決着
傷一つない地竜エルレギオンの姿を見たフェイは、ため息を漏らしつつ笑みを浮かべていた。
「本気じゃなかったとはいえ直撃して無傷か……厄介だな。だが、それくらいじゃないと張り合いがないな」
決して余裕のある相手ではないが、なぜだか負ける気がしなかった。
因縁の相手、初めてのクエスト、様々な要因があるが単純に久々に全力で戦えるのが嬉しかったのだ。
「地道に切っていきますか。ライト・オブ・ソード」
能力によって光で剣が強化される。
竜の身体は全身満遍なく鱗に覆われているせいで生半可な攻撃は通らず、その中でも両腕が特に固くなっている。
なので狙うべきは、必然的に腕以外となる。
「ライト・オブ・アーマー」
フェイの能力は光を操り自信を強化する能力であり、それを使用して竜に接近する前に全身を強化する。
フェイの能力の中で最も威力の高い遠距離攻撃が、先程のライト・オブ・セイバーだったのだが、竜の装甲を打ち破ることはできなかった。
「物理以外の耐性も高いことはわかったから、他の部位が物理に対してどのくらい硬いか確かめるか。【ライトシールド】」
魔術を複数発動して、空中に光の盾をそれぞれ離れたところに展開し、それを踏み台にして空中へと跳躍をして竜へ近づく。
光の盾を二つほど蹴った頃には、能力で強化された体は突進してく竜の頭上へ移動していた。
「まずは様子見で【ライトランス】」
空中を移動するフェイの周囲に取り囲むように出現した魔法陣は、その全てが竜へと照準を合わせており、その全てから光の槍が放たれる。
槍の大きさは一般的な長剣ほどの長さで、細く鋭い見た目をしていた。
その光の槍が様々な角度から射出され、身体を貫こうと襲い掛かるが竜はフェイの位置と光の槍を視認した直後すぐに尻尾で迎撃してきた。
尻尾は光の槍をやすやすと打ち砕き、その先にいるフェイを攻撃してきた。
「あっぶね」
魔術が通用せず迫りくる尻尾を見たフェイは、とっさに盾を蹴る角度を変えて尻尾による薙ぎ払いを間一髪のところで回避する。
転がって着地の勢いを殺しながら、即座に起き上がり追撃が来ないか確認をする。
危険な相手だと理解していたが、少しでも油断をすれば一瞬で命を失うことをいまので再確認できた。
「その尻尾邪魔だな。ライト・オブ・スラッシュ!」
次の攻撃が来る前に一気に接近したフェイは、能力で強化した斬撃を尻尾に御見舞するが、簡単に弾かれてしまった。
「かったいな。中途半端な攻撃じゃ、魔術だろうが物理だろうが一切通らないみたいだな」
竜の攻撃範囲から抜けるために一旦距離を取って、改めて状況を分析する。
竜はその硬さにより、高火力の技を持たない冒険者は逃げることしかできない存在だが、逆に言えばエルレギオンに通じる攻撃があれば、それは強大な武器という証明になる。
フェイはその武器を身につけるために今日まで修行を続けてきたのだ。
「硬いのは端からわかってる。それを突破しなきゃ、師匠に笑われちまうからな」
剣を強く握り、再び攻撃を仕掛けようとしたが、それよりも早く竜が動いた。
右腕を強く地面に叩きつけた後、竜の周囲の地面から岩の槍が出現し、それはフェイの足元にも現れた。
「くそっ、魔術か」
エルレギオンは岩属性の魔術を扱い、地面を操作して敵を討つ魔物だ。
予備動作が大きいのでタイミングはわかりやすいが、攻撃範囲が広く避けきるのは難しい。
「ちっ、ライト・オブ・セイバー」
剣に魔力を宿して、光の奔流を放つ。
先程よりも魔力量が少ないので威力は低いが、岩のやりを破壊する威力はあった。
「ここからが本番だな。いいぜ、やってやる!」
と意気込んだはいいがその後の十数分、フェイの攻撃は竜に全くダメージを与えることはできなかった。
「くっそ。固すぎだろ」
体力と魔力をそれなりに消耗したフェイは、少し疲れが見え始めていた。
フェイの防御力では竜の攻撃を何度も耐えることはできないので、一撃も当たらないように戦っていたので精神もかなりすり減っていた。
「なんだ?」
突然竜が叫びだすと同時に地面から岩の槍が出現し、空からは岩が降ってきた。
「そんな事もできるのかよ!」
必死に転がりながら攻撃を避け、追撃がないか顔を上げて確認すると竜は右腕を振り上げていた。
