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裁判

 裁判は、花季(はる)を過ぎ雨季(つゆ)も越えて暑季(なつ)に入ろうかという頃になってようやく開かれた。

 法廷の開廷がこれほど遅れたのは異例のことだ。何しろ事件から3ヶ月ほども経っているのだから。

 開始が遅くなった理由に関して、当事者たちもそうでない者たちも様々に推理し憶測しあったが、というかむしろ無関係の傍観者たちにその傾向が強かったが、結局開示されることはなかった。


 王立裁判院の特別小法廷で開かれた裁判は裁判長に加え6名の裁判官、それに司法官長を陪審員長に迎えて第三者だけで構成された9名の陪審員、計16名もの審理体制が敷かれ、国王夫妻の臨席に加えて大顕位の全家門の当主が立会人として顔を揃えた。

 無論、タルシュ侯爵家当主とモンテローサ伯爵家当主が座るのは被告席だが。


 なお被告たる両家の当主は、それぞれ弁護人を伴っている。

 そのほか、メルカド男爵家当主バルデス・デ・エレロ=アルテサーノと娘ベリンダも小法廷に顔を揃えた。こちらは弁護人を伴ってはいない。

 そして、それ以外に傍聴者は許されなかった。閉鎖法廷(プリバード・コルテ)というやつだ。


「これより、連続するふたつの事件に関連する4つの罪状に関して特別法廷を開く。なお立会人として国王陛下、后妃殿下のご臨席を賜り、また大顕位各位にも臨場頂いております。

被告人は審判神の御名に誓って、嘘偽りなど申さぬように。もしも虚偽を述べれば虚偽罪、並びに国家反逆罪が新たに科されるゆえ、心致すように」


 裁判長の厳かな宣誓をもって、審理が開始された。


 まず最初の審理は、騒動が表面化した発端とも言うべきイグナシオの罪から始まった。

 モンテローサ伯爵家のエミディオとセリアはこの時ばかりは原告席へと移動する。


「被告、サンルーカル子爵イグナシオ卿には被害者、モンテローサ伯爵家令嬢セリア・デ・ヒメネス=アストゥーリアに対する暴行傷害罪、名誉毀損罪、及び騒乱罪の嫌疑がかかっておりますが、お認めになりますかな?それとも否認なさいますかな?」


「認める」


 俯いたまま顔を歪めて返事をしないイグナシオに代わって、セベリアノがさっさと認めてしまった。


「ち、父上!」

「今さら否認して何とするつもりだ?あれだけ多くの目撃者をわざわざ作って、誤魔化しも揉み消しも出来なくさせたのはどこのどいつだ!」


 大喝されて、再びイグナシオは黙るしかない。


「他に異論は?」


 裁判長が一同を見渡す。


「裁判長に申し上げる」


 タルシュ侯爵家の弁護人が口を開く。


「発言を」

「被告、サンルーカル子爵は被害者セリア嬢に害意があったわけではなく、事実は事実と言えど不運な偶然も絡むもの。ゆえに情状酌量の余地ありとして、寛大な処分をお願い致したい」


「ふむ。それに関しては陪審員に委ねたいが」

「承った。こちらで審理しよう」


 裁判長が陪審員長を見て、陪審員長はそれに頷く。


「我が娘セリアの受けた被害については、当家とタルシュ侯爵家で示談が済んでいること、申し添える」


 モンテローサ伯爵エミディオが補足するように発言する。両家の取り決めた賠償の内容、及びセベリアノが国王と取り決めたイグナシオの処遇に関する資料はすでに裁判長及び陪審員長の手元にあった。


「では引き続いて、モンテローサ伯爵家令嬢セリアによる、メルカド男爵家令嬢ベリンダ・デ・エレロ=カステレに対する傷害罪、器物破損罪、及び拉致監禁罪の審理を執り行う」


