03.乗り込め! 謎の部室
古びた部室棟三階の突き当たりに、たしかに『エキストラ部』の室名札は表示されていた。
プレート入れはくすんでいるのに、中に収まった白いプレートはまだ新しく、可愛い丸文字で『エキストラ部』と記されている。天花寺の字だろうか。
定番設定なら、長年放置されていた空き部室を利用しているはず、という読みは当たっているようだった。
ロマンは躊躇なくドアを開け、室内に入っていく。
「失礼しまーす」
すたすた歩を進めるロマンに続いて、僕がエキストラ部に入って目にした光景は以下の通り。
そこでは来客を迎える角度で長机の中央に座した本堂優太が、嗜虐的な笑みを浮かべた來住野にきつく頬をつねられていた。
そんな來住野に慌てた様子で天花寺立華が止めに入っており、その隠れ巨乳が優太の後頭部に押しつけられている。
二ツ神依莉愛は床にタロットカードを広げて並べ、鈴木眞琴はロッカーの上で年季の入ったくすんだギターの弦を調節中。
そんなポーズで固まったエキストラ部一同が、揃って来客たるこちらに振り向く。
この世界の、主人公様たちが。
「どこから……」
ロマンは脱力していた。
「どこからなにをツッコんでいいのか、わからねえっ」
感情の起伏が乏しいと自認する僕も、流石に動揺は隠せない。
「本当にハーレムマンガの一コマだ……」
本堂が慌てて手を横に振る。
「違う。違うぞロマン。お前らは勘違いしている」
來住野がハッと我に返り、本堂の頬をつねっていた手を引く。本堂には見せていた無邪気な悪意は鳴りを潜め、瞬時に感情の通わない冷徹な能面を取り戻す。
対象的に、ようやく自分の胸が本堂の頭に当たっていることに気付いた天花寺は顔を真っ赤にして体を離し、恥ずかしいのかなんなのか、目をきゅっとつむって、爪を立てて宙をかき暴れている。
なにかな。そういう猫なのかな?
本堂が苦しい言い訳を始める。自身ではそれが言い訳であることにさえ気づいていないような真剣さで。
「違うぞ? ロマン。今のは、俺が不用意な一言で來住野を怒らせて、天花寺が庇ってくれただけだから」
というかコイツ、ロマンの名前知ってたんだ。まぁいいけど。
「もう、なんでもいいわ。羨ましい境遇だこと」
ロマンが率直にこぼす。
「相談するのもアホらしくなってきたな……」
「え、相談!?」
途端に、本堂の目が輝いた。
「おお、やった。相談者、今週初!」
「今週ってもう金曜だろ。今日で終わるじゃん」
「そう。その上で、今週初。この行き詰まる空間で、変人女に囲まれて何の意義も無い無意味な時間をただ浪費していくより、依頼が欲しいんだよ、俺は。何か、何かしなきゃいけないことをくださいっ」
訴える本堂の瞳には、嘘のない切実さが籠もっていた。
結構、こいつもこいつで大変なのかも知れない。
僕はただ考えもなく「美少女に囲まれて裏山」だなんて嫉妬していたが、よく考えてみよう。
個性的な美少女四人の中で男子一人、放課後の時間を奪われ、特にすることもなく密室に閉じ込められ、行動動機たる依頼もなく、ただボンヤリ無為な時間だけが過ぎていく。
かけがえのない、高校生活が。
それはなるほど、正直羨ましいかっていうとやっぱり羨ましいな。うん。超羨ましかった。ふざけんじゃねえなに切実に悩んでんだブッ飛ばすぞ。
まあ、あんまり嫉妬を口にするのも浅ましいので本題に入るとするか。
その前に、僕は自己紹介しなきゃいけないんじゃない? これ。
本堂が僕たちに長机の対面を手で促す。
「まあ、座ってくれ」
「もう座ってる」
と、もう座ってるロマン。いつの間に。
「いや、ロマンの連れの……」
「あ。友永ハジメ。ぼくは付き添いなのでここで見てるよ」
いかにもモブ然として僕は話す。
物語に介入しないよう。人物相関図の矢印に加わらないよう。
体格も、成績も、運動神経も、ついでに恐らく顔立ちも。大体クラスの中の下か下の上ってところ。だと思う。
僕は絶対に主人公にはなれない。
