リベンジマッチ
迫りくる剣先を反らす。腕にある盾で受け流す。体捌きで躱す。
それらの全てが困難な時は、被害を最小限にして耐え切る。
そうすることで襲い掛かる死の一撃から身を守るこの状況は一方的で、もはや戦いではなかった。
少しでも生き延びようと必死にあがくが、数秒ごとに傷は増えていき、次第に体が言うことを聞かなくなっていき、ついに剣が弾かれ体制が崩れてしまう。
「クソっ!」
自分の情けなさに悪態をつき、次の行動を起こそうとするが敵はその隙を見逃さず、首元を切りつける――寸前で剣を止めた。
「三分ちょうどか、新記録だな。おめでとうフェイ」
寸止めをした剣を腰の鞘に戻しながら、固まった状態のフェイに祝いの言葉を告げるのは剣聖レイナ・ヴァーミリオンだった。
「もう少しいけると思ったんだけどな。まだまだ師匠には勝てる気がしないや」
まだ耐えられたはずと悔しがりながら、疲労困憊の身体を地面に投げ出すフェイ。
二人が今行っていたのは模擬戦で、どれだけレイナの猛攻をしのげるかという内容の訓練だった。
今までのフェイの最高記録は二分三十秒というもので、今回の記録は三十秒も更新する快挙だったのだが、今回の結果にフェイは納得していなかった。
「嬉しいとは思ってるんだが、今日は調子が良かった分、もう少し耐えられる気がしたんだ。だけど体が調子についていかず、体力が切れて負けた」
「確かに体力の配分を考えなかったのはだめだったが、自分で失敗した理由が分かっているのはいいことだぞ。それに、状況判断が良くなっていたぞ」
「ありがとう師匠」
フェイは自分をとことん追い詰める性格なので、適切な判断で指導し、時に優しく褒めてくれるレイナとはいい師弟だった。
「駄目だった部分をちゃんと理解しないと強くなれないからな。目標だった体の動かし方は大分できてきたから、次は体力配分を目標にする。それで、もっともっと強くなって見せる」
フェイの目標は父と約束したあの日から変わらず、目の前の人を守れる強さを手に入れることだった。
レイナと出会ってから早八年、少年だったフェイは成長して十六歳の青年になっていた。
来る日も来る日もレイナの厳しい修行に耐え、成長し続けてきた。
「今日はこの後どうする? いつもの訓練をこなしていればいいか?」
傷を治すためにポーションを飲みながら、何か考えている様子のレイナに声をかける。
いつもはレイナとの模擬戦が終了した後は、一人で能力や魔術の訓練をしているのだが、今日は少し違うことをするようだった。
「そうだな、今日は少し別なことをするか」
「別なこと?」
いつも基礎訓練ばかりさせてくるので、違う訓練をするのは珍しいことだった。
「そうだ、今日は街に行ってクエストを受けよう」
「クエスト!」
その言葉を聞いたフェイは勢いよく起き上がり、わくわくした表情でレイナに近寄る。
フェイはレイナのもとで修業を始めてから、一度もクエストを受けたことがなかったのだ。
いつも、「早くクエストを受けさせてくれ!」と言っていたが、レイナにまだ早いと却下されていたのだが、ついに解禁された。
ずっと待っていた分その喜びは大きく、先ほどまで疲れていたはずなのに今すぐ戦いに行ける気分だった。
「気持ちはわかるが、少しは落ち着け。受けるクエストはもう決めてあるが、聞くか?」
はしゃぎすぎているフェイを注意しつつ、不敵に笑いながらレイナは問いかける。
だが問いかけるまでもなく、フェイの答えは決まっていた。
「聞くに決まってる! どんなクエストを持ってきたんだ?」
フェイの迷いのない答えを聞いて、嬉しそうにしながらもレイナは表情を引き締めた。
「それはな……大型の魔物エルレギオンの討伐だ」
魔物の名前を聞いた瞬間先ほどのはしゃぎようとは一転、フェイは静かになりゆっくりと口を開いた。
「エルレギオン。やつがいるのか」
「ああ、お前の因縁の相手。初めてのクエストとしてはぴったりだと思わないか?」
エルレギオン、あの日村を襲い、幼く力が足りなかったせいで父親を失ってしまった後悔の象徴のような魔物。
フェイはあの時の悔しさを忘れたことは一度もなく、辛く、苦しく、心が折れそうな時にあの日の出来事を思い出しては、「もう一度あのようなことを繰り返すのか?」と自分自身に問いかけることで、心を奮い立たせてここまで来た。
レイナに鍛えられたことで成長したとはいえ、エルレギオンを倒さないことには真の意味で、あの日から成長できたとはフェイの中では言えない。
