手編みマフラー/そういえば
PVありがとうございます!といつもより深めに感謝。
毎日投稿できない私を許してください。頑張るので。
作業台に置いていたココアで指先を温める。しんしんと降り積もる初雪によって冷え込んだ今日のような日に外を出歩く人はほとんどおらず、昼を過ぎたというのに店に来る客は一人としていなかった。
「ただいま戻りました……凍え死ぬかと思いましたよ〜」
シエルがドアを開けるのと同時に足元から冷気が通り抜ける。雪を被ってより一層白くなった彼女の髪を眺めながら、彼女の提げているバスケットから顔をのぞかせる毛糸に目をやる。
「おかえり。お目当てのものは買ってこれた?」
「はい。それはバッチリなんですけど、手が……なにか温かいものを……」
今にも倒れ込みそうな演技をするシエルにため息まじりの笑いを送りながら、奥の台所へ向かって出しっぱなしだったココアパウダーを手に取る。
ココアを作った私は、それに加えてお菓子とクッションを持ってシエルの座る暖炉の前へ向かい、仕事をサボってこんなことをするのもたまには悪くないな、などと思いながらシエルにココアを手渡す。
「はあ〜生き返ります〜」
シエルは一口、また一口とココアを啜り、芯から温まった様子でしみじみと言った。
シエルが体を温めている間に物置から棒針を四本取ってきて、シエルに半分渡す。そして、テーブルに広げられた色とりどりの毛糸をじっくりと吟味する。黄土色、空色、濃紺、ワインレッド、どれを使っても良いマフラーが編めそうでわくわくする。
「どうしようかな……やっぱりワインレッド一一」
「あたしワインレッドと空色!」
取られた。ぶー、と唇をとんがらせるが、シエルは気づくそぶりも見せずに編む準備を始めた。仕方なく私もあまった色で編み始める。
ぱちぱちと暖炉の炎が弾ける音だけが部屋に響く。一昨日きた郵便屋さんの蓄音機なんかあればもっと良い雰囲気になったのかな、などと考えながら自分のペースで手を動かしていく。
「そういえば、シエルの故郷のグラスヘイムってどんなところなの?」
ふと気になってシエルに話しかけると、彼女は耳だけをこちらに向けて話し出した。
「私の街は霧の街って呼ばれてるのは先輩も知ってるとは思うんですけど、なんでそう呼ばれてるのかは知らない人が多いんです」
「確かに……私も理由は知らないや」
「ですよね!⠀実はなんでかっていうのもほとんど話されないから、霧の街って呼ばれてるのもあるんですよ!」
シエルは慣れた手つきで私に話しながらマフラーを編み続けているが、編み物をする事そのものが初めてだった私は話を聞くのと手を動かすのとでこんがらがってしまってほとんど進まない。
「そうだったんだ。でも、本当に街の周りには霧がかかってて、外から様子を見ることは出来ないとかなんとか」
「そうなんですよ!⠀実は500歳を超える年齢の魔術師の人達が人避けの結界を張ってる……らしいです……噂ですけど」
「えっ!⠀街の人でも知らないの!?」
「実はそうなんです……でも、街に入るおまじないはグラスヘイムの人しか知らないんですよ〜?」
「おまじない、かあ……開けゴマ、みたいな?」
「ふっふ〜ん、そんな旧時代のおとぎ話みたいなやわなおまじないじゃないんです!」
彼女は眉間に皺をこれでもかと言うほどよせて、にやりと笑って言う。
「糸、なんです。私たち幻獣族と霧の街グラスヘイムを繋ぐ糸が導いてくれるんですよ」
左手の小指をぴんと立てて、彼女はグラスヘイムのある北東へまるで本当に糸が繋がっているかのように指を向ける。
「糸って言ったって、目に見えるものでもないのにどうするの?」
そもそもグラスヘイムの結界の話からかなり曖昧で理解し難い内容だったというのに、今度は見えない糸ときた。私は相手がシエルといえど疑い深くなってしまって、訝しげに彼女に聞き返した。
「だからおまじないなんです。私たち幻獣族の中での童話でもあるんですよ、『私たちはみんなで家族なんだよ、街も人もみんな』って」
幻獣族のその特異な見た目のせいで事件によく遭うとは言われてはいるものの、本来それも幻獣族に身を守らせるための怖い話だったのだろう、などと思ったりする一一
「ん……?⠀幻獣族って、大昔になにかあったの?」
幻獣族の話で聞くのは身を守るための術や、自分たちの存在を隠すようなものばかりだ。まさか一一戦争や、迫害。過去にそんなことがあったのだろうか。
「いえ、なーんにもありませんよ!⠀ちょっと臆病なだけで、ただの人と何も変わりませんもん!⠀そんな大層な歴史ってものは無いですよ!」
けろっとした声でシエルは言い放った。幻獣族に悲しい過去があったのではないかと言葉を選んでいたさっきまでの私の取り越し苦労を返して欲しい。
「でも、幻獣族の教えって自衛の手段がかなり多いよね。それこそ過去に他種族にいじめ……られてたみたいに」
「そうですねえ〜。過保護っちゃ過保護かもですけど、これは私たちの神様なりの愛なんですよ。多分。心配だ、とかじゃなくって、子供たちが安心して生きていけるようにっていう意味での、愛です。」
シエルは何かを思い出すかのようにほんのりと笑う。外から守るのではなく、外で安全に活動できるようにするためのもの。なるほどな、とひとりでに納得した。
「そして、この模様がおまじないです!⠀私たちがどこにいても故郷に帰れるように!⠀縁を繋ぐ糸です!」
あれだけ私に話をしてくれていたシエルだが、私の倍以上の手際でマフラーを完成させつつあった彼女は、それにつけていた意匠をさもありなんと言った様子で見せてくれた。
うねるような毛糸がまるで蛇のように複雑に絡まりあっている。こんなに細かい作業をこの短時間でやってのけてしまうシエルに感服するのと同時に、私はこの独特な、それでいて私たちのようなこの装飾に心を動かされていた。
「私もこの模様、やってみたいな」
無意識に声が出ていた。シエルは両頬をこれでもかと言うほど上にあげて、はい!⠀と先程よりも元気に私に手ほどきしてくれた。
だが、シエルに教えて貰いながら編み始めたのも束の間、私たちはとんでもない壁にぶつかることになった。
「……足りませんね」
「……そうだね」
難しい模様に挑戦しているからだろうか、それともシエルが初めから一人分の毛糸しか買ってきていなかったからだろうか。何はともあれ毛糸が足りない。これでは編むどころかマフラーにすらできなくなってしまう。
窓の外をちらりと確認すると、幸い雪はそこまで強くはなっていなかった。よし、と一言自分に言って、重い腰をあげた。
「行きはシエルが行ってくれたからね。今度は私が行ってくるね」
「足を滑らせて怪我とかしないでくださいね〜!⠀あと、これ、お守りですよ!」
そう言ってシエルは編みかけのマフラーを渡してくれる。こんなの迷信でしょ、と冗談混じりに言う私をもし何かあってもこの子がどうにかしてくれますから!⠀と彼女はいたって本気な様子で返事をした。
私は体を震わせながら、降り積もった新雪をざくざくと踏み込んで歩き出した。
最後まで読んでくれてありがとう。
面白いけど時間が永遠に取られる小説作り、怖いぜ。