 裁判長の宣言が再びなされ、今度はエミディオとセリアが被告席に移る。セベリアノは他の大顕位当主の座る傍聴席に移り、イグナシオは被告人控席へと移動する。


「被告人及びその弁護人は申し開きを」


「ベリンダ嬢に関して手を上げた事があるのは認めます。私物の損壊については実行も、教唆の事実もありません。ドレスの汚損については過失を主張します」


 セリアは顔を真っ直ぐ上げて、堂々とそう主張した。


「拉致監禁容疑についてはいかがかな?」

「それは…」


「認めよう」


 言い淀んだ娘に代わって、エミディオが肯定した。口を開きかけたセリアを目線だけで黙らせて、エミディオは続ける。


「ただし、我が娘の度重なる忠告にも関わらずサンルーカル子爵に侍ることをやめなかったメルカド男爵令嬢にも非はあろう。この子は婚約者の不貞という醜聞を避けようとしたまでのこと。その意味において、メルカド男爵令嬢とサンルーカル子爵にも罰を下されるよう望む」

「如何なる罪状での罰をお望みか」

「無論、不貞罪だ」


「陪審員長」

「こちらも承った」


「他に申し開きは」

「ではわたくしから一点」


 モンテローサ伯爵家の弁護人が口を開く。


「今回の事件でセリア嬢は多くの方々からの好奇の目に晒され、貴族子女としてすでに耐え難い責め苦を受けておられる。すでに社会的制裁は充分受けているものと考えます。よって、情状酌量を求めたい」


「それに関してはあくまでも婚約破棄に伴う名誉毀損に関わる件であり、ベリンダ嬢に対するセリア嬢の嫌疑はそれとは別件のもの。酌量は認められない」


 裁判長の言はあくまでも冷静で、有無を言わさぬ厳しさがあった。弁護人は言葉を失くして着席するほかなかった。


「拉致監禁容疑に関しては、実行犯も拘束され罪を認め、セリア嬢の指示のあった旨証言致しておる。………認めますな、セリア嬢?」


「は………はい………」


 真実を見抜くかのような裁判長の視線に射竦められ、セリアは青ざめつつ頷くしかなかった。


「他に申し開きがなければ、このまま量刑の選択に移るとしよう。

引き続いて、メルカド男爵家令嬢ベリンダ・デ・エレロ=サステレによる不貞罪、及び風紀擾乱(じょうらん)罪の審理を執り行う」

「まっ、待って下さい!」


 裁判長が宣言を終えるやいなや、まだ被告人席にも着席していないベリンダが叫んだ。


「静粛に。申し開きがあるならまずは着席を」


 だが裁判長に静かに制され、刑吏の役人に促されるままベリンダは被告人席へと座る。その目はすでに涙で潤み、肩が小刻みに震えている。


「して、被告人には異議がありそうですな?」


 裁判長にそう声をかけられ、バッと顔を上げたベリンダは勢いよく立ち上がった。


「わ、私はその、不貞なんて犯していません!イグナシオ様には『側にいてほしい』と言われただけで、やましい事は何も!他のご令息の皆様だって、私と話すのが楽しい、一緒にいたいと仰って下さって、それで━━」

「ベリンダ。ああ、可愛い我が娘」


 勢い良く喋り続けるベリンダを、隣に座る父が立ち上がって抱き締めた。


「貴族社会の、特に上位貴族に対する細かいマナーをきちんと教えてやれなくてすまなんだ。許しておくれベリンダ」

「お、お父様………?」

「婚約者のある男性に、婚約者以外の女性が理由もなく近付いてはならないのだよ。婚約者のいない女性なら尚更、独身男性とふたりきりで会ったりしてはいけないんだ」


 抱き締めた腕を緩め、ベリンダの細い肩に手を添えつつ、諭すようにメルカド男爵バルガスは言う。

 男爵家に戻ってからの約1年という短い期間で、ベリンダに教えられたのは読み書き計算と一般的な基礎教養、社会常識、それに下位貴族の令嬢としての作法までで、上位貴族に対する作法や貴族社会の複雑怪奇な暗黙のルールなどは教えられなかったのだ。そして学院に入学してからも寮に入ってしまい、王都から遠く離れた男爵領まで娘が戻ってきたのは数えるほどしかなく、その後も教育が足りないままなのをずっとバルガスは悔いていたのだ。