その右腕にはこれまでと違って、強大な魔力が纏われており、地面に振り下ろすと同時にその魔力が解き放たれた。
開放された魔力は爆音とともに地面をえぐりながら、破壊の本流はフェイの元へ迫っていく。
「くそっ間に合え! ライト・オブ・セイバー!」
攻撃の範囲と威力を見て、避けることもシールドで防ぐのも即座に無理だと判断したフェイは、とっさにライト・オブ・セイバーで応戦する。
魔力をためる時間が短いせいで、剣からは小規模な光の奔流が放たれ、光と破壊の奔流はぶつかり合い衝撃波が発生する。
光は押し負けて破壊の本流に飲み込まれるが、衝撃はによって吹き飛ばされていたフェイは奇跡的に攻撃の範囲内から逃れることができた。
「回復役がいればもう少し楽に戦えたんだけどな」
腰に装着した数少ない回復ポーションを飲んで、細かい傷を癒やしながらそんな考えがよぎったが、いない者はいないと即座に諦めて戦いに集中する。
どう倒すかと考えた瞬間、竜の様子が変化した。
中々倒れないフェイにしびれを切らしたのか、ついに本気を出した。
竜の全身から魔力の高まりが感じ取れ、鱗が青く輝き出した。
「ぐっ!」
全身が魔力で強化された竜は、これまでよりも数段早い腕での攻擊をフェイへと叩きつける。
「ライト・オブ・ガード!」
とっさに左腕に装着していた盾で一撃を受け止めようとしたが、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされ、近くの岩に背中から勢いよくぶつかってしまう。
当然その隙逃すわけもなく、巨体の割に素早い動きで近づいた竜は、フェイを叩き潰そうと腕を振り下ろす。
「ライト・オブ・アクセル」
移動速度を強化して間一髪避けれたが、息をつく暇もなくつ語の攻撃がやってくる。
竜が青く光ってから状況は一方的なものになり、もはや戦いではなくなっていた。
だが、そんな状況でもフェイは必ず来るチャンスを信じ、竜の猛攻を盾で防ぎ、時には剣で軌道をずらして耐え続ける。
辛く耐え忍ぶ長い時間経った果てに、ついにその瞬間は訪れた。
フェイを完全に仕留めるために、竜がブレスを吐こうと口元に魔力を集めだしたのだ。
それを見たフェイは左腕に魔力を集めてタイミングを計る。竜は強力なブレスを吐くために腕での攻撃を中断し、四つん這いになり口を開く。
その瞬間、貯めていた魔力を開放して能力で強化した特大の光の槍を放つ。
「ライト・オブ・ランス!!!」
フェイの能力は武器や魔術、殴る蹴るなど自身の行動を強化する能力だ。
これを使うと本来威力が弱い技も大幅に強化することができる。
その強化により、先ほどは複数射出された槍を一本の強力な光の槍に変化させて、勢いよく口に向かって放つ。
体は強固な鱗に守られてダメージを与えるのは困難だが、体内ならやわらかく攻撃が通じると考えた末の攻撃だ。
そのフェイの考えは正しくいかに頑丈な竜といえど、体内にこの光の槍を食らえばただでは済まないだろう。
当たりさえすれば。
「なんだと!」
信じがたい不条理な光景にフェイは思わず嘆く。
だが、それも仕方がないことだった。
竜の猛攻をしのぎ、唯一のチャンスに放った攻撃が、あっさりとブレスに押し負けてしまったのだ。
「【ライトシールド】」
思いもよらぬ出来事に回避が間に合わず、とっさにシールドで攻撃を防ごうとしたが、ブレスはそのシールドもあっさりと破り、そのままフェイの体に直撃した。
先ほどと同じブレス攻撃だったなら、フェイの攻撃は負けることなく竜の体内を貫いていたのだが、竜はブレスの範囲を狭めることで威力をさらに上げていたのだった。
「はぁ、無事なポーションはこれ一本か」
左腕の盾でなんとか致命傷は防いだフェイは、今の衝撃で破壊されなかった最後のポーションを飲み、傷を癒やして立ち上がる。
かなりの深手を食らったせいで、ポーションでは完全に回復しなかったが、なんとか立ち上がり戦える程度には動ける。
「師匠ならどうするかな」
剣聖ならどうやって立ち向かうか想像するが、同じことを自分ができる気がせず苦笑する。
「師匠ならそもそもこんな状況にならないよな。俺は剣聖じゃないんだから、俺にしかできない方法でやつを倒さないとな」
どうにか現状を打破する方法を模索しようとするが、竜はその時間すらも与えてはくれなかった。
