めしそうな眼でこちらを見たものの、睡眠欲の方が勝った様でそのまま深く眠りについた。
私は深くため息を吐きつつも、シーツは洗濯機へ、布団はベランダへ干した。
お兄ちゃんと付き合う人はさぞ大変な思いをするだろうなと思いながら。
「それでお兄ちゃん、本日のご予定は?
もし無いなら一緒にお出掛けしようよ」
「休日は身体を休める日なんだ。
だから僕は一歩も外に出るつもりはないよ」
そういうとお兄ちゃんは床にうつ伏せになりながらスマホを操作していた。
「それに昨日、今日は外出しないって約束したじゃないか」
「―――っち」
私は小さく舌打ちをした。
てっきり1日経てば忘れてくれると思っていたのに―――誤算だ。
まぁ誤算はお兄ちゃんが女性だったことから始まっているんだけど。
「昨日は気づかなかったけど、ここに暮らすならもっと日用品が欲しいなって☆」
私は出来る限り可愛い声で答えた。
お兄ちゃんの視線が痛いけど、まぁこれぐらいは仕方ない。
この部屋はハッキリ言ってしまえば質素だった。
最低限の荷物と、あとは何かに挑戦して辞めただろう残骸が置いてあるだけ。
趣味や遊び心というのが感じられない部屋だった。
何より可愛くなかった。
「えぇ…」
しかし 未だ抵抗を見せるお兄ちゃん。
それほどまでに家に居たいのか。
「一緒に買い物したいなー」
「いやだ」
「ほら、ショッピングセンターの方が美味しい食材とか買えるし」
「満足スティックでいい」
「…この部屋の状況をおば様に言うよ?」
「さぁ、行こうか!!」
やはりこの手に限る。
お兄ちゃんは速やかに服に着替えた。
行動が早いことはありがたいものの、不満が一つあった。
「その服、嫌だ」
「えぇ…」
お兄ちゃんはデカデカと英語の書かれた良く言えばロック風(詳しく無いけど)、悪く言えば中学男子が好きそうな服を着ていた。多分後者寄りだと思う。
「恰好よくない?」
「よくない。
絶対意味とか気にせず着てるでしょ」
スマホで検索してみた所、公園の鳩のフンとのことだった。
色々思うけど、まずどうして服にその英文を採用した?
「これはね…中学生の時。お母さんが買ってくれた…大切な服なんだ…」
お兄ちゃんは遠い目をした。
それは懐かしい記憶を思い出すように、お母さんとの思い出に浸り―――
「生きてるでしょ!!
ていうかおば様のセンスなの!?」
センスは遺伝する。そのことがよくわかった。
あと中学の時の服なのかぁ…
「他にないの?
もっとシンプルな無地のTシャツでも」
「中学のジャージでいいかな?」
「捨てなさい、そんなもの!!」
なんで一人暮らしに持ってきてるの?
お兄ちゃんは「着心地いいのに」とか文句をいいながらタンスに戻してた。隙を見て捨てよう。
「とりあえず今日の目的は服を買いに行くことだね」
「えぇ、別に困ってないよ」
「私が困るの!!」
どうして鳩の糞の隣を並んで歩かないと―――まぁ歩きたいのは私だけど。
とにかくせっかくスタイルがいいのに勿体ない。
お兄ちゃんはオシャレをすると絶対に化ける。
まともな服を着るだけで芸能事務所にスカウトされて、学校でも―――
「やっぱり鳩の糞のままでいいや」
「鳩の糞!?」
本人の意思を尊重するべきだ。うん、そうだ。
お兄ちゃんがファッションに興味がないのに、無理にオシャレをさせても嫌だろう。
「鳩の糞って?」
だから私も泣く泣く、お兄ちゃんオシャレ計画は諦めることにしよう。
本当は世間にお兄ちゃんの魅力をアピールしたいけど、これは仕方ないことだ、うん。
「ねぇ、鳩の糞って?」
「それじゃあ、行こうかお兄ちゃん!!」
お兄ちゃんは無言でスマホを弄り…。
ペチッと着ていた鳩の糞Tシャツを叩きつけると、手で顔を覆った。
「服買いに行く?」
「…うん」
その後お兄ちゃんは高校指定のジャージ(マシなデザイン)を着た。
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