悲劇の始まり
「んーー」
両腕を伸ばして大きく伸びをする銀髪の少年フェイを、窓から差し込む光が明るく照らす。
外を見るとすでに明るくなっていて、大人たちが働こうとする時間だった。
そんな外の様子を見て少年は、待ちに待った日が来たことを理解して、ベッドから勢いよく飛び起きる。
寝巻を素早く運動着へ着替えて、前日に用意しておいたカバンを持って家を飛び出す。
「行ってきます」
誰もいない家に挨拶をしてから外へ出ると、仕事を始めようとしている見知った三十台ほどの男性が視界に入る。
彼は、まだフェイに気づいてない様子でいつものように仕事を始めようとしていた。
この男性は、フェイの家の近所に住むレイギルという武器職人で、親がいないフェイを育てている親代わりに当たる人物だ。
そのレイギルにフェイは背後からそっと忍び寄り大きな声を出して驚かせる。
「おじさん、おはよう!」
「うおっ!? なんだフェイか...... おはよう」
フェイが大きな声で挨拶をすると、突然の大声にレイギルは体を震わせながら驚いたが、背後を見て叫んだのがフェイだとわかると、苦笑しながら挨拶を返した。
そして、今日が何の日かを知っていたレイギルは、フェイがしゃべりたくてうずうずしているのを察して質問をした。
「今日はいつもより元気だが、何かいいことがあったのか」
「うん! なんだって今日は能力を神様から授かる日なんだよ! 俺、ずっとずっとずーっと! 楽しみにしてたんだ!」
まるで待ての命令から解放された犬のように、勢いよく腕を振りながら話して、フェイは全身で嬉しい気持ちを表現する。
今日は目覚めてからこのことを誰かに話したくてたまらなかったので、フェイは興奮が抑えきれずにいた。
「今日はお前の八歳の誕生日だったな、誕生日おめでとうフェイ」
喜びを全身で伝えるフェイの姿に思わず笑みをこぼしながら、レイギルは祝福の言葉を口にする。
「ありがとう。きっとすごい能力を授かって冒険者になるよ!」
レイギルにお礼を言いながらもフェイの頭の中は、授かる能力のことでいっぱいだった。
人は皆、八歳の誕生日を迎えるとその日のうちに特殊な力、能力と呼ばれるものが目覚める。
これを人々は神様からの贈り物と感謝をして過ごしており、中には神を崇拝して信仰する宗教も存在している。
「フェイ、楽しみにすのはいいが望んだ能力じゃなくても落ち込むなよ」
誰もが望んだ能力を手に入れることができないことを知っているレイギルは、望みと違う能力を授かる可能性を伝えて、過度な期待はするなと注意をする。
「大丈夫だよ。きっとすごい能力を手に入れて冒険者になるから」
だが、強力な能力がもらえると信じ切っているフェイには、意味のない忠告のようで、今もどんな強い能力を授かるか想像を膨らませてわくわくしていた。
フェイには強力な能力がもらえるという具体的な根拠はなかったが、神様はきっと思いに答えてくれると信じきっていた。
「そうか、俺もお前が良い能力を手に入れられるよう祈っておくよ」
そんなフェイを見て、レイギルはこれ以上言うことを諦めて、両手を合わせて神に祈った。
「ありがとう」
自分のために祈ってくれるレイギルにお礼を言いながら、自分でも祈る。
「ああそうだ、今日もいつものところに行くんだろ。帰りに何の能力を授かったか教えてくれ」
祈っているフェイにレイギルは呼びかけ、約束を取り付けてフェイはそれに頷くことで返答してその場を離れる。
「うん、わかった。じゃあ行ってくるね」
「ケガには気をつけろよ。あと、結界の外には一人で出るなよ」
村には魔物除けの結界が貼ってあり、その外に出ないように念を押してからフェイを送り出す。
仮に外に出て魔物と出会ってしまえばフェイなど簡単に殺されてしまうので、間違っても興味本位で外に出てはいけない。
そのことを昔から何度も言われているフェイは、聞き飽きたと思いつつも心配してくれているレイギルに感謝をしながら歩き出す。
「分かってるよ、行ってきます」
レイギルと別れ、道中に会った村の人たちに挨拶をしながらフェイはいつもの場所に向かう。
「おはようフェイ。今日も修行か?」
「うん、そうだよ」
「気をつけろよ」
「はーい」
村の入り口を守る門番の人に挨拶をして村を出る。
