つむじはちじ
本作品。
近く、連載化することに決めました!
本作品は、連載化作品の序章という位置づけになります。
献呈。
我が女神であり、我が美神でもあり、THにこれを捧げる。
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題名 つむじはちじ 序幕
つむじはちじという人物について、あまり良い噂は聞かない。しかし、つむじはちじは、有名人であったし、つむじはちじに何が起こって、つむじはちじが世の中から消えたのか知りたがっている人間は多いと思う。
1
「俺は、どうしても、無理なわけさ。まず、どんなものであれ、体質的に怪談番組というのは苦手なのだよ。怪談番組とも言えないような、あんなうさん臭いやり口。耐えられるわけないだろう」
その年もいつもの年と同じように、去年のお盆明け、前日にラジオ放送された、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしという番組について、俺は否定的な感想を同僚の佐久間に伝えた。
「そして、数ある怪談はなしの番組の中でも、あの「つむじはちじ」という、仮面をかぶった正体不明のタレントがパーソナリティを務める毎年恒例のあの怪談はなしの番組。あれは、俺とっての苦手というか、鬼門の番組なんだ」
「でも、君はそのラジオ番組、毎年聴いているね。嫌いだと言いながら、肌に合わないと言いながら」
佐久間は、穏やかな人物ではあるが、彼が怒っているのははっきり感じられた。
* *
毎年、俺は、会社の同僚、佐久間と同じ話題で話をしている。
毎年、俺が否定的な意見を述べているのに、佐久間は、くじけない。
去年も、佐久間は、「どう思う? 今回のつむじはちじのはなしは?」とラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの感想をきいてきた。
俺は、いつもの年と同じように、去年もその怪談はなしの番組に否定的な意見を述べた。
その否定的な意見が、毎年、毎年繰り返されており、佐久間の方でもストレスをため込んでいたのだろう。
会社の同僚の佐久間は、ついにキレてしまったのである。
佐久間は、吐き捨てるように言った。
「そんなに怖いのだったら、その怪談はなしの番組を聴かなきゃいいだけのはなしじゃないか。でも、怖いとか、いやな思いがするとか不満を言うが、そのラジオ番組を聴かなければ、君は、いやな思いも、怖い思いもしなくてもすむ」
2
「たしかに、そう」
俺は、佐久間の言葉にも、その怒りの気持ちにも納得した。
「そうさ、僕も考えは君といっしょさ」
俺は、自分につぶやいた。
「あのラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなし、聴かなくて済むのなら、できれば聴きたくない」
そして、俺は、毎年、お盆休みが近くなると、あの「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを聴かなくてすむようにできる限りの努力はしているつもりだ。
しかし、俺にとって、あのラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを回避するというのはとても難しいことなのだ。
特に、あのラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしが放送される時期には、母に死なれて、独り身の父親の面倒を毎年俺が看るようになっている。お盆休みの期間は、嫁が実家に子供たちを連れて彼女の故郷に帰省することになっているからだ。
これは、独り身の寝たきりに近い父親の事情でもあることなのだが。
父親が寝起きしている、寝たきりの父親が始終閉じこもっている部屋では、始終ラジオ放送が流されている。
そして、そのラジオで流される番組というのは、父親が聴く決まったラジオの放送局というのがあって、その放送局の番組というのが始終流されていた。
父親は、自分がいつも聴いている番組を他人に変えられることをひどく嫌がったのだ。父親は、ラジオを聴くことについては、寝たきりになってトコトン我を通そうとするようになった。
そして、何の因縁か知らないが、
毎年、寝具などの調節や、何かしらの用事で親の看病をする時間帯、親のために食事の補助をしている時間帯、その時間帯を狙ったように、決まって「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしが始まるというわである。
おまけに、父親は、自分の気に入っているラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを自分と一緒に聴くように、俺に有言無言のうちにも要求してきたのである。
「一年に一度くらい、俺に付き合っても罰はあたらんだろう」
父親は、そういう気持ちを隠そうとはしなかった。
