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義手少女のてしごと  作者: 獅子魚
魔導技師技能検定
6/12

魔導技師技能検定/楽しめるよ

いつものようにPVにスライディングありがとうをかましていきます。

2500字/1日で1000万文字って何日なんだろうって考えたら頭の中が宇宙猫になった魚です。

 姉の部屋をシエルに、自分の屋根裏部屋をミナカに貸した私は、一階の来客用ソファで眠ることを余儀なくされた。

 青白く部屋の中を照らす月の光と静寂の中で、私は天井の木目をぼうっと眺めていた。


「ここ最近、色々なことがあったなあ……」


 噛み締めるように呟いた独り言が部屋の隙間を埋めていく。姉がいない、という環境に置かれたものの、充実した生活を送れている自分の今ををしみじみと感じている。


 金属製の両手を掲げるようにして伸ばし、右手首にはめ込まれているであろう魔晶石の輝きを感じる。お風呂上がりで火照った体の心拍に合わせるように、とくん、とくんとマナが指先へと流れていく。


 瞳を閉じて、階を隔ててなお聞こえるミナカの寝言に相槌をうちながら、まどろみの中へ体を預けた。


 早朝の冷え込みに襲われた私は両目をしきりに擦りながら、ぼんやりとしている頭を叩き起こす。まだ日の出ていない灰色の空は、青空という青空を私たちから遠ざけていた。


「こら、ねぼすけミナカ、遅刻しちゃうよー」


 私のベッドで満足そうな笑顔を浮かべながら、大の字で爆睡するミナカを揺すり起こす。

 彼女はあと五分だけ、と強情に布団を掴んで離さない。五分したらバケツの水を被せてやろうと決めた私は、部屋を後にしてシエルの元へ向かった。


「……シエル?」


 扉を開くと、部屋にあったはずの彼女の姿が無くなっていた。代わりに寝具はきれいさっぱり整えられていて、本当に昨日彼女がここにいたのかすら怪しいと思えるほどだった。


 彼女が残していたのは、「私はグラスヘイムに帰ろうと思います。面倒を見てくれてありがとうございました」と乱雑に書かれた置き手紙だけだった。


「ミナカ早く起きて!⠀シエルがいなくなった!」


「んう~……もうちょっとだけ……」


 ダメだ。夢の世界に行ったっきり彼女は帰ってきそうにない。諦めて一人で探そうと決心した私は急ぎ足で家を出た。


 いよいよ冬を迎える空の下で、ほとんど肌着の状態で外に出ているというのは正気の沙汰ではなかったが、シエルがさよならも言わずに試験を放り出していなくなってしまうとは間違っても考えられなかった。


 噴水広場を通り抜け、朝市通りに出る。市場の準備でまばらに集まる人々の顔を逐一見ながら探すものの、一向に見つからない。

 大通りに出ると、先程よりも多い人の流れに目線を右へ、左へ、いっそう早く移していく。城門が近づいていくにつれて、足の回転も自然と早くなる。


 アルストロメリアの花畑で、シエルは物寂しそうに座っていた。


「この花、グラスヘイムではこの季節に沢山咲くんです」


 息を切らし肩でする息と、土を踏む音で先に気づいていたであろう彼女は、私が足を止めるやいなや、懐かしむように一面の花畑を眺めながら言った。


「幻獣族は珍しい外見をしているので、昔から犯罪に遭いやすかったんです。それで、昔からのしきたりで十五歳の成人式を迎えるまでは街を出ることが許されませんでした」


「あたし、ついこの前成人したばっかりで、やっとの思いで出てこれたんです。でも、街の外は知らないことばっかりだし、魔道技師のことも子供の頃から憧れてて勉強もしてたつもりだったのに試験も全然ダメだったし、私なんか、街に残ってた方が良かったんです」


 今まで胸の奥に詰まらせていた思いを吐き出すように、彼女は静かな声で話す。


「今もこうしてミナカさんとダイアさんに迷惑をかけてます」


「迷惑だなんて、そんな一一」


「シエル!⠀ミナカは迷惑だなんて思っていないぞ!」


 私が声をかけようとした矢先、ミナカの鋭い声が私とシエルの間に割って入った。先程までは起きる気配の全くなかった彼女はすでに完全装備で私たちの前で仁王立ちしていた。


「ふふーん、ダイア?⠀その顔はもしやミナカが寝坊するとでも思ってたな?」


「えっ、まあ……」


 片眉を上げ、にやりと笑うミナカに目を泳がせながら笑う。あんな夢心地の彼女を見たら誰だって「あっ、この子は寝坊するな」と思ってしまうはずだろう。


「シエルにはまだやらなきゃいけないことがある!⠀国に帰るのはそれからでもいいと思うのだ!」


 ミナカは続けてシエルに言った。でも、と小さい声で反論しかける彼女をよそに、ミナカは屈託のない笑顔で手を差し伸べる。


 曇天の空をかき分けるようにして届いた光が、シエルの輪郭を浮かび上がらせる。


「いまならまだ間に合う!⠀早く行くぞ!」


 シエルは何も言わず、ミナカの手を取った。





 帰り道、私たち三人はくたくたになって大通りを歩いていた。


「難しかったね……筆記……」


「そうだな……さすがのミナカでもこれは辛かったぞ……」


「ミナカは実技専門でしょ……」


 天性の技術を教科書なしで得た彼女には、パターン化された一問一答にはいささか分が悪かったのだろう。昨日はあれだけ力を余していた彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。


「あ、あの!」


 シエルが突然場に合わない大声で私たちを呼んだ。


「あたし、あの時二人に呼ばれなければ、絶対に遅刻していましたし、本当にあのままグラスヘイムに帰っていたと思います」


「うむ!⠀Mk-IVがいなかったら無事失格だったな!」


 というのも、本当なら私たち三人は遅刻していたのだ。しかし、先に広場に向かって魔導器をセットしていたミナカの「いつもの」によって試験が遅延していたために私たちは間に合ったのだった。


 そういうことではないのだミナカ、と思うところもあるが、気にせず話し続けるシエルに耳を傾ける。


「あたし、昨日は何も出来なくて、今まで何を学んできたんだろうってすごく悲しくて……」


 外の世界を夢見た少女が対面した現実がこれだったのだ。辛くて逃げ出したくなるのも無理はないだろう。


「私ね、心から色んなことを楽しめる人って、本当にどんな些細なことでも、たとえ普通の人が辛いな、嫌だなって思うことでも楽しくなれると思うんだ」


 ふと、姉の言葉を思い出していた。受け売りだけどね、とあとから付け加える。


「だから、シエルはもっと楽しめるよ」


 彼女に言えた義理ではないな、と自分にも言い聞かせるように諭す。


「そう……ですよね!⠀あたし、ここでの新しい生活をもっと楽しみます!⠀分からないことも、今までのことも全部!」


 シエルは屈託のない笑顔で秋晴れの夕日に向かって笑っていた。

守られて大事に育った箱入り娘(sheltered)からシエルと名付けさせていただきました。英語に感謝。

ちなみに外から守られて常識がない箱入り娘(princess)という意味のもあるらしいです。

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