 もっと時間があれば。きちんと教え込めてさえいれば、この子はこんな過ちを犯すはずがなかったのに。


「だから、お前がサンルーカル子爵とふたりきりで過ごしていた、それだけで不貞に問われるんだ」

「そ、そんな………」

「裁判長」


 バルガスは娘から顔を逸して裁判長を見る。


「メルカド男爵、申し開きを」

「娘はこの通り、作法もろくに身につかぬ粗忽者。おまけに周りは高位貴族ばかりで、強く望まれれば我が娘には断りようがなかったことでしょう。ゆえにどうか、情状酌量を願います」

「異議あり」

「発言を、モンテローサ伯爵」

「それなるベリンダという娘は、我が娘セリアの度重なる忠告を全て無視したと聞く。ならば不貞はその者の意思であろう。酌量の余地などない」


「わ、私が!」


 堪らずといった様子で口を開いたのはイグナシオだ。


「サンルーカル子爵、発言はまず許可を取ってから━━」

「私が側にいてくれと言ったのだ!ベリンダが悪いわけではない!不貞というならそれは私の罪だ!」

「愚か者め、余計な罪を増やすな!」

「しかし父上!私はこればかりはどうしても!」


 ガン  ガン


 裁判長がおもむろに木槌(ガベル)を持ち上げ、打撃板(サウンドブロック)を大きく二度、叩いた。その音にハッとしたように場が静まり返る。

 セベリアノは着席し、イグナシオも項垂れたように座り込む。バルガスもベリンダも大人しく着席するしかない。


「一同、静粛に。陛下の御前であることお忘れめさるな」


 静まり返った小法廷を見渡し、最後に国王を見て、その頷きを確認してから裁判長は続ける。


「ベリンダ嬢に対する嫌疑はサンルーカル子爵に対してのものだけではなく、他の多くの貴族子息を誑かし不貞を働かせたことによる」


 風紀擾乱、つまり貴族社会のルールを多くの者に破らせて不要な諍いと混乱を引き起こしたこと、それが彼女の罪なのだと裁判長は言う。そう言われればベリンダには返す言葉がない。さすがに彼女も、自分と仲良くしたせいで破談になった婚約がいくつもあるのを、この3ヶ月で嫌でも知らされていたのだから。


「罪を……………認めます…………」


 震える声で、そうベリンダは言った。

 それを聞いて裁判長も頷く。

 それ以外、もはや誰も口を開こうとしなかった。


「ではこれにて、当法廷での全ての審理を終える。本日中に結審し、量刑は後日知らせることとする。

それでは陛下、僭越ながら御言葉を賜りたく」


 裁判長が纏めるようにそう言って、国王フェルディナンド8世に目を向ける。


「この法廷でなされた証言、全て真実に基づき偽証などなかったこと、王の名において認めよう。沙汰あるまで、被告人は身を律して待つように。ゆめ、逃亡などするでないぞ」


 そう言って王は立ち上がり、王妃とともに侍従や護衛たちを引き連れて小法廷を退出した。それを受けて大顕位家門の当主たちが退席していき、被告人であるイグナシオ、セリア、ベリンダも刑吏に連れられ出ていった。

 最後に裁判長、裁判官たちと陪審員たちが法定の天井に描かれた審判神の御姿(みすがた)絵に深々と礼をしてから、小法廷の扉は閉められた。






法廷審理の場面ですが、証拠の提出やその真偽の審理、証人の呼び出しなどの場面はカットして、当事者たちの認否を中心に描いています。ご了承下さい。

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[一言] みんながみんなちょっとずつ悪く、黒幕はまだ高鼾、と
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