ロマンが本堂に気になったことを訊ねる。
「ん? ていうか俺の名前、知ってる?」
「知ってるけど。だってロマンだろ? 小学校低学年の時、同じクラスだったじゃん」
「は? 学校で? 何年生で」
「スイミングクラブのクラス。な? 立華」
話を振られた天花寺は、口をぱくぱくさせて頬を紅潮させる。
すると自分が口走った「立華」に気づいた様子で、本堂の頬も見る間に紅潮していった。
「ああ、違う間違えた。天花寺。違うんだよ、昔は下の名前で呼んでたから」
天花寺は引きずる動揺を納めようと手でパタパタと己の顔を煽ぎ、改めてロマンを見て人懐っこい笑みを浮かべる。
「うん。覚えてるよ。どうもー、ロマンくん。話すの久々だね」
ロマンは笑みをひきつらせて、必死に脳裏の記憶を探り当てている様子。
「オオ……ヒサシブリ…… あ。思い出した!」
ロマンのテンションが上がり、座ったばかりの席でそのまますぐ立ち上がる。
「なんか知ってる顔と名前だと思ってたわ。ユウタとリッカ。リッカはいつもユウタの後ろに付いて回ってた女子だ」
「うわー、言わないで言わないで。恥ずかしい」
天花寺が今度はロマンに向けて宙でバタバタと手をかく。それでは何も止められないと思うんだけど、もっと言って欲しいってことかな?
その時。僕は気づいてしまった。
いつからか(十中八九、本堂の「立華」呼びのあたりから)來住野、二ツ神、鈴木がそれぞれ本堂と天花寺に鋭い視線を飛ばしていることに。
嘘だろ、実在するのか。ハーレムラブコメ現象。
今、令和だぞ? いや昭和や平成だったとしてもおかしいわ。おかしいんですよ? オタク諸兄。
「それで。あなた――ロマンさん?」
仕切り直すように、冷たさに拍車をかけた声音の來住野が質問を差し込む。
「あ。青木ロマンです。よろしく」
「そう。青木くん。あなたは、こちらの二人と旧友の親交を温めに来たの? それだったらさっさと三人で出かけてカラオケでも食事でもしてくれば? としか言えないのだけれど」
初対面だろう相手に向けて引くレベルのケンカ腰を向けた來住野に、本堂が呆れたツッコミを入れる。
「折角の依頼人に理由もなく何いきなり不機嫌になってんだよ。不条理過ぎるだろ、來住野」
いや理由は明白だろうが。お前もツッコミ待ちなのか? そう喉まで出かかった言葉が……
喉から出ていた。
「いや。理由なら明白だろ?」
ロマンの喉から。
は?
一瞬ののち、意味を理解した場の空気が固まる。
この場で理解していないのは本堂だけだ。
「え。なに? ロマン、來住野が怒ってる理由わかるの?」
「そりゃ、今、ユウタがよ……」
その時、ハーレム要因の女子四人が一斉に咳払いをした。
なぜか僕まで身を強ばらせてしまった。そういうのはタブーというかなんというか。
強敵との戦いに挑む主人公に「お前は主人公だから死なない」と教えてしまうものみたいというか。いや、それとはちょっとちげーか。
ハーレムヒロインたちの謎の結束力と來住野の見るものを凍て殺す冷たいまなざしに、さすがのロマンも言葉の続きを呑み込んだ。
「まあ、いいや。で相談、乗ってくれるか? ユウタ」
「あ、おう。どうぞどうぞ」
男友達に飢えていたのか、恐らく昔通りなんだろう「ユウタ」呼びに気を良くしたのか、本堂は嬉々として話を聴く体勢に入り、ロマンが再び着席する。
僕は傍観に徹していたかったのだが。
「いいからいいから、友永くんも」
天花寺に肩を掴まれ、強引に座らされてしまった。この両肩にのしかかる、力を込めてもどこかやわらかい手の温もり。死ぬまで覚えとこ。
「それで? 一体どんな依頼があるというのかしら」
まるで依頼などあってはいけないみたいな口ぶりで來住野が問う。
ロマンは自身の抱えている悩みを、率直な言葉で、真剣なトーンで打ち明けた。
「俺も、ユウタみたいに女子に囲まれて、謎の部活やりたい」
いかがでしたでしょうか。引き続きよろしくお願いいたします。