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時の逸脱者  作者: 健杜
3/6

希望の光

「おじさん!」


 地に伏せたレイギルに向かってフェイが急いで駆け寄り、体を調べると腹を爪で引き裂かれたようで大量の血が零れだしていた。

 追撃が来るかと魔物を見たが、でかい図体のせいか動きが遅いらしく、近づいてくるまでにまだ少し時間があるようだった。


 「馬鹿が! こっちにくるな! 早く逃げろ!」


 レイギルに怒鳴られるが、瀕死で血を流す姿を見てフェイは逃げることができなかった。

 レイギルのカバンからナイフを取り出し、服を切って腹を止血する。

 そして気休めにしかならないが、治療効果のある魔道具を取り出して起動する。


 「俺のことはいいから、今すぐ逃げろ! 今ならまだ間に合う」

 「逃げるなんて無理だよ! こんな死にかけてるおじさんを放っておくことなんてできない」


 涙目になりながら、レイギルに感情をぶつける。

 今日一日で多くの知り合いを亡くした。

 そのうえ大切なレイギルまで失うことは耐えられなかったのだ。


 今からフェイがやろうとしていることは勇気ではなく、無謀ということは、戦って勝てる見込みがないのは、フェイが一番わかっていた。


「だっておじさんは……俺にとって、父さんみたいな存在なんだもん。俺が生まれてすぐに亡くなった両親の代わりに育ててくれた。おじさんがどう思っていたかは知らないけど、少なくとも俺は本当の父さんだと思ってたんだよ。だから、だから……俺が、父さんを守る!」


 だが、これ以上失はないために立ち向かうことを決意する。

 今まで抑えていた感情を全て吐き出し、必要なものをカバンから取り出し、魔物に……絶望に抗う。

 ため込んでいた感情を吐き出すことで頭が明瞭になり、やるべきことが分かった。


 「やめろ! お前じゃ勝てない! 頼む、逃げてくれ!」


 泣きそうな顔で懇願されたが、今のフェイの決意を変えることは誰にもできなかった。


 「でも、父さんは逃げなかったよね。絶対に勝てないと分かっていたあいつから。だから俺も逃げない」


 恐怖で震える手足を深呼吸をすることで落ち着かせようとする。

 覚悟を決めたと言ってもやはり恐怖は消えず、手足の震えは止まらない。

 それでも本当に怖いことは、自分だけ逃げた結果、魔物にレイギルが殺されることだ。

 その恐怖に比べれば、目の前の魔物と戦う恐怖なんて小さいものだ。


 「行くぞ!」


 自分を鼓舞するために両頬を叩き、気合を入れて走り出す。

 剣を右手で強く握り、何度も何度も修行で振った動きを頭の中に思い浮かべる。

 魔物は向かってくるフェイに対して、様子をうかがうように腕を払って攻撃をしてくるが、子供のフェイをなめているのか大した速度ではなかった。


 フェイは攻撃の動作が見えた瞬間に、左手に持っていた球を魔物の顔に向かって投げ、球は放物線を描き、魔物の眼前で破裂して強烈な光を放った。

 フェイが投げたものは、ため込んだ魔力を光に変えるいわゆる閃光玉で、至近距離でその光を見れば、視力を一時的に奪うことができる。

 突然の光によって視界を奪われた魔物は、フェイのいない明後日の方向に攻撃をするのでその隙に近づき、剣で体を切りつけた。


 「なっ!?」


 だが、魔物の皮膚は想像以上に固く、剣はあっさり弾かれてしまった。

 切りつけた手ごたえは岩を攻撃しているようで、切れる気がしなかった。


 「どこか切りやすい部分は無いのか?」


 諦めずに様々な部位を切りつけるが、どの部分も岩のように固く、フェイ剣は無情にも弾かれる。

 もたもたしている間に、視力が回復した魔物は危険度が低いとフェイを判断したのか、自身を攻撃するフェイを無視してレイギルに向かって移動を始めた。

 

