04.エキストラ部の提案
この数分の間だけでもう何回目だろうか。時が止まった。
正直な欲望の吐露は他人をドン引かせるものだ。
すごい。來住野はるかの完全なる無表情に、やがて軽蔑の色が滲んでいくのが見て取れる。無は無色じゃなかった。
しばらくして、鈴木が笑いながらギターをつま弾く。
「お、鳴った鳴った。このギター使えるぜ」
來住野はそれを無視して、手のひらでロマンをしっ、しっ、と払う。
「ここは狂人による寝言みたいな方針で出来てる部活だけどね、狂人の寝言を聞く部ではないの。妄想なら気色悪い二次元コンテンツででも摂取して発散してきなさい。現実に帰ってこれるよう、用法用量を正しく守ってね」
むしろ君が二次元コンテンツなのでは。
「いや、俺二次元コンテンツ興味ねえから」
ロマンの素の返答に、さしもの來住野も若干たじろぐ。
「え。その見た目で……?」
「見た目は関係なくない?」
「う。真顔で返すのね……」
本堂が「やれやれ」といった様子で肩を竦めた。
「ここは別に女子に囲まれることが目的の部じゃないし。大体、好かれてる訳でもない、いずれ負けず劣らず頭のネジの緩んだ女子の集団にただ囲まれてたって、疲れるだけだぜ? 実際」
本堂は引き続き「やれやれ」といった溜め息を吐き、手をひらひらと左右に振った。
よし。殴ろう。
隣りでは同じくロマンが握りしめた拳を隠そうともせず振りかぶっていた。
パン! と音が鳴り響き、さっきからテンション高めの天花寺が柏手を打ってひらめきを表現する。
「いいこと思いついた。じゃあ、ロマンくんもエキストラ部入っちゃえばいいじゃん。ね? ユウタ」
天花寺はうかがうようにして本堂の顔を覗き込む。
「男子が多いほうが出来ることも増えると思うし。ユウタがいて、ロマンくんがいて、ホラ、まるで昔に戻ったみたい」
またも他の女子一同の耳がピクッと反応する。
天花寺、めっちゃ幼なじみマウント取りにいくじゃん。あと今、自然に僕の存在忘れてたな……。
本堂は当たり前のように天花寺の想いを意に介さず、額面通りに提案を受け取る。
「たしかに。それがてっとり早い。この間みたいに保育園の手伝いとか普通に人手も体力もいるブラック労働だったもんな」
エキストラ部そんな仕事してるんだ。ってか違うんだよ本堂。
今、天花寺は本堂に幼い頃の楽しかった記憶を反芻して欲しかった訳で。いや、そんな楽しかった記憶がそもそも実在せず、天花寺の中で過度に美化され膨らんでしまった妄想の可能性もあるが……。
「じゃ、ロマンさ……」
と、本堂が言いかけると、來住野が激しい咳払いをして後、口を挟む。
「私たちの意見は聞かなくていいのかしら?」
「え。悪い。來住野はこれ以上部員増えるのイヤだったか?」
本堂にまっすぐ見つめられ、來住野は口ごもる。
「べ、別に。イヤでは……ないわ?」
チョロい。こんなチョロい人本当に存在するんだ。
「私もさんせーい。賑やかになって楽しいし」
鈴木は楽しげにギターをつま弾いた。次の瞬間、弦がバチッとはじけ飛ぶ。
「およよ。これ、ダメだわ」
と、ぞんざいに埃被った備品入れのケースに放り投げる。今なんかギターのボディ破れた音がしたんですけど。
「歓迎するよー。えっと、山田ルビーくん」
「青木ロマンだ」
「そう。ロマンくん。これからよろしく」
サッパリ淡白な対応に見えるけど、鈴木もさっき本堂と天花寺の幼なじみな距離感に動揺してたの僕ちゃんと見てたからな。
最後に、みんなの視線が床にタロットカードを広げた二ツ神依莉愛に向けられる。
本堂が訊ねる。
「イリア。いいかな? 二人がエキストラ部に加わっても」
そのご機嫌を伺うような声は、同級生に対するそれというよりは、うんと年下の子供や小動物にでも話しかけるような調子だった。
ていうか二人? あ。一応、僕のことも数に入れてくれてたのね。
二ツ神は怪しいまじないを唱えながら、手首のスナップを効かせてタロットカードを一枚めくる。それを持ち上げると、一同に見せつける。
めくられたカードの中心には円が描かれ、上部に逆さ文字が記されていた。
「ダメ、絶対」
そう言い切る二ツ神。
「そのデブが入部するとすごく不吉な予感がするダメ絶対私そいつ生理的に無理だから入れたくない」
「それ占いってか本音じゃないか……」
「いや、占いだよ。ぼく知ってる」
本堂のツッコミは適切だと思いつつ、一応フォローを入れておく。
「そのカードは『運命の輪』の逆位置。まあ、つまりよくない未来ってこと」
二ツ神が初めて僕を見た。もしかするとタロットを理解している人間は他にこの部にいないのかも知れない。まあ僕もそんなよく知らないけど。
二ツ神は意外にもというかこのゴスロリ衣装にして当然というか、ハーレムヒロインズの中でも一際ばっちりメイクを決めていた。唇のリップが深紅に煌めく。
無垢な瞳は愛らしいが、道ばたでばったり出くわした野良猫に顔色窺われてるような気まずさがある。僕、猫、苦手。
「そんな理由で反対されてもなぁ…… どうしてもダメか? イリア」
本堂の問いに、二ツ神は不機嫌そうに眉をひそめる。
「いや、運命に導かれてないんだったらしょうがねえ」
折れたのはロマンの方だった。
「部活入りは遠慮しとくわ。それによ、よく考えたら俺がエキストラ部入ったって意味ねえんだよ」
「どうして?」
「だってよ……」
ロマンは女子たちを見回し、さすがに空気を読んでか続きは言わなかった。
「とにかく。俺もお前らみたいに謎の部活を……あ」
そこまで言って、ロマンは気付いた様子だった。
「なんだ。最初っから俺、答え口にしてたじゃん」
「そういうことね」
なにが「そういうことね」なんだか、明らかに今気付いただろう來住野も同意する。
僕は面倒くさくなりそうだなぁ、きっと巻き込まれるんだろうなぁと思いながら、ロマンの気づきに耳を傾けていた。
この胸の高鳴りが、まだ続くのかも知れないと期待しながら。
「俺も、謎の部活を立ち上げればいいんじゃねえか」
いかがでしたでしょうか。引き続きよろしくお願いいたします。