02.エキストラ部の行進
先頭を歩くのは、美しく滑らかなロングの黒髪の乙女。姿勢正しく、行進するように粛然と歩く美少女・來住野はるか。
そんな彼女にまとわりつくように歩いているのは、オレンジ色したショートヘアに軽くウェーブのかかった天花寺立華。
天花寺は身振り手振りも賑やかに來住野に話しかけ、來住野は振り返りさえしないものの、天花寺からかまわれることにまんざらでもないご様子。
その後ろを、ゴスロリチックな制服の二ツ神依莉愛が続く。ウソみたいな紫色のツインテール。よく見ると萌え袖で、小動物みたいに周囲を警戒しながら歩いている。
対して長身の鈴木眞琴は、そんな一同の輪の中にいられることが楽しいのか、くつろいだ表情で後ろ手に手を組み、ケラケラと笑っている。後ろで束ねたポニーテールは溌剌と健やかなオーラを放つ。
そうした、お花畑が擬人化して歩いているような麗しき美少女たちの最後方で、全身から人間不信オーラを滲ませた場違いな男子がつかず離れず歩いている。
「出た。本堂優太」
ロマンは憎き仇に向けるようまなざしで本堂を凝視する。
背は鈴木よりはやや低く見えるが、実際はわからない。何故ならえらく猫背だからで、その姿勢の歪みが自信のなさを窺わせる。
顔立ちは悪いとは言わない。卑下されると腹立つ程度には整った作りだが、それだけでモテるかというと微妙なレベル。
肌はいかにも不健康な青白さ。何より目つきが死んでいる。ラノベでしか知らない「死んでいる」と形容されうる目つきの人間が、現実にも存在するとは。
本堂はじりじりと歩幅を狭め、ハーレム要因一行と距離を置こうとしている様子だった。
しかし喋りながらも來住野を見て本堂を見てと忙しない天花寺が、めざとく本堂の自分ぼっち化工作に気がついた。
慌てたように、本堂にいじましくも小さく手で「おいでおいで」をする天花寺。
その意図に気づいた鈴木が颯爽と本堂の後ろに回り込み、背中をポンッと叩いて気持ちよく前に押し出す。
どうもエキストラ部の中にあって本堂は一人になりたがり、しかし彼女たちの誰もその孤立を許してはいないようだ。
やはり本堂の姿は、「美少女軍団」――言い換えれば「女子集団」の中にあって、明らかな異物であった。
たとえば本堂のポジションにいるのが僕だったら。
全力で鼻の下を伸ばしたおすか、それか別に嬉しくねーしと突っ張った態度を周囲に誇示し、さっさと彼女らの輪から逃走してしまうに決まってる。
けれど本堂優太は違う。
マジ女とか興味ないんすけど。マジ勝手に集まってきちゃってマジ迷惑なんすわ。全身からそんなオーラをマジ漂わせながら、決して本気で逃げだそうとはしていない。本堂の周囲に漂うオーラを擬音で表すならば、「やれやれ」をスタープラチナのごとく繰り出している。
その態度がなにを意味しているのかどうにもわかりかねるから、周囲の女の子たちもやきもきしてしまうんだろう。
本堂許すまじ。慈悲はない。と、義憤に満ち怒りに燃えた僕の口から漏れたのは、
「……いいなぁ」
消えそうに細く、締まりのない、そんな一言だった。
これが僕、友永ハジメの本当の感情? ポカポカする…… いやポカポカはしない。ムカムカする。
「なあハジメ。お前の言うとおりだとすれば、あそこにいる集団は全員、ラノベによくいる設定持ちってことでいいんだよな?」
「うん。本堂優太が主人公のね」
「なるほど。たしかに俺らはモブってわけか」
「え? 僕も?」
まあ、そうか。僕はモブか。
悔しいけど、あんな主役グループ然とした一団を目の当たりにしてしまったら認めざるをえない。
「そのラノベの中で、エキストラ部ってのには誰が何を依頼してもいいのか?」
「厳密にはラノベにエキストラ部なんて名称は登場したことないと思うけど。SOS団・奉仕部・古典部……隣人部は違ったっけか? でも、大体どこも依頼人はウェルカムだよ。っていうか、そういう部が出来たからみんな好き勝手ジャンジャン使ってやってくれって、峰岸先生言ってたじゃん」
「よし。乗り込もう、ハジメ」
「え。ロマン?」
ロマンは太ももをポンと叩くと、ずっしり重たそうに肥え太った自身の体躯を、いとも身軽に立ち上がらせる。
なるほど。僕は理解した。
「そうか。主役が入部してる、ラノベでよくある謎の部活。その傍観者であるうちはただのモブだけど、その部への依頼人になってしまえば、少なくともモブから脇役にはランクアップ出来る。そういうことか」
「いやハジメが何言ってるのか全然わかんねえけど。それでもあれだけのメンツが揃ってるなら、良い案の一つ二つ出してくれるんじゃねえかなって思ってさ」
「良い案って、何に対する? 何を依頼するのさ」
ロマンはしばしの間があって、その願いを漏らした。
「……俺もモテてえってこと」
いや、それ依頼? 受けてくれるかなぁ。しかし否定する根拠もない。
ラノベ世界のリアリティラインは大体フワッとしている。そのフワッとした隙間に現実離れした美少女たちが生息しているのだ。
まあ、ここはラノベの世界ではなく、紛れもない僕の現実なのだけれど。
「じゃ、行くぞ、エキストラ部」
気がつけば見えなくなったエキストラ部の消えた先、部室棟に向けてロマンは歩き出す。
季節は五月。
まだ出会って一ヶ月だったけれど、青木ロマンは肥え太った見た目の印象より遙かにフットワークが軽い。
そんなことに気づけるくらいには、もう彼とは友達になれたと思う。
丸く大きな背中でのっしのっしと歩いていくロマンの背中を追いながら、エキストラ部の部室があるだろう部室棟へ向かう。
前方にそびえるあの部室棟は、まるでラノベの舞台。
ここから先は現実のステージが上がり、フィクションの世界へと足を踏み入れていくようで、僕の胸は少し高鳴っていた。
いかがでしたでしょうか。引き続きよろしくお願いいたします。