「まじかよ」
無慈悲にもフェイが回復する間に、竜は魔力を今までよりも多く口元に集め、再びブレスを吐こうとしていた。
死のカウントダウンはすでに始まっており、終わりは近かった。
高まっていく魔力を肌で感じ、今にも絶望の闇に飲み込まれそうになる。
「諦めてたまるか!!!」
心を支配してくる絶望を叫ぶことで追い払い、心を奮い立たせる。
だが、そんなことをしても竜のブレスに対抗できない現状は変わらない。
そんな弱気な考えは振り払い、勝つために頭を働かせる。
今の自分ができること、竜がやろうとしていることを反芻して一つの勝機を見つける。
「チャンスは一度きり。できるか分からないがやるしかない」
考えた末に見つけたその勝機は決して確実ではなく、綱渡りのように細くかすかな勝機だ。
それでもその強力さは身にしみて理解したつもりだった。
ならば、後は覚悟を決めて勝つために剣に魔力を貯めて剣を振り上げる。
「ライト・オブ」
フェイが技を発動させようとすると、大地から光が溢れ出し、戦闘中だということを忘れさせるような幻想的な風景が目の前に広がった。
小さく、微かな希望の光たちが剣に集まっていき、絶望という暗闇を明るく照らしていく。
そして竜がブレスを吐くのと同時に剣を振り下ろして、叫ぶ。
「セイバー!!!!!!!」
大量の光とフェイの魔力が集約された剣から、今までよりも細く小規模の光の奔流が放たれる。
それと同時に、竜の口から青い炎のようなブレスが先ほどよりも大きく、高い殺傷力を持った破壊の奔流が放たれる。
光の奔流と破壊の奔流は、真っ向から衝突し、大きな衝撃はを発生させた。
小規模な光ではあっさりと飲み込まれると思いきや、反対に破壊の奔流を押していた。
そして、拮抗はすぐに終わりを迎え、光の奔流が威力を減衰させること無く突き進み竜の頭を飲み込んだ。
「グァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!」
眩い光の奔流に飲み込まれた竜から、苦悶の声が聞こえてくる。これまで通用しなかったが攻撃がなぜ、通用したのか竜には理解できなかっただろう。
だが、仕組みは単純なもので、フェイの一撃は攻撃範囲を狭めることで威力を上げた先程の竜の技を真似したものだった。
"ライト・オブ・セイバー”は何も指定をしないと、広範囲に光が放たれるだけの技だったが、範囲を竜の頭を飲み込む大きさにに狭めることで、魔力を凝縮して威力を大幅に上げることに成功したのだった。
フェイの攻撃は竜へ大きなダメージを与えたようだったが、まだ倒すには至っていおらず、すぐに怒り狂った竜がフェイへ殺そうと耐性を立て直していた。
「まだ終わりじゃねぇ‼」
だが、この一撃では足りないと分かっていたフェイはすでに竜の頭に向かって走り出していた。
能力で強化した身体能力をフルに使い、頭へと跳躍して、最後のとどめの一撃を放つ。
残りの魔力をすべて使い、剣に光を宿し、右腕を後ろに引いて投擲の構えをとる。
「 ライト・オブ・ジャベリン!!!!」
能力で強化した光の剣を竜の口を目掛けて、バネのように小さくなった体を開放して、思いっきり剣を投擲する。
剣は白い光の線を描いて竜の口の中を容赦なく貫いていき蹂躙した。
「グァァァァァァァアアアア!!!!」
竜は自身の体内を貫かれる痛みによって、今まで聞いたことのないような地の底から響いてくるような叫び声を上げ、体中から光が溢れて爆散した。
予想通り体内は外側ほど頑丈ではなく耐え切れなくなり、内側から爆ぜたようだった。
竜だったものは光の粒子になり、地面には剣だけが残っていた。
「今度は俺の勝ちだ、エルレギオン」
地面に落ちた剣を拾い上げ勝利を宣言し、自らの手で後悔の象徴を倒したことにより、ようやく一歩踏み出せた気がしていた。
「すみm……!」
感慨にふけっているとどこかで声が聞こえた気がした。
「ん? なんだ?」
周囲を見渡すと、遠くで誰かが走っていて、こちらへ近づいてくるのが見えた。
気になったので周囲に他の魔物がいないのを確認してから、こちらからも近づいていくと、声がはっきり聞こえたきた。
「助けてください!」
姿もはっきりと見え、長い青髪の女性がこちらに叫びながら向かってきて来ていてた。