そういうわけで、お盆休みの頃、父親の世話をしながら、何年も毎年、毎年、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを結局聴かされてしまうという不幸な循環が成り立っていた。
3
「いつも話しておりますように、人が裏切られたり、苦しみの中で死んでいくのは、正直言わせていただくと、この世界にある大きなチカラがその人のことを憎んでいることが原因であるからに他なりません。実は、この大きな力と調和をとることによって、われわれは、永遠の命を手にすることが出来ます。多くの先輩達が、永遠の命を手に入れている、私は、そう断言します」
こういう語り口で、始まる「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしは、文字通り特異な世界であった。
「つむじはちじ」についてはかなり詳しい知識を持つ佐久間の考えでは、まず「つむじはちじ」の人気の理由として、「つむじはちじ」を考えを端的に表現するいくつかのうたい文句と、「つむじはちじ」の独特の世界観というのがあるらしい。
「つむじはちじ」がみるこの世界は、それは天国のようなものか、地獄のようなものか、佐久間にもはっきりと断言できない要素があり、今、研究中だという。
佐久間がなんとなく確信していることは、本来「つむじはちじ」というのは、その別世界というか異世界の住人であるということである。
ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしで、「つむじはちじ」が取り上げる幽霊事件の類というのも、異世界との軋轢から生じた幽霊、妖怪事件が主であるという。
「つむじはちじ」この世の幽霊騒動というのは、この世の世界というのが、この世の世界とそれに対する異世界が接触することによって起こっているものだと考えているという。
「つむじはちじ」というのは、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしのMCを務めてはいるものの、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしが放送される前後の二三日しか目撃されず、それ以外の期間では、「つむじはちじ」は、所在不詳となる。「つむじはちじ」を嫌っている連中の中には、「つむじはちじ」のことを鴉呼ばわりするものがいる。そして、「つむじはちじ」の方でも、鴉呼ばわりされるのを本当に嫌っていた。
というわけで、この番組は、「つむじはちじ」が、異世界とこの世の世界の接触によって起こった一年間の事件をまとめて、本番組、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしで報告を行うという設定になっているらしい。
いつものように、第十二回のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしは、終了の時間を迎えた。
こな番組のエンデングで「つむじはちじ」は、注目すべきことを言った。
「来年のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしは、この番組が始まりまして十三回目の放送のとなります。ですので、来年のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの内容は、これまでとは違ったものになります。どのようなものになるかは、来年のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの時間までお待ちくださるようよろしくお願いします」
「 お送りしましたラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなし、今回は、第十二回、来年の夏放送の次回は第十三回の特別番組となります。熱い企画を用意して皆様の御視聴をお待ちしております」
「つむじはちじ」がこのように言い、俺が、父親と聴いた最後のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしは幕を閉じた。
そして、去年の夏の十二回目のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの放送が行われて、そのすぐあと俺の父親は死んだ。
親父が死んでくれたとき、俺はほっとした。
翌年に放送される予定のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを俺は、聴かなくてすむことになるだろうと思ったからである。
もちろん、俺は、その翌年も、またその翌年も俺はラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしは聴かないだろう。もちろん、父親の強制はこれから永遠に存在しないのだ。
