お兄ちゃんはだらしない
「なにこれ!!」
お兄ちゃんによって開かれた扉。その先を見ての第一声はそんな言葉だった。
私の声にお兄ちゃんは明後日の方向こと右斜め上を見ていた。
扉を開けるとそこには段ボールや衣類、プリントなどが散乱していた。
ゴミ屋敷と言わないまでも、満遍なく床一面に敷き詰められている。絨毯の代わりと言われれば一瞬だけ納得できそうだった。
「いや、今朝は忙しくてさ」
「たった一日でこんなことにならないでしょ!!」
もし1日でこんなことになるならお兄ちゃんは強盗だ。通帳と印鑑を探す為に、家の中をくまなく探しでもしたのだろうか…家主なのに。
「ほらおばさんから、アサヒが家庭的になったって聞いたから」
「家庭的になったよ!!女子力超磨いたよ!!
何なら片づけをして、お兄ちゃんにアピールしようと思ってたよ!!」
実は片付けられてない部屋というのは、ある程度想定していたことだった。
男子高校生の一人暮らしだし、整理されてるとは思えないし、むしろ期待していた。
汚い部屋を私は文句を言いつつもテキパキと部屋を片付ける。
そんな家庭的な姿にお兄ちゃんはドキっと意識してしまう。
結婚したいと思ってしまう。なんなら初日で告白して貰える。
…なんてことを考えていたさ。
だけど同性ならば別だ。
「はい、一緒に掃除するよ!!」
「えっ、ちょっと、忙しいんだけど」
「そう言ってスマホを立ち上げないの。
ソシャゲのデイリーミッションとかでしょ」
「そうだけど!!
けどスタミナが溜まってるから1時間だけ待って」
「待てない!!今やらないと一生やらないでしょ!!」
私の言葉にお兄ちゃんは渋々スマホを床に置いた…ので私がテーブルに置きなおす。
同性ならば別だ。容赦や慈悲などあるはずがない。
なんならお兄ちゃんをお嫁に出せる為にも、今のうちに矯正しなければならない。
私はテキパキとした様子で通販のロゴの書かれた段ボールを畳む。
大き目の段ボールに畳んで入れても収まらないほどの量だった。
幸いだったのがこの汚部屋には生ごみは無く、あれやこれやが発生していなかった。
もし発生していれば流石の私も心が折れる。というより―――
私は疑問に思い冷蔵庫を開けた。
「あっ、やっぱり!!」
一人暮らし用の小さめな冷蔵庫とは言え、中にはジュースとゼリー飲料以外何も入っていなかった。
というかゼリー飲料が異様に入っていた。
「お兄ちゃん、普段何食べてるの」
「えっ、10秒チャージとカロリー満タンスティック」
「戦場にでもいるの!?」
多少食生活に偏りがあることは覚悟していたけど、食に対して無関心過ぎないだろうか?食べなくてもいいなら一切何も口にしないつもりなのだろう。
どうりで片付けている最中に生ごみどころか弁当の空すら見当たらなかったわけだ。
おば様が快く私との同棲を認めてくれた理由がよくわかった。
自分の娘がこんな食生活をしていれば心配になるだろう。
「買い出しに行くよ」
「今から!?」
時刻は既に17時を回っている。
先に部屋を片付けておきたい気持ちもあるが、これ以上遅くなると女性だけで出歩くには少し心配になってしまう。
対してお兄ちゃんは既に帰宅モードになっているのか、家から出るのを極度に嫌がっていた。―――よっぽど引きこもり体質だ。
「今日の晩御飯でしょ。
それに栄養を取らないから…」
「関係ない。実家にいる時から成長してないから!!」
何も言わなくても視線だけで察してくれたようだ。
あと高校生になってからも成長するんだから、ちゃんとご飯は食べようよ。
「それに今日買い出しをしておけば明日は一日家に居られるんだよ?」
明日は土曜日で学校も無いだろう。
多分お兄ちゃんのことだ、一日引きこもれることは魅力的に映るだろう。
「ホント?」
「うん」