 「父さん! やめろ止まれ!」


 何度切りつけても魔物は意に介さず進み続け、動けないレイギルに腕を振り下ろす。


 「させるか!」


 フェイは動けないレイギルの前に立ち、振り下ろしてきた腕を向かい打つ。

 フェイの攻撃は通用せず、魔物の攻撃を防ぐことは不可能。

 手持ちの特殊玉を使おうとも魔物の攻撃を対処することはできないが、諦めて何もしない選択肢は、フェイには存在しなかった。


 「フェイ、無理だ早く逃げろ! 逃げてくれ!」



 目の前で息子同然のフェイを失うことを恐れ、レイギルは腹の傷などお構いなしに大声を出すが、フェイには届かなかった。

 絶望の闇に飲み込まれるかと思いきや、希望の光はわずかに残されていた。


 「俺は、父さんを、守るんだ!」


 フェイは命ある限り抗い続けると覚悟を決め、守ると叫んだ瞬間、体を温かな光が包んだ。

 光はすぐに消えたが、何が起きたのかを理解したフェイは、剣に魔力を込めて叫んだ。


 「ライト・オブ・セイバー!」


 剣に込められた魔力が輝きを増し、剣を振り下ろすと溢れんばかりの光が解き放たれた。

 剣から発生した光の奔流は、迫ってきた魔物の腕を飲み込み、跡形もなく消滅させた。

 一瞬の静寂の後、魔物は腕を失った痛みで叫び声をあげる。

 その叫びは身が竦むような圧迫感があったが、今のフェイにはもう恐怖はなかった。


 「フェイ、今のは……」


 その光景を信じられないという表情で見たレイギルは、目の前のフェイを見る。

 フェイは呆然とするレイギルの疑問に笑顔で答えた。


「これが俺の能力だよ」


 守ると叫び光が体を包んだ時に、フェイは能力を授かった。

 光が体を包んだ際に、魔力を消費することで、光の力で自身を強化する能力だと理解したフェイは、魔力を消費することで使える攻撃”ライトオブ・セイバー”を放つことで、魔物の腕を消滅させたのだ。

 命の危機でも諦めずに足掻いた結果、果たせないと思われた朝の約束を守ることができたのだ。


 「いくぞ! ”ライト・オブ・アーマー”」


 光を鎧の用に纏うことで身体能力と防御力を強化する。

 先ほどまで攻撃が通らなかった魔物の腕を消滅させられたことで、勝機を見出して魔物に近づく。

 魔物は腕を切られたことで怒り、先ほどと違って数段早い攻撃を残った腕でしてくるが、今のフェイには通用しない。


 「ライト・オブ・シールド!」


 迫る腕の攻撃を光の盾で防ぎ、その隙に剣に魔力を込めて魔物にとどめを刺そうとする。


 「これで終わりだ! ”ライト・オブ・セイバー”!」


 魔力をためた剣を振り下ろそうとした時、地面が勢いよく隆起して、フェイは空中に投げ出された。

 おそらくこれは魔物の仕業なのだろう。

 魔物も魔力を消費する頃で、特殊な技を使うと情報では知っていたが、この魔物がどのような技を使うかは知らなかった。

 

 「あっ……」


 そのせいで狙いを外し、光の奔流は魔物のいない方向へ向かっていく。

 外れてしまったものは仕方がないと切り替え、着地をしようとするが、先がとがった地面が次々と盛り上がりフェイを襲う。


 「くそっ”ライト・オブ・ソード”!」


 光で強化した剣で槍のようにとがった先を切り飛ばし、その地面を蹴り飛ばして普通の地面に転がりながら着地をする。

 剣に魔力を込めながら起き上がり、今度こそとどめを刺すために剣を振り下ろす。


 「ライト・オブ・セイバー!」


 再び剣から光の奔流が発生して魔物に向かって突き進み、魔物を飲み込む――その前に光は消えてしまった。


 「えっ?」


 フェイは目の前の出来事を理解することができずに、固まってしまう。

 渾身の一撃が敵に当たる前に消えてしまえば、誰もが動揺してしまうだろう。

 だがその一瞬は命のやり取りの最中には致命的な好きであり、我に返った時はすでに遅く、何もしなかった罰がフェイに襲いかかる。

 魔物が地面を踏みつけた次の瞬間には、地面が再び隆起したと思えばフェイは宙を舞っていた。


 空中を飛びながら頭の中を何故、どうして、光が消えた、という疑問で溢れかえるがその答えは出てこない。

 そして、そうしている間に魔物の腕が迫り、フェイを地面に勢いよく叩きつけた。


「がはっ!」


 能力で体を強化していたおかげで、なんとか致命傷を負わずに済んだが、体に力が入らず立てなかった。


 「くそっ、魔力切れか」


 フェイは地面を殴りつけながら、光が消えた原因と、今立てない理由をつぶやいた。

 ここに来るまでに【気配消失】の魔術で魔力を消耗し、戦闘での能力行使によりフェイの魔力が尽きてしまった。

 そのせいで、魔物を倒せるチャンスを逃して攻撃を食らってしまった。

 魔力切れの症状で、体には力が入らなくなり、全身がとてつもなく怠かった。

 

 だがそんなことはお構いなしに魔物は即座に腕を振り下ろしてくる。

 ここでやられては、レイギルを守ることができないと分かっていたが、頭と違って体は動かず、ただ振り下ろされる腕を見つめることしかできなかった。


 先ほどのような能力を授かるという奇跡は二度は起きない。

 魔力も尽きてしまい、これ以上フェイにできることは何もない。

 レイギルを助けるために足掻いたがどうにもできなかった事実に、悔しくて涙が零れた時、一陣の風と共に女性の声が聞こえた。


 「よく頑張ったな、少年」


 その言葉が聞こえた瞬間、フェイを潰すはずだった魔物の腕が細切れにされ、跡形もなく消滅した。

 そして目の前に現れたのは、炎のように赤い髪を首元でまとめた髪と同じように赤い瞳の女性だった。


 「あなたは?」


 驚きのあまり声がかすれてうまく出ないが、その一言を何とか発すると、赤い髪の女性は、フェイを安心させるように笑いながら名乗った。


 「私は剣聖、レイナ・ヴァーミリオン」


 この世で最強と名高い人物の名を。

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