フェイの住んでいるこの村は森の中にあり、住民たちは自然と共存して暮らしている。
村の周囲は大きな柵で囲まれていて、動物などが村に入り込めないようになっていた。
本来なら村の外を子供が一人で出歩くことは、魔物に遭遇する可能性があるので推奨されないが、村の周囲には結界があり魔物が寄り付かないので、森の中にいれば安全になっている。
村を出てから少し歩くと草木が一切生えていない、上から見るとぽっかり穴が開いたような不思議な場所に出る。
ここは木がないおかげで日当たりが良く、フェイのお気に入りの場所になっていたて、この場所にフェイは毎日通っている。
ここでは日々冒険者になるためのトレーニングをしている。
「よーし、いつ能力を授かるかわからないけど、とりあえず日課をしながら待つか」
誕生日でもじっとしていられないフェイは、頬を両手で叩くことで気合を入れて、さっそくレイギルに作ってもらった木刀で素振りを始める。
レイギルは武器に魔術を一つ埋め込むことができる能力を持っていて、とても優秀な職人であり、フェイはそんなレイギルから冒険者になる時に、武器を作ってもらうのを目標の一つにしている。
「冒険者になるために今日も頑張るぞ!」
目標を口にしながら、勢いよく素振りを開始する。
冒険者になるには体力が必要なので、体力をつけるトレーニングを多く行っている。
今日の午前中は素振りを中心に行い、午後に走り込みをする予定だ。
子供の身体で無茶をすると怪我をしてしまうと、レイギルに耳にたこができるほど忠告されたているので、無理をしないように注意はしている。
夢中になって修行をしていると、気づけば日は昇りきっていた。
「お腹がすいたな」
腹の音ですっかり昼になっていたことに気が付いたフェイは、修行を一旦中断して近くの川で昼食を摂ることにした。
川は今いる場所から数分で着く距離にあるので、のんびり歩いて向かった。
川の水はそのまま飲んでも問題ないほどきれいなので、到着するなり水分補給のために手ですくって飲むと、修行後の疲れた体にとても染み渡り、熱くなった体を冷ましてくれる。
川の近くの木陰で涼みながら用意した昼食を食べていると、何か向こう岸で動いているのが見えた。
「結構大きかったな、なんだろ?」
不思議に思ったフェイは目を凝らして、向こう岸を観察すると、その正体が分かった。
耳障りな鳴き声と共に、姿が現れたのはこの森に居てはならない存在だった。
川の向こう岸にいるのは、不気味な声を発するトカゲのような見た目をしている人型の魔物、リザードマンだった。
リザードマンは強力な魔物ではなく、本来結界を無視して中に入ってくることはありえない。
この村にある結界は強力な魔術師が作ったもので、今まで森の中に魔物を一切寄せ付けたことは一度もなかった。
そのおかげでフェイは魔物に会うことのない平和な日常を、今まで過ごしてこれたのだ。
「何で結界があるはずなのにここにいるんだよ。そんな事有り得るはずがない!」
本来ありえない光景にフェイが混乱してしまうのも無理はない。
「とりあえず、見つからないように隠れてから村の皆にこのことを教えなきゃ」
それでも冷静な判断を下したフェイは、魔物に見つからないように村へと移動することにした。
魔物に一度もあったことのないフェイは、これまで強い興味を持っていたが、実際に出会ってみると不気味で相いれない存在だと本能で理解した。
川から走ること数分、幸運なことにリザードマンにはバレず、他の魔物にも遭遇することなく村が見えてきた。
しかし、森の中には普段はしないはずの異臭が漂っており、それは村へ近づくほど強くなっていった。
「すごく焦げ臭いけど、もしかして火事かな?そのせいで結界を維持する魔法陣が消えたから、魔物が入ってきたのかもしれない」
異臭の正体が火事で村が燃えている匂いだと推測して、魔物が出現した原因を考えながら走ってていると、ようやく村の入口へたどり着いた。
そして、フェイは想像を絶する光景を目にすることになった。
「なんで、どうして、村の中に魔物がこんなにいるんだ!」
フェイの青色の瞳には村の中には数えるのもばからしいほどの魔物が、我が物顔で歩いているのが写った。
建物を破壊する魔物や、住民に襲い掛かり命を奪う魔物など、まだ幼いフェイには地獄のような景色が広がっていた。