そのことをレイナもよくわかっていたからこそ、これまでクエストを受けさせなかったのだろう。
「ああ、俺の初めてのクエストとしてこれ以上ない相手だな。俺の成長度合いを測るのにちょうどいい。絶対に倒してやる!」
先程の静かなフェイトはまた一転して、やる気をみなぎらせていた。
「その意気だ。先に行っておくが、今回のクエストに私は一切かかわらない。最初から最後まで、お前ひとりでやつを倒せ」
いつまでもレイナに頼っていては強くなった証明にはならない。
いざとなればレイナに助けてもらえると思っていては、強くなどなれない。
「当然だ。あいつは俺の獲物だ。師匠にも邪魔はさせないぞ」
弾かれていた剣を拾い上げて、腰の鞘に納めてから両手を強く握る。
気力は十分、これ以上ない最高の状態だ。
「それで、あいつはどこにいるんだ?」
「ここから少し歩いた先の荒野だ。今回のクエストは荒野の近くにある街、コルケーからのものだ。最近現れたエルレギオンのせいで、隣町のレイスへ行く際に襲われる危険があるそうだ」
レイナの説明を聞いて、内容を理解したフェイだったが、ふと今回のクエストには一切かかわらないと言っていたレイナは、どうするのか疑問が湧いた。
「クエストの内容は分かった。だが、師匠は俺が戦っている間どこにいるんだ?」
「コルケーでお前の帰りでも待つことにするよ。そうだな、一日経っても帰ってこなかったら迎えに行ってやるよ」
つまり、万が一エルレギオンを倒せなかった場合、一日経たなければレイナの助けは期待できないということだ。
大型モンスターの前で一日逃げることはできないので、敗北が死につながる、まさに命がけのクエストだ。
「コルケーって確かここから歩いてかなりかかるよな」
フェイh頭の中で地図を思い浮かべながられいなに尋ねる。
「ここから歩いて五時間、クエストの場所からは六時間ほどだな」
「めちゃくちゃ遠いじゃねぇか。今が昼だから、コルケーに着くのはほぼ夜か」
「何だ、もう終わった後の心配か?」
もう倒した後のことを考えているフェイに、命がけということをわかっているのかと問うレイナ。
「当然だろ。こんなところで負けるわけにはいかないからな。無事に帰ってきて、
強くなったことを証明してやるぜ」
フェイの自信満々な姿を見て、弟子の成長に嬉しくなったからか笑みが溢れる。
「そうか、それは楽しみだ。早速行くか」
「ああ、やってやるぜ!」
フェイたちは昼食を挟んだ後に、装備を整えて出発をし、数十分ほど歩いて後に荒野に到着して二人は別れることになった。
「ここで、いったんの別れだな。気長に勝利の凱旋を待っているよ」
「酒でも飲みながら、のんびり待ってろ。じゃあ行ってくる」
レイナに心配をかけないように、自信満々に返事をする。
「ああ、頑張れよフェイ」
互いに笑みを交換したのちに、二人は反対方向に進み始めた。
レイナと別れてから歩くこと三十分、フェイは目的の場所に到着した。
周囲を見渡すが、生えている植物や、大きな岩などの障害物は何もなかった。
「あいつがいるとされている場所に来たが、見当たらないな」
周囲を警戒しながら探していると、遠くから大きな音と共に地面が揺れた。
そして、地響きは徐々にフェイのもとに近づいていた。
「来たか」
遠くから恐ろしい勢いで、自分の元へ突進してくるエルレギオンを視認したフェイは、両手で頬を叩くことで気合を入れなおす。
持ってきていたカバンから、ポーションを数本ベルトの収納部分に突っ込み、カバンを離れた場所へ置く。
そして、剣を振り上げて魔力を込めた後、能力を発動する。
フェイの周囲の地面から光が溢れだし、剣に集約されていく。
エルレギオンが射程圏内に入ったのを確認してから、剣を振り下ろし内に秘めた魔力を開放して光を解き放ち、力強く叫ぶ。
「ライト・オブ・セイバー!!!!!!」
剣から放たれた光の奔流は、フェイに向かって突進してきている竜を飲み込み、より一層輝きを増して爆発した。
周囲を光が激しく照らし、一時的に竜の姿が見えなくなる。
「あの時のあいつは腕が消し飛んだが、今回はどうだ」
過去を思い出しながら、見えない状態からの不意打ちを警戒しながら待つと、光が収まり竜の姿が現れた。
フェイの光の奔流をその身に受けた竜の身体には、一切傷が入っていなかった。
「ははっ、こりゃ手強いな」
以前の個体よりも遥かに強い相手を目の前にして、フェイは不敵に笑うのだった。