もちろん嘘。明日はデートに付き合ってもらうつもりだ。
ここで暮らす為に必要な雑貨や日用品を買いにいくつもりだった。
だけど押しに弱いお兄ちゃんなら、明日は明日できっと一緒に行ってくれる。
ので、今日は今日の説得をする。
「わかった…それなら」
そうとは知らないお兄ちゃんは渋々買い出しについてきてくれた。
ホント男性だったならなし崩し的に印鑑ぐらいは押してくれそうだ。
けれど今回は特にそんなお兄ちゃんの性格に助かった。
今日は久しぶりに頑張り過ぎたから、これ以上は流石に無理そうだったから。
―――今の私は一人で買い物にすらいけないのだから。
それなりに片付いた部屋に暖かい食事がテーブルに並べられる頃には既に8時を回っていた。
段ボールは部屋の端に押し込み、散乱していた衣類はとりあえず洗濯機の前に積み上げた。
今日はもう遅いので明日の朝にでもまとめて洗濯を始めよう。
「久しぶりにうちの床を見た。こんな模様だったんだ」
「一体いつからこんな汚部屋だったの」
「入学してからズルズルと。段々地層が厚くなっていって」
「後世に下着を発掘してもらいたいの?」
流石に洗ったものだと思いたいけど…明日捨てようかな?
私がそんな計画を立てているとお兄ちゃんはお味噌汁に口をつけ―――
「うん、とっても美味しい。ありがとう」
「ふふっ、そうでしょ。修行しましたからね」
褒められたことに嬉しくなって少しだけ天狗になった。
本当なら胃袋を掴むつもりだったけど…まぁ褒められて悪い気はしない。
「料理は一杯練習したからね。
食べたいものがあったらリクエストしてね」
「満足スティック作れる?」
「あれ好物だったの!?」
てっきり面倒臭がって食べていたのかと思っていたけど、普通に好きだったのか…いや偏食なのだろうけど。
「半分冗談」
「全部じゃないことの方が怖いよ」
「そうだね…。前にみんなで作った、アレとか食べたいかな?」
お兄ちゃんは何だったかと思い出そうとして、頭をひねらせた。
そんな姿を見て私は目を細めた。
こうしてお兄ちゃんと一緒に食卓を囲んで、昔話をすることがずっと憧れだったから。
…女性だったことは完全に誤算だったけど。
食後はそれぞれ自由に過ごした。
私は荷ほどきをして、お兄ちゃんはスマホ片手にダラダラと横になったり。各自でお風呂に入ったり。
当初の計画ではラッキーなハプニングを起こすつもりだったものの、その必要がなくなった。
むしろお風呂すら面倒臭がるお兄ちゃんを無理やり押し込んで、片付け2戦目に勤しんだ。
一人の方が掃除が捗ったのは秘密だ。
そしてそのまま就寝。
「僕は床で寝るから」
「同性なんだから一緒に寝ようよ」
私はそう言うとベッドを叩いた。
まぁ異性でも一緒に寝るつもりだったわけだけどね。
「お願い…」
「…わかった」
やはりお兄ちゃんは優しい。
私が頼めば…私の心を尊重してくれる。
そんなお兄ちゃんに甘えつつ、私はお兄ちゃんと壁に挟まれるように横になり、目を閉じた。
こんな幸せがずっと続けばいいと願いながら。
もうこの幸せだけあればいいと思いながら―――。
「もう寝るんだからスマホは辞めて!!」
「待って、今スタミナ消費してるから。
あとちょっとで終わるから!!」
「そう言ってSNSに動画サイト、そしてソシャゲに戻ってくるんでしょ!!
寝る前のブルーライトは眠りを―――」
「お母さんかな?」
お兄ちゃんは渋々と言った様子でスマホを置き、私もそれに合わせるように再度目を瞑った。
「アサヒ、ありがとう。会いに来てくれて」
「…」
私はお兄ちゃんの言葉に答えなかった。
お礼を言われる立場ではないのだから。
お兄ちゃんを体の良い言い訳に使ったのだから。
―――私はここに逃げてきたのだから。
☆印、いいね、ブックマークを押して貰えると励みになります!!