プロローグ
よろしくお願いします。
−プロローグ−
中学から高校へと上がる春休みの、その最終日。
何者でもない宙ぶらりんな日常は、しかし、今日で終わりを告げ、明日からは遂に高校生活が始まる。
そんな、本来なら、大いなる期待とちょっぴりの不安が入り混じる桜の季節にあって、僕―西条春都―は本来とは違う期待と不安の狭間で揺れていた。
「はぁぁぁ、やっと買えたー!3時間。3時間も並んだんだぞこのヤロー」
1人で言いながら、その緩み切った眼前に掲げるは、名作ギャルゲー の限定版ボックス(特別書き下ろしポスター&ボイスドラマCD同梱バージョン、税込14,780円)だった!
「ふぅああ、楽しみだなー!だけどこのシリーズ、前作では最終告白を前にヒロインが全員火星人だった事が判明した上で、地球の風土が合わないからって全員吐血して死ぬエンドで大批判喰らってたから、ちょっと心配なところもあるんだよなぁ」
あの、夕陽に輝くワイキキビーチを背景に、可愛い女子たちが次々に緑色の体液を吹き出して行くシーンはもはやトラウマものだったからな......。
制作人よ何故あんなトチ狂ったエンドにしたんだ。無駄にcg凝ってたし。
前前作はギャルゲーの歴史を塗り替えるほどの名作だったのに。
僕は、そんな事をぼんやりと考えながらボックスを自転車のカゴに入れて、サドルに跨った。
「さて、サッサと帰ろう」
早く自分の部屋に帰ってゲームに没頭したい僕の脳裏には、ブレーキの存在など微塵もよぎらず、ただ全力でペダルをこぎ散らかすばかり。
まさに目の前にニンジンをぶら下げられた馬の様に風を切って走り、その勢いは果たして、急な下り坂に差し掛かっても死ぬ事はなかった。
普段ならブレーキ必須のその坂を、まるで落下するように駆け抜ける。
面倒くさいと言う理由だけで雑に伸びた髪がなびいて心地良い。
やがて坂も終盤に差し掛かり、流石にそろそろ減速しようかしまいかとあぐねいているその時だった!
ーーーああ、やっぱり僕は不運だ。
坂の脇道、と言うより、もはや建物同士の隙間と表現した方が正しそうなその薄暗がりから、不意に人が出てきたのだ。
当然、人なんて轢きたくないから、僕は握力34キロと中3男子の平均をやや下回る力の限り、思いっきりブレーキを握りしめた。
するとどうだろう。物理と言う科目をまだ本格的に習ってはいないため力学はよく分からないが、勢い余って自転車が一回転した。
「へー、坂道で急ブレーキかけたら回転するんだー」
と言う落ち着いた感想が出たのは、この後行く事になる病院のベッドの上での事で、実際回転してる最中は
「はぁあうわぁん!!」
と言う間の抜けきった声しか出なかった。
声を上げながら空中に放り出される僕。ヤバい状況過ぎて、周りの風景がスローモーションになって見える。
そんな緩慢的な刹那の中に僕が見たのは、ひと足早く地面に激突する新作ギャルゲーの限定版ボックス(特別書き下ろしポスター&ボイスドラマCD同梱バージョン、税込14,780円)と、すんでのところで避ける事には成功したらしい人の立ち姿。
さてその人は何と可憐な女子高生だった。
何故女子高生だと断定できたのか、その答えは彼女の服装にあった。
今日は春休み最終日、詰まるところ学生にとっては休日であるはずの日に、彼女はなぜか、ぴっちりと制服を着ていたのだ。
それも明日から僕が通うはずだった高校の制服。
艶やかな黒髪たなびくその女子高生に、美少女だなと思うが早いか、僕の背中は強い衝撃に叩かれて、そこで意識を失った。
小説を読んでいただきありがとうございます。
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