こうして俺は、もうこの「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしとは、完全に縁が切れたつもりでいた。
4
時が過ぎ、翌年の夏の到来。十三回目の「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの先行情報が巷間に流れ始める頃であった。
そんなある日、街のスクランブル交差点を横切っていた。そんな時である。
俺は、見知らぬやつから、突然手をというか、手首をつかまれた。
見知らぬやつは、俺の手を引いて、俺に寄り添うように、スクランブル交差点を渡った。
俺の手をつかんだ男は俺に話しかけてきた。
俺の手をつかんだその男は、自分のことを「つむじはちじ」と名乗った。
俺は、その男の言うことが飲み込めなかった。俺は、「つむじはちじ」なる人物がどんな容貌をしているのか知らなかった。
俺の手をつかんだ男は、俺が不審げな様子だったのが癪に障った様子だった。
「あなたは、私のことがおわかりにならないようですね。でも、私の声に聞き覚えがあるはずだ」と、「つむじはちじ」は言った。
俺は、「つむじはちじ」の声しか知らない。いつもの怪談はなしのラジオ番組で聴く「つむじはちじ」の声しか知らない。だから、姿で判断しようとしたときには「つむじはちじ」とは分からなかったが、その声をしっかり聴いてみると、その声はたしかにラジオで聴く「つむじはちじ」であった。
「記念の13回目の放送は、あなたが、主人公として取り上げられます。それを伝えるために私はやってきたのです」
「……」
俺は、しばらく考え、「つむじはちじ」の言うこと、最悪の予言を理解していた。
「何かの霊、何かの鬼神、魔人に取り憑かれて俺が死ぬのをドキュメンタリー風な番組にでも仕立てようというのか?」
俺は、好きではないがこれまで十二回も、強制されたとはいえ毎年欠かさずラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを聴き続けきた訳だから、番組制作者のやり口は読めるような気がした。それくらいは俺も理解が進んでいるはずだ。
俺が、怒りを表情に表すと、「つむじはちじ」は、すまなさそうな表情を一応浮かべた。
「つむじはちじ」は、言い訳をいう。
「あなたは、たしかに生贄として、鬼神様に捧げられることになりました。あなたが、鬼神様に捧げられることで、世界にかけられた祟りを解くことが出来るのです。数多くの私の番組のリスナーからたったひとりしか選ばれなかった生贄にあなたは選ばれたのです。どうか、その事実には誇りを持ってください」
「そうはいっても、結局は俺に対する殺害予告、死刑宣告じゃないか!」
「つむじはちじ」は、それも否定はしなかった。
「人は、生き死にを重大なことと考えがちであるが、実際にそんなに重要なものなのでしょうか? あなたには、別の考え方があるはずだ。あなたには、本当に大切なものに目を向けてもらいたい」
「つまらない屁理屈」と、俺は言い返した。
「決まったことは動かせません。これは忘れてはなりません。ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなし第十三回の放送では、あなたが主役となるのです。結局は死んでしまうことが運命として定められている人間であるあなたにとってこれはすべてを超えて、栄誉なことではないでしょうか」
そう言い終えると、「つむじはちじ」は、俺の手を離し、すごく足早に立ち去っていった。
俺は、取り残され、自分の死について考えた。
5
俺は、同僚の佐久間に相談しに行った。
俺が、「つむじはちじ」本人に会ったことを佐久間に伝えた。
「つむじはちじ」が、俺に対して、間接的な殺人予告を行ったことも佐久間に伝えた。
佐久間は、俺の話を興味深げな様子で聞いていた。
にも関わらず、佐久間は、我が家に起こりつつある異変について最初に俺に質問してきた。
佐久間は、俺のウチが抱える大問題について情報をいち早く得ていた。
俺は、佐久間の質問に答えた。
「そう、ある日家にとんでもないことが起こって、父親の写真、衣類、家にある父親に関係のある戒名も、遺影も、それどころか父親が存在していたことを示す、全ての痕跡や証拠ががなくなってしまったのだ。いまや、うちにあるのは、訳の分からない父親の遺書が残っているだけだ」
「俺の妻と子供たちは気味悪がって、妻の実家に帰っている。結局、ひとりぼっち、いつものお盆と変わらない状態だ」
俺の話を聞いて、佐久間は言った。
「最近、納得のいかないことばかりだな。「つむじはちじ」が姿を現すのは、時期としては早すぎる」
「実は、いろいろと考えたいことがある。君にアドバイスする前に少し考える時間をくれないか?」
こう言うと、佐久間は考えごとに、没頭した。
6
ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの今年の放送。第十三回記念の放送が間近に迫ってきた。
そんな頃、俺は自分の気持ちを確認した。
「よし、確認する! 俺は、「つむじはちじ」の思い通り、黙って殺されていくのか? 俺は、黙って殺される訳にはいかない!俺は、「つむじはちじ」の思い通りにはならない!」
このようにして、俺は、「つむじはちじ」から、また十三回目のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしの番組から逃げることに決めた。
父親は、死んだ。俺は、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなし番組に縛られることはない。
俺は、俺に対する死刑宣告から逃げる前に、もう一度会社の同僚の佐久間に会った。
佐久間は、俺を見ると言った。
「確かに、君も毎年真夏の今の時期は体調があまり良くないように見えるよ。ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしが嫌いな君。お盆の頃、今頃、君の健康がいつも心配になる季節だ。今回は、君の命が真剣に心配だ。確かに、「つむじはちじ」は、君の命を狙っている」
佐久間に、俺は伝えた。
「実は、今度のお盆のことだが、俺は、十何年ぶりかで、初めてお盆休みを取ることに決めたよ。ところで僕の休みの期間のことなのだが、つまり、僕の休みの期間の仕事のことなのだが、それを君に任せることにしたんだ。よろしくお願いできないだろうか」
7
俺は、会社の同僚の佐久間と会った後、佐久間に会社を不在する間、自分に代わってやるべきことをひとつひとつ具体的に指示(伝達、連絡)した。
そして、俺は旅に出た。
俺は、山に向かった。
俺が山にこもれば、それもラジオ放送の電波が届かない山奥にこもれば、「つむじはちじ」の力も及ばなくなるかもしれない。
俺は、山奥で「つむじはちじ」のラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしのないお盆休みを初めて過ごす。これは、「つむじはちじ」が、俺に対して宣告した殺害予告から逃れる良い作戦と言えるかもしれない。
やつらは、確かに簡単に俺を見逃してくれそうにはない。
今度の不運から逃れるのは、容易なことではないようだ。
俺が山に入るとすぐ、俺は、ガス(濃霧)にまかれてしまった。
俺は、俺を取り巻くガスの中に、邪悪なものの存在を感じ取った。無数の邪悪なものが、俺を取り巻いている。俺は、そう感じ取ったのだ。
ガスにまかれたら、今いる場所から無闇に移動しようとしてはいけない。これは、山に登る人間が守る大原則である。
しかし、俺を追い立て、駆り立てる邪悪なものの気配の為に、ガスにまかれた最初の場所に留まることができなかった。
俺は、たちまち道に迷ってしまった。
俺は、遭難してしまった。
俺は、山の中をさまよい歩くことになった。
何時間も何時間も、俺は山の中をさまよい歩いた。その間中、常に俺は俺を取り巻く魔物の気配を感じていた。
魔物たちが、俺を駆り立てているようだ。
魔物たちが、俺に襲いかかり、あるいは俺に取り憑いてしまうのも時間の問題だ。
俺は、しかし、最後に、山小屋を発見した。俺は、遠くに見える山小屋の明かりを目指して、残る力を振り絞り、歩いて行った。
8
あまりにも、安直で、安易な殺人。
俺は、人を殺してしまった。
俺は、山小屋の先客を殺してしまった。
先客は、獰猛なクマにでも襲われたような、無惨な死に方をしている。
山小屋の先客は、死んでも手に持ったラジオを持ったままで離さなかったようであるのが、印象的である。
俺は、この男から、ラジオを取り上げようとしたのだろう。この男は、手にしたラジオで、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを聴こうとしていたに違いない。俺は、この男を殺して、ラジオ特別番組、毎年恒例怪談はなしを聴けなくしたのだろう。
その時、先客を殺すために、俺の虚弱な肉体から生まれた凶暴なクマのような腕力を発揮したのだ。常識では考えられないことが、俺の肉体に起こったのだろう。
山小屋の男は不運にも死んだのだが、俺は、まだ生きている。俺には生き延びるチャンスはある。俺は、自分がとても幸運というか、運気に恵まれていると感じた。
俺は、山小屋の先客の死体を、隠した。なるべく、山小屋から離れ、見つかりそうにない場所を探し、そして、穴を掘り、先客の死体を埋めた。
俺は、山小屋に残る証拠を始末するために、山小屋に戻った。
俺が、山小屋に戻る途中、俺の耳元で「ポツリ」と言う音が聞こえた。その音は、自然から生じる物音でもなく、人間が作った音でもなかった。俺は、その音のことがとても気にかかった。
あれは、俺の仕業なのか、俺に取り憑いた魔物たちの仕業ではないのか?
俺は、人を殺してしまった責任をとる心構えが出来ないでいた。
もちろん、俺は、現実でさえも正確に把握出来ていなかっただろう。
俺は、うつらうつらし始めた。
しばらくして、俺は目が覚めた。
俺は、山小屋にあるはずのない死体を見つけて、驚いた。
その死体は、間違いなく俺が殺したものである。しかし、俺は、この死体を隠すのに適切な場所を見つけて、隠したはずである。
俺は、山小屋の先客が持っていたラジオも先客の死体と一緒に埋めたはずである。
しかし、俺が、我に返ったときには、壊れたラジオと、不運な男の死体かあった。これは、俺に取って受け入れがたい事実、現実であった。
俺は、叫びたかったが、なんとかこらえた。俺は、夜が明けるのを待ち、隠すのに適切な場所を見つけて、山小屋の先客と先客が持っていたラジオを埋めた。
9
「ところで、行方不明の父親について、何か新しいことが分かったかい」
会社で、盆休みを取った俺の変わりに、仕事している佐久間は、いるはずのない俺の気配を感じた。
佐久間は、閃いた。佐久間のそばにいるのは、盆休みを取るために、自分の仕事を佐久間に任せていった男の何かであった。
佐久間のそばにいる気配は、つぶやいた。
「父親は、元気な頃は、仕事でいつも家を空けていた。実を言うと、父親のことは、よく知らない」
佐久間は、自分のそばにいる気配に答えた。
「俺のほうでも、君の父さんについて、いろいろ調べてはみたんだが、いろいろ曰く因縁のある人物であったのはたしかなようだね。世間で噂されているように本当に殺し屋だったかどうかは、確証は得られていないが」
そう佐久間が言うと、佐久間のそばにいた気配が消えた。
10
俺は、数え切れないほど、同じことを繰り返している。毎朝、山小屋の先客の死体を隠すのに適切な場所を見つけて、そこに先客の死体を埋める。毎朝、朝になってみると、先客の死体を埋めるのに見つけた場所のことをすっかり忘れている。俺は、毎朝、毎朝先客の死体を埋める場所を探す。そして、ラジオを死体と埋め、山小屋に戻ると、先客の死体は、俺の前に再び姿を現す。
それを俺は、ただただ繰り返し、繰り返し、繰り返していた。自分でも疲れるかなと思ったが、案外疲れていなかった。
だから、これをやめることが出来なかった。
11
俺が、世の中から消えてしまって、俺と世の中が連絡が取れなくなってしまうと、俺の失踪を何かの事件として取り上げられた。
しかし、どんなに調べても俺の行方は知れなかった。
佐久間は、行方不明の同僚のことについて、いろいろと聞かれることになった。
佐久間は、嘘をついても仕方ないと思い、行方不明の同僚について、自分の思っていることを正直に話した。
俺の失踪事件について、新聞に載った佐久間のコメントは次の通りである。
「無限ループという世界の狭間に落ち込んでしまって、死ぬことを許されず、永遠にもがき苦しみ、生き続ける魂がたくさん存在します」
「行方が分からなくなってしまったものたち。つまり、「つむじはちじ」と行方不明の同僚とその同僚の父親のさんにんが、このたび新たに無限ループという地獄の餌食になったのだろうと、私は、そう考えます」
佐久間は、気づいているのだ。山小屋の裏手は、空き地になっていて、そこに、厨子が祭られていた。
そこに、死にかけた鴉とスパイが持つ偽造の身分証が落ちていた。
了